ラディスラス&珠生編





                                                     『』は日本語です。




 「ぐふふふふふ」
 ある晴れた日の昼過ぎ、食堂には不気味な笑い声が響いていた。
 『これで、ラディのすました顔をけちょんけちょんに・・・・・』
ずらりと目の前に並んだものを1つ1つ見ながら、珠生は押さえきれないというように笑い始めた。

 「大丈夫ですかね」
 そんな珠生の様子を見ていた調理担当の乗組員が、自分のボスであるジェイに眉を顰めながら訊ねる。
 「・・・・・まあ、大丈夫なんじゃないか?」
ジェイも、そう答えることしか出来なかった。



 大学1年生の水上珠生が(みなかみ たまき)は、夏休みに帰った故郷の海岸で不思議な言い伝えのある洞窟に足
を踏み込んだ瞬間、よく分からないがまるで中世のヨーロッパのような世界にタイムトリップしてしまった。
珠生を保護してくれたのは、ラディスラス・アーディンという海賊の首領。
言葉が全く通じず、意思の疎通も無いままに一緒に旅をすることになり、なぜか男の身でありながらラディスラスと身体を
重ねるという衝撃的な体験もしてしまった。
 今のところ二度目は無いものの、常にセクハラを続けてくるラディスラスに何とか一矢を報いたいと思っていた珠生は、よ
うやくその手段を見つけたのだ。



 「俺1人か?」
 「だって、食べてもらいたいの、ラディだけ」
 珠生の言葉に、男らしく精悍に整った顔が綻んだ。
昼食は食べないようにとあらかじめ伝え、乗組員達の食事があらかた済んだがら空きの食堂にラディスラスを迎えた珠生
は、その前に綺麗な布を敷いて言った。
 「俺のつくったの、全部食べてね?」
 「もちろん、タマの作った物を他の奴にはやらないって」
 「・・・・・」
女相手ならば一発で落ちそうな魅力的な笑顔を向けられたが、この後の展開に頭がいっている珠生は全く気付くことが
出来なかった。


 「・・・・・これは?」
 皿に盛られた真っ赤なスープ。
目が痛くなるような匂いにラディスラスは少し引き攣った声で言った。
 「これ、ぶーやべーす。ちんちんたいしゃ良くするのに汗かいたほーがいいから、ちょっと辛めにした」
 「・・・・・」
恐る恐るサジをつけたラディスラスは、少し手を止めた後一気にそれを口にした。
 「!」
途端に咽てしまうラディスラスを見て、珠生はくっくと笑う。
(中身の半分は唐辛子だもんね)
試しに味見をした唐辛子らしきものは、少し噛んでも相当なものだった。きっとラディスラスの口の中は今燃えるように熱い
だろう。
 「次は、これ」
 ほとんど手が動かないラディスラスから皿を取り、新しく目の前に出されたのは真っ黄色な飯。
 「・・・・・」
 「ちゃーはん。具は、さつまいもとパイン」
じーっとラディスラスを見つめていると、その視線に負けたかのように手が動き出した。
そして、一口それを口にしたラディスラスは・・・・・何とも言えない深い皺を眉間に作る。
 「甘過ぎだ」
 「そう?最後はね〜、この前とったタコのシオカラ。タコワサにしたかったけどワサビ無くで」
 「タコワサ?」
 どんっと、目の前に出されたのは、見た目だけで避けたくなるような代物で・・・・・ラディスラスは思わず器から目を逸らし
て珠生に言った。
 「すまん、タマ」
 「え?」
 「せっかくお前が作ってくれたものを食べたいのは山々だが、どうにも腹の調子が悪いようで・・・・・悪い!」
 「ふ〜ん」
ガバッと頭を下げるラディスラスを見ると、珠生は溜飲が下がると同時に、何だか可哀想にも思えてきた。からかうのはこの
辺で止めてやってもいいだろう。
 「い〜よ、謝んなくて。じゃあ、ちょっと待ってて」



 「・・・・・」
 「これ、だいじょーぶだよ、そんな辛くない」
 辛いスープは一皿分だけだった。後は新鮮な魚介類を突っ込んで塩で煮込んだだけだが、味見をしたジェイも美味し
いと言ってくれた。
とても料理をしたとは言えないが(魚介類の下ごしらえはジェイがしてくれたので)、まあ、切ったのは自分だ。
 今度は澄んだスープと美味しそうな匂いに、ラディスラスも最後にと思い切って口にして、直ぐに、
 「美味い!」
と、叫んでくれた。
 「やれば出来るじゃないかっ、タマ!」
 「とーぜん」
塩加減がなかなか上手くいかなくて、大きな鍋2つ分も作ってしまったことは言わなくてもいいだろう。夕飯の時にでも他
の乗組員に食べてもらえばいい。
 「いただきまーす!」
 そう思いながら、珠生は甘いチャーハンを口にした。少しサツマイモがモッタリとするが、パインの酸っぱさといい感じだ。
 「・・・・・お前、それ食べれるのか?」
 「とーぜん。ラディは好き嫌いおーいよ」
ラディスラスを驚かすのはスープだけで、チャーハンと塩辛は自信作だ。まあ、慣れない人間は見た目だけで避けてしまう
かも知れないが。
 「ん〜、おいし〜」
甘いチャーハンと塩辛を交互に食べながら幸せそうな顔をする珠生を、ラディスラスは呆然として見つめていた。







 それからしばらくの間、ラディスラスがタコの塩辛を克服する為に深夜食堂に通ったことは・・・・・料理長のジェイしか知ら
ない。





                                                                  end