西園寺&響編
「少し頑張り過ぎだよ。2、3日休みなさい」
昨日、高階響(たかしな ひびき)は仕事中に倒れてしまった。
それは寝不足と貧血が重なったもので響自身はたいした事ではないと思ったが、上司は3日の有給休暇を強引に響に
取らせた。
確かに、仕事に慣れるまではと休みの日も手伝いに現場に出ていたが、そんな心の張りとは別に身体はかなり疲れてい
たようだ。
「ゆっくり休めよ?見舞いに行ってやるから」
今の仕事場の先輩である里中も、そう言って響が休むことを進めた。
そこまで言われてはと響は仕事を休むことにしたが、寮の部屋で1人でぼんやりしているのも退屈だ。
それに、こんな風に1人でいると、どうしても考えてしまうのだ。
「久佳(ひさよし)さん・・・・・何してるかな」
親代わりの保護者で、理想の大人で、とても愛しい響の恋人、西園寺久佳(さいおんじ ひさよし)。
本当は一時も離れていたくないほどに好きな人だが、何時までも西園寺に頼ってはいけないということも分かっていて、い
ずれ1人でちゃんと生活出来るように、その上で西園寺と共に歩けるように、響は響なりに頑張っていた。
その頑張りが、少しオーバーヒートしたのかもしれない。
まだ、一ヶ月と経っていないのに・・・・・。
(3日も休めるなら、久佳さんに会いに行きたいけど・・・・・)
いきなり帰っては、多忙な西園寺に迷惑が掛かってしまうかもしれない。
自分とは桁違いの地位に立つ西園寺の事を思えば、思い付いたからといって直ぐには行動出来なかった。
「・・・・・会いたいなあ」
呟くと、ますます会いたい気持ちが募る。
響は溜め息をつくと、シングルのベットに横になって目を閉じた。
(夢で会えると嬉しいけど・・・・・)
「・・・・・」
優しく髪をかき上げてくれるのは、響を宥めてくれる時の西園寺の癖だ。
夢で会いたいと思った自分の気持ちがそう感じさせるのか・・・・・それでも嬉しくなってその手を掴もうとした響は、握ったそ
の手に感触があるのに途惑った。
(・・・・・夢じゃ、ないの?)
「・・・・・」
ゆっくり目を開くと、目の前には端正な容貌の男・・・・・響の大好きな人がいた。
「・・・・・嘘」
「何がだ?」
「どうして・・・・・久佳さん・・・・・いるの?」
「お前が倒れたって連絡があったんだ。それを聞いて、私が来ないわけがないだろう?」
「久佳さん・・・・・」
「元気そうで良かった」
そう言いながら、ゆっくりと西園寺の顔が近付いてきた。
柔らかく触れる唇の感触に、静はこれが夢ではないのだとはっきりと分かった。
「・・・・・ごめんなさい」
「ん?」
「久佳さんに迷惑掛けて・・・・・」
「いや、会いに来る口実を作ってくれて良かった」
「・・・・・っ」
仕事面では冷酷と言われるほど厳しい西園寺だが、響に対しては初めからとても優しかった。
今も響に負担に思わせないようにそう言ってくれる言葉が嬉しくて、響はベットから起き上がると西園寺に抱きついた。
何時もは背の高い西園寺には見下ろされているが、今はベットの側に西園寺が腰を下ろしているせいか響の方が視界
が高く、西園寺の頭を抱くような形で抱きしめてしまった。
「会いたかった・・・・・!」
万感の思いを込めて言うと、西園寺も手を伸ばして響を抱きしめてくれる。
「私もだ」
「ぼ、僕のせいで、こんなに離れてるのに、そんなの思うなんて変なのに・・・・・っ」
傍にいろと言ってくれた西園寺の言葉を振り切ってここまで来たのは響自身なのに、こんなことを言うのは卑怯だと分かっ
ているのに、久し振りに西園寺の顔を見ると思わず弱音を吐いてしまった。
しかし・・・・・。
「たった1年だ、響」
「・・・・・」
「私はこの時間を楽しんでるぞ。1年後の響がどんなに成長しているか・・・・・私も負けないように頑張ろうと思ってるん
だ」
「た、楽しむ・・・・・?」
「それに、たまにこうして会うと、響がこんな風に甘えてくれるのも分かったしな」
「あ、甘えるなんて、僕・・・・・っ」
「3日、休みを貰ったんだろう?久し振りに2人でゆっくりしよう」
「・・・・・うん」
西園寺の仕事はどうなっているのかとか、そもそもどうして響の休みの事を知ったのかとか、改めて考えれば聞きたいこと
はたくさんあるのだが、今は西園寺が言ったように2人でゆっくりしたいと思う。
「おいで、響」
目を細めながら西園寺が腕を広げてくれ、響も頬を綻ばせてその腕の中に飛び込む。
思い掛けない恋人の時間を、響は自分達以外の事は考えずに満喫しようと思った。
end