遼二&悠斗編
「小柴、帰ろうか」
加納遼二(かのう りょうじ)がそう言うと、帰宅やクラブに急ごうとしてざわめいていた教室が静まり返った。
(・・・・・まあ、仕方ないか)
この反応は自分は想像済みだったが相手はどうだろうかと、遼二は目の前に立っている小柴悠斗(こしば ゆうと)を注
意深く見つめた。
軟派で、派手な外見で目立つ自分と、大人しい優等生の悠斗。
今まで全く接点は無く、同じ教室にいても言葉を交わすことさえなかった自分達が、いきなり一緒に帰るといえば普通何
事かと思うだろう。
「・・・・・」
悠斗は興味津々の周りの視線に少し怯えてしまったようでなかなか返事をしてくれない。
遼二はもう一度言った。
「一緒に帰ろう」
「・・・・・」
「何、悠斗、加納君と帰るの?」
そんな悠斗に後ろから声を掛けたのは、悠斗とは仲が良いこちらも真面目な生徒の吉野遥(よしの はるか)だ。
悠斗と変わらない背格好の遥は、遼二を見てにっこり笑った。
「加納君、悠斗をよろしくね」
「あ、ああ」
「じゃあ、バイバイ」
遥が子供のように手を振って教室を出て行くのと同時に、今度は遼二の悪友の越智俊輔(おち しゅんすけ)がポンと遼
二の肩を叩いた。
「俺もお先に」
「おう」
最近、別行動が多いが、どうやら越智にも本命らしい相手が出来たようだ。
本来ならその名前を聞きだしてからかって遊びたいところだが、今は自分の恋愛だけで頭の中がいっぱいだ。
遼二は再び悠斗を振り返った。
「帰ろう」
「・・・・・うん」
悠斗の返事に、固唾を呑んで2人の様子を見ていたギャラリーから、まるで潮騒のようなざわめきが広がった。
一緒に帰るといっても、悠斗は遼二よりも少し離れた後ろを歩いている。
これでは話もしづらいと、遼二は立ち止まって振り向いた。
「隣」
「え?」
「今のままじゃ、一緒に帰るって言わないだろ?」
大人しい悠斗が大きな変化を好まない人間だとはもう知っている。こうして遼二の隣を歩かないのも、遼二が嫌だという
よりは、周りの反応が気になって仕方がないのだろう。
「誰も気にしないって」
「・・・・・そうかな。加納君みたいな人の傍に、僕みたいなさえない人間がいるのなんてやじゃないかな」
「ば〜か、他人なんて関係ないだろ」
「・・・・・」
「俺とのことを考えるって言った言葉・・・・・嘘じゃないよな?」
「!」
瞬時に真っ赤になる悠斗を見つめ、遼二はいまだに思い出すたびに顔が緩んでしまいがちになる悠斗の言葉を思い浮か
べた。
「君の事は・・・・・き、気になってるけど、好きとかは分かんないよ。も・・・・・ちょっと、時間、欲しい」
好きだと告げた遼二に、顔を真っ赤にしてそれだけを言った悠斗。
告白・・・・・とはいえなかったが、大人しい悠斗のその言葉は十分告白の意味を持っているのではと思った。
何より、キスして、告白して、それでも遼二の前からは逃げなかったのだ。
(時間なんか腐るほどやる。でも、俺は黙って待ってはいないけどな)
こんなに欲しいと思った相手は初めてなのだ、絶対に見逃してやらないし、絶対に手に入れてみせるつもりだ。
「・・・・・覚えてるよ」
「俺の事を知ってもらうには、もっと一緒にいてもらわなくちゃな」
「・・・・・なんだか、加納君のペースの気がする」
「俺は自分の気持ちを認めているからな」
「・・・・・」
「大丈夫、待ってるから」
その気になれば、身体は簡単に手に入ると思う。
悠斗は全く恋愛に慣れていないし、それなり以上の経験を積んでいる自分のテクニックで、まっさらな身体をたちまち発
情する身体に作り変えることは簡単だろう。
ただ・・・・・悠斗は遊びの相手とは違うのだ。その身体ももちろんだが、それ以上に心も欲しい。
好きだと、思ってもらいたい。
「小柴」
「・・・・・」
悠斗は困ったように複雑な顔をして・・・・・それでもその場から逃げることは無い。
1メートルほどの距離はいまだに縮まらないものの、それでもそれ以上は開くことはないのだろう。
「帰ろっか」
「・・・・・うん」
ゆっくりと歩き始めると、遼二はふと足元に視線が行った。
(影・・・・・重なってる)
悠斗の影が伸びて、自分の影と重なっている。
それが妙に気恥ずかしくて、嬉しくて、遼二は歩く速度を更にゆっくりとしたものに変えた。
end