最上級のONLY ONE





                                            伊崎&楓






 「・・・・・何なんだ、恭祐」
 「・・・・・なにか、気に入りませんか?」
 伊崎は手にした薔薇の花束を見下ろしながら途惑ったように言った。



 日向組というヤクザの組の組長の次男坊である日向楓(ひゅうが かえで)と、そこの若頭である伊崎恭祐(いさ
き きょうすけ)は、20近くもの年の差と、男同士というイレギュラーな要因はあったが、まだなりたてホヤホヤの恋人
同士でもあった。
 それまで楓の世話係としてずっと一緒にいた2人だったが、今年は恋人同士になっての初めてのクリスマスだ。
口には出さないまでも、楓は相当に期待していたが・・・・・。
 「この花は何だ?」
 「プレゼントはきちんと用意してありますよ?」
 「違う!」
 「楓さん、何を怒ってるんですか?」
 「恭祐は分からないのかっ?」
 差し出された花束を受け取りもせず、楓は伊崎の前で仁王立ちになった。
綺麗な楓の容貌は、怒りに震えていても少しも損傷なかった。
 「お前が今までの女達と同じ扱いを俺にするからだろう!」
 「え?」
 「その他大勢と俺を一緒にするな!!」
そう言い放つと、楓はずんずんと待ち合わせの場所から街中へと歩き始めた。



 今までも伊崎の一番は自分だと自負してきたし、イベント事も伊崎は楓を優先してくれていた。
お正月やクリスマスもその例外ではなく、伊崎は何時も楓と共に過ごしてくれたが、楓が中学に上がってからのその前
後の休みの日(基本的に伊崎に休みなどはないのだが)、夜遊びに出ていた楓は夜の街で偶然伊崎を見付けたこ
とがあった。
 その時、伊崎は色っぽい女と一緒にいて、女は伊崎から綺麗な薔薇の花束を受け取りながら嫣然と微笑んでいた。
幼いながらも、伊崎とその女が親密な関係だということは感じ取れて、それからしばらくの間、楓は随分面白くない思
いを引きずったのだ。
 その時は自分のその思いが子供らしい嫉妬からだと思っていたが、今ならばそれが幼稚ながらも嫉妬だったということ
が分かる。
伊崎に特別扱いされているのが自分の他にもいたということが我慢出来なかったのだと。



 あの夜、伊崎が女に渡した薔薇の花束。
恋人同士になって初めてのクリスマスに同じ様に渡され、楓は自分がまるで2番目のように感じたのだ。
綺麗な花束を貰うのが嬉しくないわけがないが、何よりも伊崎の一番というものに拘っている楓にとって、あの消えな
い残像は伊崎の過去に対する・・・・・脅威かもしれない。
(この俺以上の人間なんているはずないけど・・・・・女は女っていうだけで優位だからな)
 考えれば考えるほど、伊崎が過去に抱いてきたであろう女達を憎らしく感じてしまうが、子供だった自分がそれに対
抗出来るようになったのは今だからかもしれない。
身体も心も、ようやく熟した今があるから、こうして嫉妬も出来るようになったのだ。



 楓の為に用意した最上級の薔薇を手にもしてもらえなかった伊崎は、一瞬愕然としてしまったが、直ぐに自分を置
いて行った楓の後を追いかけた。
(いったい、何に怒ってるんだ?)
 伊崎としても、長年想い続けた楓と思い掛けなく恋人同士になれてから初めて迎えるクリスマスだ。
それなりに準備もしたし、楓が喜んでくれそうなプレゼントも用意した。
この薔薇も、最高級品だったが、楓は見るのも嫌だという風に綺麗な顔を顰めて言い放った。
(その他大勢と一緒って・・・・・楓さんをそんな風に思うはずがないのにっ)
 ほっそりとした後ろ姿は直ぐに分かった。
容貌ももちろんだが、その歩き方も、持っている雰囲気も綺麗な楓を、すれ違う人間は老若男女関係なく振り返っ
て見ている。
何時誰に声を掛けられてもおかしくない状況に、伊崎はさらに足を早めて楓に追いついた。
 「楓さん!」
 「・・・・・」
 握った手を振りほどこうとはしない楓に内心安堵し、伊崎はその顔を覗き込むように身体を屈めた。
 「何を怒っているのか、きちんと話してもらえませんか?俺はやっとあなたを手にすることが出来て舞い上がっているの
で、なかなか冷静に考えることが出来ないんです」
 「・・・・・恭祐のくせに」
 「すみません」
素直に頭を下げる伊崎に、楓は少し言いよどんでいた。
しかし、何時までも胸の内に溜め込んでいられない楓は、やがて上目遣いに伊崎を見つめながら早口に言った。
 「お前が花束を渡したのは、俺で何人目だ」
 「え?」
 「俺は一番じゃないと嫌だ。女の後なんて・・・・・馬鹿にするな」
 「・・・・・楓さん、私が花束を贈るのはあなたが初めてですよ?」
 「嘘だ!俺、前に見たことがある!お前、女に花束やってた!」
 「・・・・・」
 楓は憤然と言い返してきたが、伊崎の方は全く見覚えがなかった。
もし、仮に楓の言うようなことがあったとしても、多分それは女に言われたから買っただけで、自分から贈ろうと思ったわ
けではないはずだ。
楓を手に入れる前の自分は、そんなろくでもない男だった。
 「楓さん、本当に私は覚えがないんです。ただ、あなたが女の次だということは絶対に有り得ない。俺にとって何より
大切なのは楓さんだし、あなた以上のものなんて・・・・・」



 真摯な伊崎の言葉に、楓も自分の子供っぽさが恥ずかしくなってきた。
もし仮に・・・・・昔のあの情景が本当だったとしても、今の伊崎の気持ちまで疑うことは出来ない。
(それに、この花束の方があの時のよりもずっと綺麗だ)
 「楓さんを不快にしてしまって申し訳ありません。これはもう・・・・・」
 そう言いながら花束を捨てようとした伊崎の手を止め、楓は奪うようにして花束を取った。
 「貰う」
 「楓さん」
 「お前の気持ちまで捨てなくてもいいだろう」
(男の俺が花束を持つなんて変だけど)
楓本人はそう思っていたが、その容姿と薔薇の花束は恐ろしいほど似合っていて、見る者達の感嘆の溜め息を誘っ
ていた。



 「ほら、食事に連れて行ってくれるんだろ?」
 笑みを向けながら言う楓は間違いなく女王様の風格だ。
しかし、伊崎にとっては、可愛い嫉妬をしてくれる愛しい恋人だった。
どうやら機嫌の直ったらしい恋人に、伊崎も深い笑みを向けた。
 「ええ。きっと、楓さんも満足してくれると思いますよ」
 「へえ、楽しみだな」
薔薇の花束を抱えた美しい恋人が自分の手を取る。
伊崎はその至福に顔を綻ばせながら、そっと楓の頬にキスを落とした。



恋人達の夜はこれからだ。




                                                               end






伊崎&楓は、楓がリードしながらも、最後はちゃんと伊崎が締めてくれます。

かなりの歳の差カップルですが、それなりにしっくりきますね。