拍手ありがとうございます。短いお話ですが、どうぞ楽しんで下さい。
「紘一さんっ、俺が紘一さんの一か月の売り上げを越えたら、俺のお願い一つ聞いてもらえませんかっ?」
突然肩を掴まれてそう宣言をされた牧野紘一(まきのこういち)は、戸惑ったように目の前にいる自分よりも背の高い男を見上
げた。
「どうしたんだ、いきなり」
「俺っ、来月20歳になるんだ!だからっ、そのっ、バースディプレゼントみたいなもんでっ」
「それなら、ちゃんとプレゼントをやるぞ?」
わざわざ売り上げがどうのこうのと言わなくてもいいのにと言えば、男はそれじゃ駄目なんだと子供のように首を横に振る。
そういう仕草こそ子供っぽいんだと言いたいが、今の男・・・・・相馬達矢(そうまたつや)に言っても仕方が無いだろう。
(誕生日プレゼントか)
知り合って約一年。
その間様々なことがあったものの、今の相馬が一生懸命仕事をしていることは紘一もこの目で見、仲間から話も聞いているので
誕生日プレゼントを渡すことに異存はなかった。
ただ、直接そう言えない所に、相馬のプライドが見えた。
仮にもこの界隈のホストの店で指折りの名店『ROMANCE』でNo.1をはっているだけのことはある。
「分かった、じゃあその条件をクリアしたらな」
「本当にいいのっ?」
「でも、俺を簡単に抜かすことは出来ないぞ」
「頑張るから!」
「ああ」
拳を握り締めて言う相馬を笑いながら見つめた紘一は、目線が上の相馬の頭を子供のように撫でてやった。
子供扱いをするなとよく言うくせに、こういった紘一の仕草を素直に受け入れる相馬はガタイの良い犬のようだ。
(いったい、どんな願いごとがあるんだろうな)
自分が出来ることならいいけどと呑気に考えていた紘一は、相馬が自分に対してどんな感情を抱いているのかすっかり忘れて
しまっていた。
紘一は今年26歳になった『DREAMLAND』というホストクラブのNo.1だ。
大学を卒業する寸前に両親を事故で亡くし、まだ幼かった弟達を育てるためにこの業界へと飛び込んだ。
綺麗と言われる容姿とは裏腹に地味で生真面目な自分には合わないかもと思った派手な世界は、実際にはとても重労働だ
し、頭も使う大変な職業で、紘一は何時しかホストという自身の職業を誇りに思うようになった。
今では弟達も立派に育ち、生きていくためのお金は当分困らないほどには貯めたが、紘一はいまだに夜の世界にとどまったま
まだ。
そんな紘一は一年ほど前、相馬という生意気な青年と出会った。
大学に行きながら遊びの金欲しさにホストになっただろうに、相馬はたちまち『ROMANCE』のNo.1になったが、紘一は相馬
の仕事に対する不真面目な態度を苦々しい思いで見ていた。
そんな相馬にあろうことかレイプされ、その上好きだと告白もされた。
真摯なその言葉を笑って聞き流すことは出来ず、実際に一度抱かれた身体は相馬に対して女になりうることも分かった。
ただし、自身よりも6歳も年下の男を恋愛対象として見るのは難しく、紘一は一応お試し期間のような形で彼が傍にいること
を許したが、弟達が独り立ちするまではとても自身の恋愛に目が行くとは思っていなかった。
そして、月始め。
開店前に先月の売り上げが発表された。
「先月も一位はコウだ」
マネージャーからそう発表があると、周りのホスト達はさすがだなとざわめく。
紘一の人柄のせいか、どんなに1人が飛び抜けた売り上げを出しても妬まれることはないが、それは返って闘争心をなくしてしま
うことだと紘一もマネージャーも考えている。
現に、マネージャーは近くにいた「凄いですね、コウさん!」とはしゃいだように言っている若いホストの頭を小突いた。
「お前、拍手までしてどうする」
「痛いですよ、マネージャ〜」
「少しはコウを追い抜かすと宣言してみろ」
「そ、そんなっ、無理ですよ!」
「・・・・・」
今から無理だと言ってどうするよと溜め息をついたマネージャーを、紘一も苦笑しながら見た。
この仕事に誇りを持っている紘一は誰にも負けたくないと強く思っているし、かといって他のホスト達が自分のことを慕ってくれてい
るのも嬉しい。
そんな紘一の心情をよく理解してくれているマネージャーが、自分の気持ちを代弁してくれることがありがたかった。
「あ、でもな、ニュースがあるんだ」
騒ぐホスト達の声が、そんなマネージャーの声に静まる。
「先月、系列店の中で唯一コウの売り上げを抜いた奴がいる」
「あっ」
「嘘!」
ここのところずっと首位を独占している紘一の上をいくホストがいたという事実に周りはざわめくが、紘一だけはまさかという思いを
抱いた。
「マネージャー、それって」
「『ROMANCE』のソーマだ」
「・・・・・」
「あいつが?」
「へえ、頑張ったな」
他のホスト達が口々に囁きあう中、紘一は一ヶ月ほど前の相馬の言葉を思い出していた。
「紘一さんっ、俺が紘一さんの一か月の売り上げを越えたら、俺のお願い一つ聞いてもらえませんかっ?」
(あれが現実になったってことなのか?)
