ラディスラス&珠生編









 その日の夕方、水上珠生(みなかみ たまき)は綺麗なオレンジ色に染まり始めた空と海を見つめ、やがて、何か思い
付いたように操舵室へ向かった。

 夏休みに故郷に帰った珠生は、不思議な言い伝えのある海岸の洞窟に足を踏み込んだ瞬間、よく分からないがまる
で中世のヨーロッパのような世界にタイムトリップしてしまった。
珠生を保護してくれたのは、ラディスラス・アーディンという海賊の首領。
 言葉が全く通じず、意思の疎通も無いままに一緒に旅をすることになり、なぜか男の身でありながらラディスラスと身体
を重ねるという衝撃的な体験もしてしまった。

 そして今、珠生はラディスラスと共に宝探しのため、ヴィルヘルム島へ向かっている最中だ。
他の乗組員達はそれぞれ自分の担当する仕事をしているものの、珠生は未だ自分が何をしたらいいのかと模索してい
る。
先日、見張り台に登らせてもらい、その素晴らしい景色に言葉を失ってしまったが、今、綺麗な夕日を見ているうちにこ
の光景も空に近い場所から見てみたいと思ってしまった。
日が暮れる前なら、見張りの人間も交代してくれるのではないだろうか?
 「ラディ!」
 「ん?」
 操舵室でルドーと話していたラディスラスは、珠生が声を掛けると直ぐに振り向いて返事をしてくれる。
何時でも自分を優先してくれるラディラスの気持ちをくすぐったく思いながら、珠生は自分が訪ねてきたわけを言った。
 「お願い、あるんだけど!」
 「俺に頼みごとか?なんだ?」
 「あのねえ」



 珠生が船の上の生活を満喫してくれているのは嬉しいが、それとこれとは話が別だった。
前に登った時もかなり時間が掛ったし、今から登れば下りる時には周りは暗くなってしまう。珠生には少し危ないのでは
ないかと思い、それとなく明日の早朝にしないかと言ったが、一度決めるとどうも頑固なのだ。
 「・・・・・よし、行くか」
 「うん!」
 要は、自分が珠生の下で常に用心していればいいのだと思うことにし、ラディスラスは我が儘で無邪気な愛しい相手の
望みを叶えるために甲板へと向かった。

 上にいた見張りの乗組員達を下に呼び下ろしてやると、垂直棒の真下に立った珠生は直ぐに登ると思ったが、なぜか
上と自分の顔を交互に見た後・・・・・、
 「ラディ、先登って」
と、言いだした。もちろん、ラディスラスの返事は決まっている。
 「お前が先」
自分が落ちることは絶対的にないが、珠生はその可能性がかなりある。そのためにも自分が下で、落ちるかもしれない珠
生の様子をちゃんと見てやらなければならないのだ。
 だが、どういうわけか珠生は、なかなか先に登ろうとしない。
 「タマ?」
 「・・・・・」
 「登らないのか?」
 「・・・・・ラディ、変なことするなよ」
 「・・・・・ああ、大丈夫だって」
 ラディスラスは苦笑した。
(そんなことを心配していたのか?)
もしかしたら前回、見張り台の上で口付けをしたことで警戒感を強めたのかもしれないが、さすがにラディスラスも登ってい
る最中に悪戯しようとは思わない。
 早くしなければこのまま夕日が沈むぞと言うと、ようやく珠生は動き出し、ラディスラスも何時でも受け止める心の準備を
しながら横棒に手を掛けた。

 一度登ってどんなものなのか分かったのか、今回の珠生の登るスピードはかなり早く、夕日が沈み切ってしまう前に見
張り台に着くことが出来た。
 「・・・・・」
 「ああ、晴れているから綺麗だな」
 「・・・・・」
 「タマ?」
 「・・・・・」
 自分の言葉にも反応しない珠生の顔を見たが、その表情だけで十分珠生が感動していることは分かった。ラディスラス
はふっと笑い、そのまま狭い見張り台の上で珠生の肩を抱き寄せる。
 「どうだ?」
 「・・・・・こんなに高いトコから見るから・・・・・トクベツにきれーなのかなあ」
 「隣に俺がいるからじゃないか?」
 「・・・・・」
 「違うか?」
 「ちがう!」
そう言い返してくるものの、珠生の顔は笑っていた。



 心配していたラディスラスのおかしな行動は無く、珠生は何時もとは違う目線で、今にも水平線に沈みそうな綺麗な夕
日を見つめることが出来た。
(やっぱり、綺麗だな〜)
 この見張り台に登ることは今でも怖いが、その恐怖を克服すればこんなにも美しい光景を見ることが出来る。
それに・・・・・悪戯は警戒しなければならないが、自分の後ろにいるラディスラスの存在はとても安心出来るもので、珠生
はちらっと横にいる男を見上げた。
 「・・・・・」
 今は真っ直ぐに夕日に向けられている視線。なんだか、自分を見ていないということが少し悔しい気がする。
 「・・・・・ラディ」
 「ん?」
直ぐに視線を向けてくれたラディスラスの袖を引いた珠生は、素早くその唇にキスをしてしまった。
 「・・・・・タマ?」
 重ねるだけで直ぐに唇は離したが、ラディスラスは驚いたように自分の名前を呼んでくる。
 「ちょ、ちょっと、気分がこーよーしただけ!」
(ぜ、絶対に、ラディにキスしたいと思ったわけじゃないし!)
たまたま隣にいたのがラディスラスなのだと心の中で言い訳をするものの、もしも他の人物だったら・・・・・とてもキスしような
んて思わない。
頭の中で考えることと感情のギャップに自分でも気付いてしまったが、珠生は強引に目を逸らし、意地になったように夕日
を見つめていた。



 酔っておらず、寝起きでもない、珠生からの口付け。
ラディスラスはその横顔をじっと見つめるが、頑なに前を見つめる珠生はこの雰囲気を認めることが出来ないようだ。
(自分から仕掛けてきたくせに)
 ラディスラスが手を出すのは駄目でも、自分から行動するのはいいのだろうか?ただ、珠生とは違い、ラディスラスはそれ
でも大歓迎だった。
 「そろそろ下りないと、暗くなるぞ」
 「・・・・・分かってる」
 ちらっと自分を見た珠生は、何を言われるだろうと子供のようにオドオドとしているが、今からこの垂直棒を下りるという
時にからかう言葉はない。
(そう・・・・・ここじゃ、な)
下に下りれば、それこそ足腰立たない口付けだってし放題だ。珠生が文句を言ってきたとしても、

 「気分が高揚しただけだ」

そう、同じ手で笑い掛けてやれば文句はないだろう。
 「よし、行くぞ」
 珠生の小さな尻を見ながら下りるのもまた楽しいと思う気持ちは綺麗に隠すと、ラディスラスは珠生の手を取り、見張り
台を囲っている板の留め金を外した。





                                                                  end