沢渡&和沙編
これまで付き合ってきた恋人達は、それなりに愛していたと思う。
しかし、束縛を嫌う自分は恋人達の妬きもちに苛立ちを感じることも少なくなかった。
好きだから付き合っているのだ。どんと構えていてくれればいいし、多少視線が他に向いても、笑って妬くわよと一言言うだ
けでも十分なはずだ・・・・・と、思っていた。
だが、実際に自分がその立場に立つと・・・・・今までの恋人達の気持ちが少しばかり分かったような気がして、沢渡俊
也(さわたり としや)は思わず洩れてしまう溜め息を悟られないように噛み殺していた。
「あ」
「電話?いいよ」
「す、すみません」
慌てて謝ったのは杉野和沙(すぎの かずさ)。
大学生になる彼は自分の恋人だ。
そう、彼・・・・・まさか男と付き合うようになるとはとても思っていなかったが、今となっては今までの恋人達とは比べ物になら
ないほどに愛しいと思っている。
社会人の自分と大学生の和沙とでは時間もなかなか合わないが、僅かな時間を捻出して会う努力をする・・・・・そうす
る自分がおかしくて、それでいて充実した気分だった。
久し振りの昼間のデート。
和沙がバイトしているのとは違う喫茶店に入って直ぐに掛かった電話に、沢渡は大人の余裕を見せて出るように促しなが
ら煙草を取り出した。
「あ、森君?何?」
「・・・・・」
(男?)
大人しく、引っ込み思案だった和沙も、大学に通うようになってからはかなり頑張って友人を作っていた。
何人かと電話番号やメールアドレスも交換したようだが、沢渡といる時は滅多にそれが鳴ることはなかった。
そんな和沙に、それも男からの電話。きっとなんでもないことだとは思うが、沢渡は気になって仕方ない。
「え?明日の講義?うん・・・・・出るけど・・・・・え?その後?」
「・・・・・」
「夕方はバイトがあるから・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・うん、誘ってくれるのは嬉しいけど・・・・・」
どうやら遊びに行こうという話のようだ。
(森・・・・・どんな男だ?)
和沙の口から個人名が出てくることはあまり無い。
そんな中で、和沙にとってこの男は何かしら特別な存在なのだろうか?
手の中の煙草に、今だ火はつけられない。
和沙は沢渡に内緒にしておきたい話ではないようで、声は落としてはいるが席を外そうとはしなかった。
目の前で話されるのもかなり気になってしまうが、もしもそのまま店の外に出られでもしたら・・・・・もっと気になってしまうだ
ろう。
(たいした話じゃないみたいだが・・・・・)
「う、うん、ごめんね、それじゃ」
携帯を切った和沙は、直ぐに沢渡に謝った。
「ごめんなさい」
「いいよ、突然の連絡は仕方ないし」
「でも」
律儀な和沙らしいその気遣いは嬉しいし、結局相手の誘いをちゃんと断ったのも嬉しい。
まさか自分が妬きもちを焼いているとは思っていないだろうが、断った背景には自分の存在があるのは確かだろう。
「和沙だって、俺に電話が掛かった時、ちゃんと待ってくれてるだろう?」
「だって、それは仕事の電話が多いし・・・・・」
「それでも、和沙との時間よりも優先する俺を許してくれてる。和沙はこんなこと初めてなんだし、もっと堂々としててい
いんだよ」
「・・・・・そうなのかな」
「そう」
(俺は面白くないけどね)
自分がこんなに妬きもち焼きだとは思っていなかった。
今までも恋人に他の男からの電話が掛かってもそれほど気にせずにいられたのに、どうして和沙に対しては違うのだろう。
今までの経験が全て通じないのだが、それはそれで・・・・・違った自分が見えるようで楽しいかもしれない。
「謝るのはもう無し」
「はい」
「もっといいこと考えよっか」
「はい」
「じゃあ、俺の事だけ考えて」
「は・・・・・え?」
「ん?」
ビックリした顔がたちまち赤く染まっていくのを見るのが楽しい。
妬きもちをやいたり、不安になったりするのは和沙だけではないのだ。
ちゃんと恋愛してるじゃないかと、沢渡は笑いながら手を伸ばして、そっと和沙の髪に触れた。
end