誘う身体







 深夜0時近く、ホテルの入口でばったりとかち合った二組のカップル。
一組は二十代後半の人妻風美人と若い男。もう一組は三十代エリートサラリーマン風の男と・・・・・少年。
今時珍しくはないが男同士というカップルに女は興味深々な視線を向けるが、男も少年も堂々と腕を組んだまま中に入っ
ていった。
 「いるのね、ああいうカップル」
 「・・・・・」
 「いい男だったけど、あの男の子も可愛かったわ」
 「・・・・・」
 「俊輔?どうしたの?」
女は不思議そうに言うと、次の瞬間フフッと笑う。そしてべったり若い恋人の腕に縋ると甘えたように言った。
 「彼より俊輔の方がずっとイイ男よ」
 「・・・・・」
 「ねえって・・・あん」
 うるさいと言わないまま男はキスをした。今まで何度か身体を繋げた事のある身体は直ぐに熱くなり、女は積極的に自分
から舌を絡ませ唾液を貪る。
家には夫と幼い子供を持つ女の浅ましいまでの性欲が、なぜか急に疎ましく感じた。
お互い遊びと割り切った関係だったが、最近女の自分に対する独占欲が強くなってきた気がする。
ここが潮時かと思うと同時に、男は今かち合った男同士のカップルを思い浮かべた。
(あれは確か・・・・・)
 私服で、髪型も少し違うが、間違いなくあの少年を知っている。
 「・・・・・」
 ふてぶてしいまでに堂々としていた男。その腕にピッタリと寄り添っていた少年は、確かに自分を見て一瞬驚いたように目
を見張ったが、次の瞬間見せたのは悪戯っぽい微笑。
見られたことを少しも気にしていないような態度に、なぜか胸の奥がチリッと焼けるような気がした。
 急速に高まってしまった身体の熱を冷まさなければならない。
手っ取り早く、今自分の腕の中にいる女に吐き出そうと、うわの空だったキスを深いものにした。



 「今日の現国は自習になりました」
 五時間目の授業冒頭の日直の言葉にいっせいに歓声が沸き、ガタガタと席を立つ音が響いた。
昼一の授業なのでそのまま昼寝をする者、友人同士が集まって話を始める者、そして数人教室から出て行く者がいる。
 「俊輔?」
 何時もなら教室を抜け出す俊輔が何時まで経っても席を立たないのに、悪友であり親友の加納遼二が怪訝そうに声
を掛けてきた。
 「出ないのか?」
 「お前もな」
 「・・・・・俺はいいんだよ」
 遼二の気持ちは分かっていた。少しでも長く小柴悠斗の姿を見ていたいからだろう。
俊輔が悪友と思うほど、最近までの遼二はかなりの遊び人で、夜の街でもお互い女連れでバッタリということも多かった。
茶髪にピアスと、軟派な俊輔とは違い、遼二は外見は硬派な、しかしフェロモンを垂れ流して女を喰っていた。
どちらが性質が悪いか言い合い、結局第三者に決めてもらおうと街に繰り出し、そのままナンパをして4Pになだれ込んだこ
ともある。
 そんな遼二が、まるで小学生のような恋をしたのが同級生の、それも男だ。俊輔から見ても可愛らしい容姿をしている
悠斗だが、間違いなく男だ。
しかし、同じ性を持つ悠斗に対する遼二の思いは、間違いなく性欲も伴うもので、向ける切ない視線は俊輔が苦笑して
しまうほど熱いものだった。
 柄にもなく応援したいと思い、頻繁にけし掛けているのだが、女とは勝手が違うのかなかなか進展していないようだ。
今も悠斗の席に近い俊輔の隣の席に腰を下ろすと、頬杖をしたまま悠斗の横顔を見つめている。
(まったく・・・・・)
 当の悠斗はそんな遼二の視線には気付かず、仲の良い友人と楽しそうに話していた。
 「・・・・・」
 悠斗と同じような背格好の、大人しそうなクラスメイト・・・・・。
 「・・・・・」
悠斗ほど鈍感ではないのか、俊輔の視線に顔をあげる。小さく微笑むその顔は、間違いなく夕べ見たものだ。
(大人しそうな顔をして・・・・・だまされてたな)
 全く目立たないクラスメイトだった。
遼二が悠斗を見つめているので、ようやくその傍によくいる存在に気付いたくらい、目立たない、どちらかといえば大人しい
存在の彼が、あんな笑みを浮かべられるとは考えられなかった。
今改めてその顔を見ても、同じ顔の別人だとしか思えない。
 「・・・・・あ」
 その時、悠斗に何か言って立ち上がる姿が見えた。
 「俊輔?」
 「野暮用」
声を掛けられたわけではないのに、俊輔はその後ろ姿を追った。



