刹那の交感




                                                    
綾辻&倉橋






 倉橋はチラッと顔を上げて、先程からずっとこちらを見ている男に出来るだけ冷たく言い放った。
 「何時までもそこにいても、今日付き合うことは出来ませんよ」
 「どうして?」
 「どうしてって・・・・・今日はクリスマスイブですよ。特別な日なんじゃないんですか?」



 開成会の幹部である倉橋克己は(くらはし かつみ)は、上司・・・・・というか、組の長である海藤が既に退
社しているので、そろそろ自分も帰宅しようと思っていた。
・・・・・が、どういうわけか、もう30分ほどもドアに背もたれてこちらを見ている男の存在に、『どいてください』とも
言えず、内心イライラと時間を過ごしている。
 「約束はないんですか?」
 「・・・・・酷いなあ、克己。今日俺が、お前以外の人間と過ごそうと思ってるなんて・・・・・本気で思ってるの
か?」
 「・・・・・」
(どうして今日に限って・・・・・男なんだ?)



 倉橋が何時もの女言葉ではない自分に対して途惑っていることが分かり、綾辻勇蔵(あやつじ ゆうぞう)は
内心ほくそ笑んでいた。
何時も氷のように感情を動かさない倉橋も、こうして綾辻が対する態度を変えるとどうしていいのか迷うらしく、
こんな風に無防備な表情を見せてくれる。
 「・・・・・どうしたいんですか?」
 「ん?ただ、克己と一緒にいたいだけ」
 「・・・・・私なんかと・・・・・」
 「克己、なんかっていうのは止めろ。お前を選んでいる俺が可哀想だろ」
 「・・・・・すみません」
 綺麗で、可愛くて・・・・・幼い。
人に慣れない美しい獣に早く触れたくて、綾辻は少々強引な態度をとった。



 「2つ、言うことを聞いてくれたら大人しく帰す」
 「2つ、ですか」
 1つだと言わないところが綾辻らしくて、倉橋は僅かに笑みを浮かべたが、よく考えてみると、いや、よく考えな
いまでも、その条件は限りなく倉橋にとって不利だろう。
まさか事務所で無茶なことはしないと思うが、もしもということがある。
 もしも『抱かせて』と言われたら・・・・・たとえがそれが脅迫めいた懇願だとしても、倉橋は完全に拒否出来る
かどうか自信がなかった。
既に一度、ほとんどセックスという行為をしたことがあるのだ。
挿入はなかったものの、あの時点で倉橋は綾辻にとって女になってしまった。
今までの自分が全て塗り替えられるような衝撃を二度も受けてしまえば、もう元の自分に戻れないような気が
して怖くて仕方がない。
 「せっかくのイブだし。克己からプレゼントを貰いたくて。俺からも克己の欲しい物はなんでもやるよ」
 「・・・・・」
 「克己」
 他の誰もが呼ぶのとは違うトーンで自分の名を呼ぶ綾辻。
ずっと拒否し続けるのも限界があるかもしれない。
 「言ってください、2つ」
 仕方が無いというそぶりで、倉橋はワザと綾辻の罠に掛かってやる。
何を言われても、拒否するつもりはなかった。



 「言ってください、2つ」
 「・・・・・」
 思いつめたような表情でそう言う倉橋を見て、可哀想だなと思う。
(俺みたいな男に掴まって・・・・・)
優しくしたいけれど、泣かせたい。
愛しているのに、憎らしい。
こんなに愛情を注いだ人間は初めてなので、なかなか報われない想いに気持ちが暴走してしまうのは止められ
なかった。
 「・・・・・1つは、これを一緒に飲んで欲しい」
 後ろ手に持っていたワインのボトルとグラスを2つ、取り出しながら言う。
既に栓はここに来る前に抜いてきた。もう30分以上も前になるが、多少味や風味が落ちたとしても、倉橋との
イブの乾杯は外せない。
 「・・・・・分かりました」
 普段あまり酒を飲まない倉橋が、見掛けによらず酒に弱いことは知っている。
本人はそれが恥だと思っているようだが、綾辻にしてみれば可愛いとしか思えない。
 「乾杯」
 グラスにワインを注ぐと、綾辻はそう言って持ち上げる。
 「・・・・・乾杯」
(付き合いいいな、克己は)
強制されたことでもきちんとこなそうとしている倉橋に、綾辻は浮かぶ微笑をグラスで隠した。



