千の時を越えた宴
クリスマスだなあと千里は思う。
しかし、こんな過去にそんなイベントがあるはずもなく、華やかな衣装をイルミネーション代わりに眺めていることしか出
来ない。
「つまんないな・・・・・」
はあ〜と、大きな溜め息をついた千里に、午前中の政務を終えた昂耀帝が話し掛けた。
「ちさと、何を溜め息などついている」
「あ、お疲れ様、彰正(あきまさ)」
千里はやっと、昂耀帝をそう呼ぶことに慣れてきた。
その名が自分の中で一番しっくりくるので、絶対にその名で呼んで欲しいと、まるで子供のように駄々をこねられた。
天下の帝を呼び捨てにすることには最初違和感があったが、今では自然に口から出る。
そんな千里を、昂耀帝は目を細めて見つめた。
「何か良からぬことでもあったのか?」
「え?」
「まさか、また我のもとから逃げようと・・・・・」
「違うよ。ただ、やっぱりここは、俺の住んでいた世界とは違うなあと思って」
古都千里(こみや ちさと)が、高校に入学してから初めて迎えた夏休みに、遊びに行った祖父の家。
蔵の中にあった長持ちの中に落ちて・・・・・まさに落ちて、この遥かな過去に来てしまった。
日本の平安時代に酷似しているものの、どこか違和感もある世界。
この不思議な世界に千里がやってきて、そろそろ4ヶ月近く。
様々な出来事があったが、何とかこの世界の帝である昂耀帝と結ばれて、少しは気持ち的にも安定してきたもの
の、やはり元の世界が恋しいと思う気持ちは消すことは出来なかった。
「・・・・・くりすます?」
昂耀帝にその話をしても、少し人と立場の違う男はそっけない。
「天に願うことなど私にはない」
「え〜?1つも?」
「望むものは全て手に入ったからな。願うものは何もない」
「・・・・・」
(こ〜いうとこが俺様なんだよなあ)
想いが通い合う前も後も、昂耀帝のこの態度は変わらない。
人の上に立ったことなどない千里には分からないが、これは彼にとって事実でしかないのだ。
「そなたは?」
「・・・・・え?」
考え込んでいた千里は、昂耀帝の言葉を聞いていなかったので、慌てて聞き直した。
「そなたの願いは何なのだ?私で出来ることであればなんでも叶えてやろう」
「・・・・・彰正がサンタ?」
(・・・・・似合わない)
とても洋装の昂耀帝を想像出来ない。
「・・・・・取り合えず、俺も今は欲しい物はないな」
「・・・・・まことに?」
「うん」
こんなにも自分を想ってくれる相手の前で、無責任に帰りたいとは言えなかった。
まだ昂耀帝と反目し合っていた頃、どうにか元の世界に帰ろうと何度も試みた。
満月の夜に一晩中庭に立ったし、水鏡は不思議な力があると聞いて、庭の池の中に入ったこともあった。
それらはことごとく昂耀帝に邪魔をされてしまったが、今となっては諦めと同時に、まあいいかと楽天的に思えるように
なってきた。
それは、千里自身の気持ちが変わったから・・・・・昂耀帝を好きになったからに違いない。
(こんな俺様を好きになっちゃうなんて・・・・・信じられない・・・・・)
「ちさと」
「ん?何?」
「元の世界が恋しいか?」
「・・・・・」
「正直に申してみよ」
千里の眉が困ったように下がったのを見て、昂耀帝は答えにならない言葉を聞いた気がした。
今は元の世界に帰る手立てが何も見つからないが、もし、もしも帰れることが分かったら・・・・・目の前の愛しい存在
は躊躇いなく姿を消すかもしれない。
(そんなことは許さぬ・・・・・っ)
今千里にも言ったように、生まれた時から帝になることが決まっていた昂耀帝は、欲しがる前に全てが与えられてき
た。
美味しい食事も、美しい女も、視線を向けただけで周りが察し、据え膳として目の前に並べられた。
そんな昂耀帝に、渇望という思いはなかった。・・・・・今までは。
「ちさと」
「・・・・・分からない」
「分からない?」
「本当に帰れると分かったら・・・・・自分がどう思うか、その時にならないと分からないよ」
「・・・・・」
(少しは私に気を遣って、否と言えば良いものを)
そう思いながらも、昂耀帝の頬には笑みが浮かぶ。
何時でも自分の思い通りにならない千里の方が、より好ましく思えるからだ。
「よし、今からそなたの言うくりすますとやらをしようではないか!」
「は?」
「松風!急いで馳走を用意せよ!それと・・・・・おお、欲しいものであったな。そなたが思い浮かばぬというのであれ
ば、我が勝手に決めさせてもらおう。そなたの白い肌に似合う衣を十着・・・・・いや、百着贈ろう」
「ば、馬鹿なこと言わないでよ!そんなに貰ったって困るよ!」
「ならば早く考えることだな」
「もうっ」
自分ならばやりかねないと思ったのか、千里は焦ったように真剣に考え始める。
その姿に、扇で口元を隠しながら昂耀帝はほくそ笑んだ。
(本当に、愛い奴)
とにかく、千里が帰りたいなどと思う暇がないほどに、何時も何時も慌てさせようと思う。
それぐらいは老獪な自分には容易いことだと思いながら、昂耀帝は真剣に考え込む千里を楽しそうに見つめていた。
終幕
これは本編から数ヵ月後の話になります。
とにかく、2人はくっつける予定ですので、今回のは未来予想図として楽しんでください。