Pretty Drunken
真琴は時計を見上げながら、海藤の帰りを今か今かと待ち構えていた。
2月14日、当日。
数日前に太朗の家で作った手作りチョコは、今は冷蔵庫の中で出番を待っている。
「そう言えば、家にも着いたかな」
せっかくだからと、家族にもチョコレートを贈ってみた。初めて作った物だという手紙も同封したが、美味しかったらいい
んだけどと考える。
酒入りなので、自分では味見が出来なかったのだ。
甘いものをあまり食べない海藤だが、きっと今までに美味しいチョコを口にしたことはあるだろう。それらと比べれば、ラッ
ピングも合わせて2千円にも満たないこのチョコは高級とは言えないが、愛情だけはたっぷりと入っている。
「あ」
大丈夫と自分に言い聞かせた時、インターホンが鳴った。
急いで玄関に迎えに出ると、真琴の顔を見た海藤は柔らかく笑みを浮かべて言った。
「ただいま」
「お帰りなさい」
日課の小さなキスをすると、海藤はそのまま部屋に入っていく。
真琴もすぐ後に続くと、着替える海藤を手伝いながら聞いてみた。
「海藤さん、ご飯は食べてますよね?」
「ああ。・・・・・まだなのか?」
「あ、ううん、俺も食べました」
今日は接待で遅くなると聞いていたので真琴は簡単に夕食を済ませていた。
時間は午後11時を回っていたが、真琴が予想していたよりも全然早い帰宅だ。
「あ、あの、お風呂の前に、ちょっといいですか?」
早く寝かせてやりたいと思うが、もう今日という日は1時間を切っている。真琴としてはドキドキしていたイベントだが、早
く渡して済ませようと、真琴は先にキッチンに走っていった。
「あの、今日は14日なので」
恥ずかしそうに綺麗にラッピングをした箱を手渡された海藤は、一瞬考えるように空を見た後、直ぐに気が付いて笑っ
た。
「ありがとう」
あまりイベント事に拘らなかった海藤は、今日が2月14日、バレンタインデーだということを全く考えていなかった。
(そういえば事務所が騒がしかったな・・・・・)
会長である海藤を始め、倉橋も綾辻もシマの女達からの人気は高い。
その上表の顔であるコンサルタント会社としての付き合いからも、毎年かなりの数のチョコを貰っていたのだ。
ただし、海藤がまったくそんなものに興味が無いことを知っている倉橋が全て処理をしており、海藤はチョコの存在自体
知らなかっただろう。
(相手が違うと、こうも嬉しいものなのか)
見も知らない女からのプレゼントなど受け取りたくも無いが、真琴がくれるものならば例え飴玉1つでも嬉しい。
海藤は早速箱を開くと、中には多少大きさに差はあるものの大体は綺麗な丸になったチョコが入っていた。
「海藤さん、あまり甘いもの食べないでしょう?だから中にお酒入れてみたんです」
「お前が作ったのか?」
「この間、太朗君ちで、楓君と・・・・・あ、綾辻さんも一緒に」
「・・・・・ああ、あの日か」
数日前、綾辻が勝手に帰ったと倉橋が眉を顰めていた日があったが、その日にこのチョコを作っていたのだろう。
真琴の手作りと聞いてますます嬉しくなった海藤は、早速1つ手にとって口に含んだ。
「・・・・・」
「どうですか?変?」
「・・・・・いや、美味い」
「ホントにっ?」
「店で売っている物よりも美味い」
「それは大げさですよ〜。お酒が入ってるから味見出来なくって。凄く食べてみたかったんですけど」
「・・・・・味見してみるか?」
「え?」
海藤はもう1粒を口に入れると、そのまま目の前に立っていた真琴の身体を抱き寄せて唇を重ねた。
何時も甘く感じる海藤とのキスは、今日は本当にチョコレートの味がした。
絡めあう舌は何時もは抱き合う前の合図のようなものだが、今日はチョコの味を教えてくれる為の手段なのだと必死で
自分に言い聞かせる。
しかし、海藤に与えられる全ての愛撫に敏感に感じる真琴は、そのキスにさえもフワフワと体が浮き立つような快感に
襲われてしまった。
(だ・・・・・め、だあ・・・・・)
嬉しくて、気持ちがいい。
気持ちがいいから、嬉しい。
その気持ちを海藤にも伝えたいと、真琴はたちまちトロンと揺れる瞳を海藤に向けた。
それ程時間が経つこともなく、真琴はコテンと海藤の胸元に顔を埋めてクスクスと笑い始めた。
「なんだか〜、ゆーえつかんー?」
「真琴?」
「かいどーさんみたいな人がー、俺のこと、好きでいてくれるってーふしぎー」
「・・・・」
(酔ったのか?)