(何を考えてるんだ、この人は・・・・・)
 確かに、外で飲もうと誘われれば断わったと思うが、こんな高そうなワインを水のように飲んでいる姿を見て内
心呆れてしまう。
(私はせいぜい1杯だな・・・・・)
既に体に酔いが回り始めたのか、身体がカッと熱くなってきている。
 顔に出てしまう前に、早く2つ目を聞こうと思った。
 「次は?」
 「ん〜、克己は怒るかもしれないけど」
 「一度約束したことはたがいません」
 「じゃあ、お前からキスしてくれ」
 「・・・・・え?」
 「抱かせてくれまでとは言わないが、唇くらいイブにくれてもいいだろう?」
 「・・・・・」
(本気で言ってるのか?この人は・・・・・)
 多少おかしな言動をするとはいえ、綾辻は見掛けだけならばかなり上等な男の部類に入るだろう。
これ程の男なら、クリスマスに一緒に過ごしたいと思う相手は大勢いるだろうし、唇などという子供っぽい条件な
ど関係なく、我先にと身体を差し出す相手にも困らないはずだ。
(・・・・・馬鹿な人だな・・・・・)
 倉橋は思う。
自分ほど面倒な相手はいないのに、それにも構わず誠実な想いをずっとぶつけてくる綾辻が可哀想に思えた。
 「・・・・・キスくらい、簡単ですよ」
臆病で、素直でない自分でも、これくらいのことは出来る。
いや、しなければならないと思った。



 ゆっくりと近付いてくる倉橋の整った美貌を見つめながら、綾辻は苦笑を零しながらもその細い腰を抱き寄せ
た。
(1杯でこれか・・・・・)
酔わせてから・・・・・というつもりは、全くないわけではなかったが、あまりにも簡単にことが運ぶと苦笑しか零れて
こない。
酔わせてじゃないと、綾辻が仕掛けてやらないと動けない倉橋が哀れで・・・・・可愛い。
 「・・・・・んっ」
 重ねるだけのような倉橋のキスを、貪るように深いものに変えた。
酔ってしまって熱くなっている口腔内に遠慮なく舌を進入させ、その隅々をまるで征服するように犯していく。
まるで唇でセックスしているように・・・・・。
 「んっ、んぐっ、んんっ」
 息苦しいのか、倉橋は必死で綾辻の肩を押して身体を引き離そうとするが、綾辻の頑強な身体はビクとも
せず、多分傍から見ている者がいれば必ず赤面するような濃厚なキスは、そのまま十分近く続いた。



 「あっ、はあ、はぁ・・・・・」
 やっとキスから解放された倉橋は、よたよたと後ずさって自分のデスクに寄りかかってしまった。
(・・・・・あつ・・・・・い)
不覚にも・・・・・倉橋のペニスは分かるほどに勃ち上がってしまっていた。
まさか綾辻の目の前でそこに触れることなど出来ず、倉橋は恨めしそうな目で綾辻を睨む。
 「・・・・・!」
 その視界の中に、綾辻も勃起しているのが見えた。
 「お互い、まだ若いな」
綾辻はお互いの唾液で濡れた唇を指先で拭い、苦笑しながら言った。
 「克己からのプレゼントは貰った。お前は?俺に何をして欲しい?」
 「・・・・・いきなり・・・・・言われても・・・・・」
 「もうこんなことはしないで欲しいと・・・・・言わないのか?」
 「それは・・・・・」
 二度と触れないようにと言えば、綾辻は必ずその言葉を守ってくれるだろう。
ただ・・・・・自分は本当にそれでいいのだろうか?二度とあの強く逞しい、そして・・・・・温かな腕を感じなくても
いいのだろうか。
 「克己」
 こんなに直ぐに答えを出せと言う綾辻は、きっと確信犯に違いない。
きっと・・・・・倉橋の言葉を予想しているのだ。
 「克己」
再度促された倉橋は、一度目を閉じた後、ゆっくりと口を開いた。
 「・・・・・事務所では、こんなことはしないで下さい。・・・・・それだけです」
酒に酔ったのか、キスに酔ったのか、倉橋の意識はそこで途切れた。



 ふらつく身体を抱きとめた綾辻は、そのまま倉橋の身体をソファに横たえ、自分の上着を掛けてやった。
 「参ったなあ・・・・・やっぱり、克己は最高だ」

 「事務所では、こんなことはしないで下さい」

それは、事務所以外ではいいということか。
もっときつい怒りを想像していた綾辻にとっては、それは甘過ぎるくらいの罰でしかない。
 「・・・・・早く、俺のものになれ」
 目を閉じたままの倉橋に、綾辻は呪文のように囁いた。
 「お前が何もかもを明け渡せるぐらいの男だぞ?俺は」
 「・・・・・」
 「克己・・・・・愛してる」


倉橋の口から応えはない。
しかし、倉橋に焦がれる綾辻にとっては、今までで最高のイブになった。




                                                           END






たまには綾辻さんへのご褒美に、色っぽい雰囲気にしてやろうと・・・・・。

普段は男前の倉橋さんも、恋愛に関しては乙女です。