 ついていった先は非常階段の踊り場。授業中なので他に人影はなく、遠くで体育をしている声がする。
俊輔が扉を閉めると、くるりと振り返った顔が夕べのものと重なった。
 「ずっと見てたけど、何か言いたいことあるの?」
まだ声変わりもしていないような声だ。
 「夕べの男・・・・・彼氏?」
 「関係あるのかな、越智君に」
拒絶しているわけでもなく、本当に不思議そうに首を傾げて言う。
 「越智君、僕の名前も知らないでしょう?」
 「知ってるよ。吉野遥だ」
 「あ、そっか。加納君関係で知ってるのか」
 「遼二のって、じゃあ・・・・・」
 「あの視線に気付かないのは悠斗くらい。無意識でもあれだけ無視してちゃ、いつか襲われかねないかね」
楽しそうに笑いながら言うが、俊輔の目にはもう無邪気には映らなかった。
 「恋人?」
 「彼は火曜日のセックスフレンド」
 「セックスフレンド・・・・・」
 「僕は君と違って受身の方だから。手当り次第なんてしてちゃ、何時変なのに当たっちゃ困るから。身元のしっかりした決
まった人が安心なんだ」
 「・・・・・他の曜日もいるってこと?」
 「毎日するわけじゃないけど。お互いの条件があった人とね」
 「俺に言ってもいいの?」
 「お互い様じゃない?あの人、人妻でしょ」
 「・・・・・」
 「指輪、外してなかったよ」
 そう言って笑うと、遥は自分よりも随分背の高い俊輔の顔を下から覗き込んだ。
 「学校に言っても無駄。ヘマはしてないし、素行の悪い越智君と、僕と、どちらが信用あるか分かるよね?」
 「・・・・・」
 「ああ、出来れば悠斗には言わないで欲しいな。そのこと何にも知らないし。まあ、言ったとしてもどうにでも誤魔化せるけ
どね。僕の話はそれだけ。帰ってもいい?」
 やられた・・・・・俊輔は思った。遥は自分の秘密を話すことで弱みがあると見せながら、何をしても無駄なことだと突き放
したのだ。
確かに学校での遥は真面目で、夕べの現場を見た俊輔でさえ自分の目を疑ったくらいだ。俊輔の言葉を信じる者はいな
いだろう。
 「じゃあね」
 浮かべた笑みは、夕べと同じものだ。悪戯っぽく、そして・・・・・誘う笑み。
 「吉野」
 不意に、夕べ感じた不可思議な熱が再び襲ってきた。
 「お前と寝てみたい」
 「僕と?軟派で有名な越智君が?」
 「ああ。男としてみたいと思ったのは初めてだ」
 遥は突然大きな声で笑い始めた。可笑しくてたまらないというふうにしばらく笑い続けた後、不意に俊輔の襟元を掴んで
引き寄せると、そのまま深いキスをした。
唇を舐め、僅かな隙間から舌を差し入れると、口腔から歯の裏側までねっとりとした愛撫を続ける。溢れる唾液を躊躇い
もなく飲み込み、舌を絡ませ強く吸った。
外見の幼さと熟した愛撫のアンバランスさに、俊輔も遥とのキスにのめり込んでいく。
 音さえ響く激しいキスはしばらく続き、直接の愛撫がないまま、キスだけで俊輔の下半身は立ち上がってきた。
自然と遥の腰にお互いを愛撫しようと擦り付けたが・・・・・。
 「ん」
 合わせた唇越しに、遥が笑っているのが分かった。
思わず唇を離して遥を見つめる。
太陽の下、小さな唇が唾液で濡れ光っていた。
 「分かった?」
 「・・・・・感じてなかったのか?」
触れた遥の欲望は反応していなかった。お互い貪り合う様なキスをしたというのに、感じていたのは俊輔だけだった。
 「男ってすぐ分かっちゃうから不便だね」
 制服の袖で唇を拭うと、目の前には見慣れた目立たないクラスメイトが立っていた。
 「悪いけど、合格点じゃないみたい。」
 そう言うと、今度は立ち止まらないまま教室に戻っていく。
 一人取り残された俊輔は、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
百戦錬磨といわれ、どんな女でも落としてきた自分のテクニックが通用しなかった・・・・・そんなプライドなど消し飛んでしまう
ぐらい、遥に欲情した自分に驚いたのだ。
 「俺が・・・・・男を・・・・・」
 ふと、遼二に言った言葉を思い出した。

 『抱けば男も女も変わらない』

えらそうに言っていたが、本当は分かっていなかったのだ、欲情するということを。
 「ふ・・・・・」
 俊輔は笑った。数だけこなしただけで、今までの何も知らなかった自分が滑稽だった。
しかし、このまま引き下がるつもりは毛頭ない。こんなにワクワクすることは初めてだ。
 「遥・・・・・」
 感じないのなら、感じさせるまでだ。自分の身体全てで遥を誘えばいい。
俊輔は自分の唇に手を触れた。近いうちに必ず自分のものにするあの小さな唇を思って・・・・・。





                                                                  
end