Sexy Voice
日高&郁
「僕、好き・・・・・なんだ、大輔のこと」
「マキ!」
「・・・・・僕のこと・・・・・抱ける?女の子じゃない僕の身体、嫌、じゃ、ない?」
「そんなわけないだろ!俺だってずっと・・・・・マキを抱きたいって思ってた」
「大輔!」
「−−−はい、カット!」
「お疲れ。今日もゾクゾクしたよ」
「あ、ありがとうございます」
郁は引き攣った笑みを浮かべながら、なぜか肩を抱き寄せる日高からじわじわ離れようと体を捩った。
「逃げるなよ」
そんな郁の耳元で、他の共演者やスタッフには聞こえないような声で囁く日高の声は、今まで仕事で出していた声より
も遥かにセクシーで、背筋に電流が走ったかのように郁は体を震わせてしまった。
「何だ、俺の声に感じた?」
坂井郁(さかい かおる)がボーイズラブという新しい分野の声優を始めて数ヶ月が経った。
当初は1度だけだと思っていたのだが、今最も人気のある声優の1人である日高征司(ひだか せいじ)と組んだCDが
かなりの好評を受けて、その第2弾を取り・・・・・その後も途切れることなく続けて仕事が入った。
全てボーイズラブだが・・・・・。
製作者に言わせると、郁の声はまだ少年の響きを持ちながらも色っぽく、絡みのシーンの喘ぎ声などは絶品の部類
に入るらしい。
声を褒められるのは嬉しいことだが、それが特殊なジャンルという所が素直に喜べなかった。
それでも、仕事があるということは幸せで、今日のようなクリスマスイブでも仕事があるのは全然嬉しい。
ただし・・・・・。
「郁が褒められるのは嬉しいんだが、俺以外の男に喘がされているのは面白くないよな」
「ご、誤解されるような言い回しはやめて下さいっ」
郁が出演するボーイズラブの相手役は、8割がた日高だった。
声や雰囲気が合うということらしいが、それもまた素直には喜べない事情がある。
「郁、この後暇だろ」
「決め付けないでくださいよ」
「約束があるのか?」
日高の声のトーンが少し低くなってしまったので、郁は慌てて首を横に振った。
「な、ないです」
「そうか。それなら問題はないよな」
直ぐに楽しそうに言う日高に、郁は嫌だと首を振ることは出来なかった。
日高に強引に迫られてから、郁の少し寂しいが穏やかだった日常が激変した。
仕事が増えてきたというのを除いても、暇さえあれば郁に誘いを掛けてくる日高をかわすのに忙しいからだ。
先輩で、仕事で指名してくれた恩人でもある日高を無下には出来ず、3回に1回は会うようになってしまうが、そのたび
にあの甘い声で愛を囁かれてはたまらなかった。
仕事柄くさいセリフには慣れていたつもりだったが、完全なプライベートの時に囁かれるとどうしていいのか分からない。
「行こうか」
「は、はい」
日高は話題が豊富で、エスコートも完璧で、一緒にいてとても楽しいと思う。
思うからこそ・・・・・困る。
普通で要ることが一番心地良い郁にとって、男同士の恋愛など・・・・・とても受け入れる事は出来ない。
出来ないはずなのに・・・・・あの声で囁かれてしまうと、心が動きそうになってしまうのだ。
「郁?どうした?」
「え、いえ、何でもありません」
(イブの夜に男同士で歩いてるなんて・・・・・変、だよね)
日高の車を止めてあるらしいスタジオの近くの駐車場に向かいながら、郁は心なしかすれ違う人々の視線を感じてし
まう。
郁はそれが男同士で歩いている自分達がおかしいからだと思っていたが、傍目から見ればカッコいい男と綺麗な男が
並び立っている姿はいい目の保養だった。
「ひ、日高さん、今日は他に約束なかったんですか?日高さんだったら、綺麗な恋人が・・・・・」
「今隣にいる奴以上に綺麗な女なんて知らないな」
「・・・・・」
素面でこんな恥ずかしいことを言うから困ってしまう。
「ど、どこに行くんですか?今日はイブだし、どの店もきっといっぱいですよ?」
だからせめてラーメンぐらいにして帰りましょう・・・・・郁としてはそう話を続けるつもりだったのに、日高は口元に笑みを浮
かべながら事も無げに言った。
「俺のうち」
「・・・・・へ?」
思い掛けないことを聞いて、郁は呆気に取られたように目を丸くしてしまった。
「買い物は済ませてある。後は花でも買って行こうか」
「え?あ、ま、待ってください!」
(そんなの聞いてない!)
あんなことをした相手のテリトリー内に、ノコノコついて行けるはずがない。
はっきり断わろうとした郁を、不意に日高は抱きしめた。
「ちょっ?」
「忘れたのか?今度はちゃんと身体も貰うって」
「!」
・・・・・忘れていた。いや、忘れようとしていた。
(確かに・・・・・言ってた・・・・・)
イかされて、放心して、もう何がなんだか分からないほど頭の中が混乱していた時、自信たっぷりに日高が言った言葉。
まさかあれが本気だったというのか?
「ひ・・・・・」
「イブにセックスするなんてベタだけど、いい切っ掛けにはなるだろう?」
「セ、セック・・・・・」
(こ、こんな街中で言う言葉じゃないよっ)
パニックになった郁は、そのまま日高の胸を押し返して逃げ出そうとしたが、2人の体格はだいぶ違うし、人の目を気に
してあまり大きく動けない郁と、周りは完全に無視している日高と。
どちらが有利なのかは考えるまでもない。
「うわ、まっ、待ってっ」
強引に引きづられるように車の場所まで連れてこられた郁は、まだ抵抗するように足を踏ん張る。
それに気付いた日高は苦笑し、郁の身体を車のドアに押し付けると、両手を着いて逃げられないようにしてしまった。
ますます人目についてしまうようなことをされ、郁は半分泣きそうになって日高を見上げる。
「お、お願いします、手、どけてください」
「・・・・・」
「日高さんっ」
「もう1回、言って」
「え?」
「お願いって」
「・・・・・お願い?」
どういう意味なのか分からないまま繰り返すと、日高は約束通り手をどけてくれた。
「日高さん?」
「いいな、郁のお願いって言葉。下半身にゾクゾクくる」
「!」
何を恥ずかしいことを言っているのか・・・・・郁は口をパクパクさせるが、余りに呆れて声も出ない。
そんな郁の隙をついて強引に車に乗せた日高は、逃げられる前にとロックをし、そのまま車を走らせ始めた。
「日高さん!」
「オプションはその時に考えてもらうとして。取り合えず飯は食おう。郁の可愛い顔を見ながら食べたい」
・・・・・なぜか、違う意味が含まれているような気がしたが、へたに言葉に出して言うとかえって墓穴を掘りそうな気がする。
(と、とにかく、ご飯食べたらすぐ帰ろう)
「食事だけですよ?食べたら直ぐ帰りますから」
「OK」
(甘いなあ、郁は)
お人よしというか、世間知らずというか、きっぱりと断ればいいのにそれをしなかった郁に日高は内心苦笑する。
部屋に連れ込めば、後はどう料理するかは日高の力量次第だ。
甘い夜になるか、苦い夜になるか、日高はこの先の展開に思いをはせながら、自分の部屋という罠に郁を運ぶ為に、アク
セルを強く踏み込んだ。
end
こちらの2人もまだ未遂です。
でも、なんだか日高はそんな微妙な距離を楽しんでいそう。彼がその気になったらあっという間のような・・・・・。
甘い声・・・・・モエです。