聖夜の迎え方
朝目覚めた時、隣で眠る真琴の瞼は少し腫れていた。
冷やし方が足りなかったかと眉を顰めると、その視線を感じたのか、真琴がゆっくりと目を開ける。
ウサギの様な赤い目が可哀想で可愛くて、海藤は思わず笑ってしまい、そのお詫びというようにそっと額にキスを落とした。
「うわ・・・・・酷い顔」
(海藤さんが笑うはずだよ・・・・・)
洗面台の鏡に映った自分の顔を見つめながら、真琴ははあ〜と溜め息をついた。
昨夜、12月23日の誕生日。
思い掛けなく海藤からの嬉しいプレゼントを貰い、ずっと泣き続けた結果が目の前にあった。
しかし、嬉しい涙のそれは後悔することはなく、真琴は冷たい水で顔を洗うと、パンパンッと両頬を叩いて気合を入れなおし
た。
「俺にとっての本番は今日なんだから!」
数ヶ月前の海藤の誕生日。頑張ったつもりだったが、結果はカレーしか作れなかった。
クリスマスには美味しいディナーをと考えないでもなかったが、真琴は海藤と2人きりで初めてのクリスマスを迎えたくて、誕生日
からは少しは成長したはずの料理の腕を振るうつもりだった。
もちろん、チキンの丸焼きなんて物は出来るはずがなく、クリスマスケーキも作れるはずがない。
それでも今出来る限りのことをしたい・・・・・そう思っていたが。
今朝、真琴が目を覚ました時、既に起きていた海藤はずっと真琴の顔を見つめていたようだが、重い瞼をようやく真琴が開
いた瞬間、少し目を見張って・・・・・次の瞬間、彼にしては珍しくプッとふき出した。
今鏡を見た後ならその理由が分かるが、朝は何がなんだか分からないままだった。
そんな真琴の前髪をかき上げてキスをした海藤は、今日の予定を真琴に聞いてきた。
外食はしないつもりだと言った真琴に、海藤はもし料理を作る気であれば、一緒に作ろうと言ってきた。
真琴の手作りも嬉しいし、楽しみだが、2人で作ればもっと楽しいだろうと。
(海藤さんにはお見通しなんだよなあ)
確かに、自分が作ったものを食べて、美味しいと言って欲しいと思っていたが、もちろん、2人で作る方がもっと楽しいと思う。
「よし!」
2人で料理をするにしても、買い物は真琴がしておかねばならない。
昼過ぎには戻ると言っていた海藤の帰宅時間を考えながら、真琴は慌てて支度を始めた。
「どうだ?」
「美味しい!」
午後2時過ぎに帰宅した海藤の手には、よく冷えたワインとシャンパンがあった。
お酒の分からない真琴はこれらを買ってくることをすっかり忘れており、良かったと歓声を上げたほどだ。
真琴からのプレゼントの1つであるおそろいのエプロンをして(海藤には腰だけのギャルソンタイプの、真琴はまだまだ服を汚す
こともあるかもしれないので、ちゃんと胸当てまであるもの)、2人は仲良くキッチンに立った。
「トマト、8等分に」
「は、8個に?」
クニュッとした感触に恐々包丁を入れていく。
「手、気をつけろ」
「は、はい」
きっと、海藤1人で全てした方が断然早いだろうし、きっと綺麗で美味しいだろう。
それでも、2人でと言った言葉をちゃんと考え、海藤は真琴にも的確に分かりやすく指導してくれた。
「パエリヤって、生のお米から炊くんだあ」
「どう思ってた?」
「お粥みたいに、炊いたお米をコンソメかなんかで炒めるのかなって」
正直な真琴の答えに、海藤に笑みが深くなった。
「少しずつ覚えればいい。今度から時間がある時は2人で作ろう」
「本当にっ?俺、海藤さんの作るご飯凄く美味しいから大好きだけど、海藤さんにも俺の作ったもの美味しいって食べて欲
しくって!」
まさか料理教室に通ってまでとは思っていなかったが、プロに負けない腕の持ち主の海藤ならば全然申し分ない。
「絶対約束ですよっ?」
「ああ」
海藤は出来ることしか言わない。
真琴はもう、嬉しいプレゼントを貰った気がした。
最初の頃の、見ている方が怖くなるような危なかしい手付きから随分上達した真琴は、海藤のよい助手となって手伝ってく
れた。
狭くはないキッチンなのに、なぜか母親に纏わりつく子供のように海藤の傍を離れない真琴は、海藤の料理に一々感嘆の声
を上げてくれるので、海藤の手付きもますます滑らかになっていく。
自分の手料理を真琴に食べさせるのも楽しいが、こうして2人一緒に料理をするというのも楽しかった。
パエリヤに、鳥のモモのグリル、カボチャのスープにカニサラダ。
レストランにも負けないこの料理を本当に自分達が作ったとは信じられなかった。
もちろん、主だった味付けなどは海藤がしたが、目に見える野菜を切ったのは真琴で、多少不恰好ながらも綺麗に盛られた
それらに真琴は十分満足だった。
「あ!」
肝心なのを忘れていたと、真琴は冷蔵庫の中から小さなクリスマスケーキを出した。
サンタとトナカイの砂糖菓子の人形が乗ってあるベタなものだが、これがないとクリスマスといえない気がした。
「はい、準備完了!」
真琴がイスに座ると、海藤はワインの栓を抜いてグラスに注ぐ。
まるで本物のギャルソン以上にさまになっていた。
「海藤さんって・・・・・何してもカッコいい」
「・・・・・お前にそう言ってもらえると役得な気がするな」
「嘘じゃないですよっ?」
「ああ、ありがとう」
笑いながら頷いてくれる海藤に、真琴は2つ目のプレゼントとして口を開いた。
「じゃあ・・・・・貴士さん、乾杯しましょう」
「・・・・・」
(・・・・・わ、わざとらしかった?)