確かにチョコの味を伝えたくて、真琴に舌を絡める濃厚なキスを与えた。
しかし、その時にはだいぶ口の中からはチョコの味は消えていたし、気分だけでもと思ったのだが・・・・・いや、もしかした
ら自分の心の中に下心があったかもしれない。
酔った真琴が素直になることを知っている海藤は、もっと飾り気のない真琴の本当の気持ちを聞きだしたいと思ったの
だ。
「真琴」
「ん〜?」
「俺以外に、誰かに渡したのか?」
「チョコ?うん。おとーさんと、おじーちゃんと、お兄ちゃんたちと、しんちゃんとー」
「・・・・・」
(家族みんなに渡したのか)
「それからー、バイト先のみんなに、1こずつあげたよ?」
「バイト先にも?」
海藤は眉を顰めたが、真琴はニコニコしたまま続ける。
「でもね、バイトの皆にはマーブルチョコだよ?お世話になってるし、冗談のつもりだったけどみんな喜んでくれた」
「そうか。お前は貰わなかったのか?大学とか、バイト先とか」
真琴の身辺には目を走らせているはずだが、どこかで見落としがあるかもしれない。元々ノーマルなはずの真琴にとっ
て、危険な存在はむしろ同世代の女達かもしれないのだ。
男相手ならば力ずくでも排除出来るが、女相手では早々力技も出来ない。
しかし、真琴はますます海藤に抱きついたまま、まるで本人にではなく海藤の形をしたぬいぐるみにでも話しかける様
に言葉を続けた。
「俺ね、何人かくれようとしたんだけど、俺には大事な人がいるからって、全部断ったんだよ?」
「・・・・・」
「どんな人ですかって聞かれてねー、カッコよくってー、すっごく優しい人だって言ったんだ。あの子達がたかしさん見たら
絶対好きになっちゃうね。だから、たかしさんは誰にも見せないのー」
チョコの中に入っていたのは洋酒だったらしく、真琴の酔いはますます深くなっていくようだ。
海藤の名前を呼び出したのも酔いが深い証拠である。
ずっと楽しそうに笑い続ける真琴を、海藤はそっと抱き上げたままでソファに腰を下ろした。
このままベットに攫っていくのもいいが、今夜はもう少し真琴のたどたどしくも素直な言葉を聞いていたかった。
「真琴」
「ねー、たかしさん」
「ん?」
「たかしさんはー、チョコもらわなかった?女の人から、好きだって言われなかった?」
「そんなことが心配か?」
「だってー、たかしさんはかっこいいしー、仕事もできるしー、やさしいしー、女の人だったらぜったい好きになっちゃうも
ん。あー、男でもあぶない」
「男?」
真琴以外の男には自分から触れようとも思わないが、可愛い酔っ払いの頭の中では色々と想像が巡っているらし
い。
少し赤くなった顔を顰めて、真琴は珍しく口を尖らせた。
「やだなー、仕事に行ってほしくないなー」
「真琴」
「ずーっと、一緒にいられたらいーのにー」
「1日中か?」
「だって・・・・・会う時間少ないとさびしいよ・・・・・」
多分、それが真琴の言いたかったことなのだろう。
ヤクザ家業と、正規の会社と、2つの団体の代表者である海藤の忙しさは並ではない。
この時期には会社は決算時期でもあるし、本職の方も役員選挙やら他の義理事やらで、なかなか身体の開く時間
がなかった。
日が変わらない内に帰ってくるのがやっとで、最近は夕食も一緒に取れない日が続いている。
真琴は大人である海藤と学生の自分の生活サイクルの違いをよくわきまえて、ほとんど文句も甘えることもなかった
が、やはり淋しい思いはさせているようだ。
(少し・・・・・セーブするか)
真琴を手にする前、海藤は出来るだけ時間を開けて傍にいるようにした。
真琴のことを知りたかったし、真琴にも自分の事を理解して欲しかったからだ。
しかし、相愛の恋人同士になってからは一緒にいる時間は減ってしまった。海藤自身、出来れば少しでも長い時間
真琴の傍にいたいと思っているのに・・・・・。
「分かった、お前のバイトがない日には出来るだけ早く帰ろう。夕食も一緒に食べれるくらいに」
「ほんとう?」
「俺も、寂しいからな」
「ほんとーに?」
「ああ」
「じゃあ、やくそく!」
2人の間で何度か交わしたことがある指切りをすると、真琴はやっと安心したかのように目を閉じる。
「おい、風邪をひくぞ」
「たかしさんあったかいからー、へーきー」
可愛い酔っ払いは、大好きな人の言葉を子守唄に安心したように眠りにつく。
「・・・・・しかたない」
海藤はそう言いながらも、その表情には溶けるような笑みを浮かべて真琴の身体を寝室に運んでいく。眠った身体は
少し重たく、身体は子供のように温かくなっている。
明日の朝、テーブルの上に残された空の箱を見た真琴は始めに何を言うだろうか。
(今度は一緒に作るか)
真琴と一緒にキッチンに立つ楽しさを想像しながら、海藤は早速これからのスケジュールを調整しなければと考えてい
た。
end
海藤&真琴編。またまた酔いどれマコちゃんです(笑)
う〜、ラブラブだ。どんな状況下でもこの2人はラブラブ、いや、ラブラブであって欲しいです。
ホワイトデーには2人一緒にクッキーなんか作ってるかも。