今日のような特別な日でないとなかなか海藤を名前で呼ぶことが出来ない自分が歯がゆいが、名前で呼んだ時の海藤の
嬉しそうな顔は目に焼きついている。
(あ・・・・・また・・・・・)
ゆっくりと海藤の顔に広がる顔は本当に嬉しそうで、真琴は出来るだけその名を呼ぼうと改めて誓った。
真琴に名前を呼ばれるのは単純に嬉しいだけではない。
見えないまでも確かに存在する大きな父親に対して、彼と自分は違うのだと、必要とされているのは自分だと改めて生きてい
る価値を確信出来る。
海藤という名前が嫌いなわけではないのだが、海藤だけの名前はやはり『貴士』なのだ。
「2人だけの秘密だからね?」
昨夜の、酔った真琴の言葉を思い出す。
2人きりの秘密は、2人だけの時には秘密にしなくてもいいのだろう。
「あ、あの、えっと・・・・・」
なかなか反応を返さない海藤に、真琴の頬がじわじわと赤くなっていく。
このまま黙って見つめているのも楽しそうだが、せっかく2人でいるのだ。真琴の楽しそうに話す声も可愛い笑顔も見たい。
「ああ、乾杯しようか」
そう言ってグラスを持ち上げた海藤にホッとして、真琴もグラスを持ち上げる。
グラスを合わせる綺麗な音が響いた。
今日はもちろん真琴に酒は飲ませない。・・・・・いや・・・・・。
(少しだけなら・・・・・いいか)
程よく酔うと、ベットの中で真琴が大胆になるのを知っている海藤は、今夜もその艶やかな姿を堪能しようとほくそ笑む。
そんな海藤の思惑など全く分からない真琴は、少しだけならと許可を貰ったワインを舐めるように口にした。
「・・・・・どうだ?」
「・・・・・大人の味ですね」
顔を顰めて言う真琴に、海藤は声を上げて笑った。
「いいものを口にしていたら良さも分かってくる。ほら、温かいうちに食べろ」
「はい、いただきます!」
何万もするディナーではなく、2人が一緒に作ったご馳走で。
華やかなイルミネーションの代わりに、真琴が3日も悩んで買った30センチほどの大きさのツリー(4,980円)を眺めて。
海藤の用意した、一体いくらかは分からない酒(2本で110万)を傾ける。
去年までの自分では考えられないようなクリスマスを迎えたが、きっとこれから毎年これが真琴の普通になるのだろう。
「あ、これ、美味しい!かい・・・・・貴士さんの味付け抜群!」
「そうか?」
大皿に盛った料理を、愛する相手と分け合って食べる。
これが普通の日常になるとは、去年の海藤は考えたこともなかった。
「あ、俺、海老剥いちゃいますね。手が汚れるついで」
最初に殻を剥いた海老を海藤の皿に、次は自分にと、順番に置いてくれるのが嬉しい。
そのお礼にと、真琴の買ってきたケーキを2つに切って、真琴の方にサンタとトナカイの人形を置いてやると、照れたように笑っ
て礼を言う真琴が愛しい。
こんなふうなささやかなクリスマスを迎えることが出来た幸せをしみじみと噛み締め、海藤は目を細めて真琴を見つめていた。
もちろん、その夜、真琴は海藤に美味しく料理され、海藤はその甘く淫らな恋人を美味しくいただいたのは言うまでもない。
end
さすが、我がサイトの看板カップル。一番クリスマスらしいクリスマスを迎えたと思います。
海藤さんの手料理・・・・・私もいただきたい・・・・・。