今の不景気な時期、大台を越す売り上げをクリアするホストはそれ程多くない。紘一はそんな数少ないホストの1人だったが、
相馬もその条件を満たしたというのか。
系列店の中でも、『ROMANCE』の客層は少し若い。単価もそれに合わせて低く設定していて、回転率がポイントだ。
(そういえば、相馬も分単位で席を替わるって言っていたな)
そんな彼が紘一の売り上げを越すのはかなり難しいだろう。そうまでして紘一に叶えてもらいたいこととは何だろうと想像すると少
し嫌な予感がしたが、一度約束したものを今さら無しにすることは出来なかった。
それに、それだけ相馬が頑張ったのだ、1つくらい何でも言うことをきいてやろうと思うのも本当だった。
「マネージャー」
紘一はマネージャーの側に行くと、その耳元で小声で訊ねてみた。
「俺との差はどのくらいだった?」
すると、マネージャーは精悍な顔に悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「なんだ、賭けでもしていたのか?」
「・・・・・」
「まあ、あいつが張り切るのはお前関係かとは思ったが・・・・・2万5千円差だよ」
「・・・・・2万、5千」
「ボトル1本分でもないな」
確かに、日頃紘一が売り上げている金額からすればボトル1本分もない。しかし、それでも負けは負けだと認めなくてはいけな
いだろう。
「・・・・・」
紘一は空を見上げて溜め息をつく。
一体、相馬がどんな願いごとをしてくるのか、考えるだけでも頭が痛い思いがした。
それから一週間後の水曜日、紘一は相馬と手を繋いでディズニーランドの入口に立っていた。
「紘一さん、何から乗る?」
夜の街で見るような、若々しい色気と程よい粗野さを併せ持つホストの顔はいっさい見せず、歳相応の、いや、むしろ子供のよ
うな満面の笑顔で、相馬は紘一を振り返っている。
「ソーマ」
「何?」
「・・・・・」
キラキラしたその笑みになんと答えていいのか分からず、紘一は言いかけた言葉を止めた。
「ぜーったいに何もしないから!お願いっ、1人できてよ!」
そう懇願され、なぜか目が笑っていない弟達を言い含めて待ち合わせの駅まで行き、相馬の車に乗った。
誕生日より少し早いが、相馬に似合いそうなカフスボタンをプレゼントとして用意していたが、それを渡す間もなく連れてこられた
のは夢の国。
しかし、とても男同士で来ることは考えもしない場所だった。
「紘一さん?」
「あー・・・・・いや、なんだか、デートみたいだな」
「・・・・・っ」
少しおかしくなって笑ってしまうと、なぜか相馬が目を泳がせる。
「ま、男同士でここに来ても、そうは思われないかもしれないが」
さすがにこうして男同士、手を繋いで立っているのもどうかと思うが、ここに遊びに来ることを誕生日プレゼントだと思う相馬の気持
ちを考えると、周りを気にしてばかりもいられない。
一緒にいるのは弟のような相馬だ、せっかくの休みなので出来るだけ楽しもうと紘一は意識を切り替える。
「ほら、お前はどれに乗りたいんだ?」
「え、えっと」
なぜか、しどろもどろになった相馬を気にせず、紘一は自分から相馬の手を引っ張った。
「なんだか、デートみたいだな」
(そこまで言うのに、どうして本気になってくれないんだよっ)
相馬は内心地団太を踏んだが、それでも言葉に出して紘一を責めることなど出来なかった。今の自分は彼の弟達と同列、
いや、それよりもずっと下の存在だろう。
肉体的にも酷く傷付けてしまったのに、こうして側にいることを許してくれるだけで奇跡みたいなものだ。
だが、相馬は何時までも弟分としての地位にいたくなかった。彼よりも年下だが、紘一には男として認めて欲しい。
そのための第一のハードルとして、売り上げで紘一を抜くということを決めた。
これまでになく一生懸命働き、ようやく一週間前に売り上げの発表があって紘一を抜かしたということを聞いた時(たった2万5千
円だが)、相馬は飛び上がって喜んだ。
その前に、紘一の言質もとっていたので何をしてもらおうかと悩んだが、今の相馬にとって一番嬉しいのは紘一と2人だけでいる
ことで、仕事のことも、紘一の弟達のこともいっさい忘れ、自分だけを見てくれる紘一というのを欲していた。
せっかくの誕生日(よりも、2日前だが)プレゼントだ、一番の望みを叶えたい。
だから、こうして昼間のディズニーランドデートに紘一を誘ったのだが・・・・・。
(可愛い過ぎるって!)
見慣れたスーツ姿とは違い、ごく普通のシャツにブルゾン、そしてジーンズ姿の紘一というのは、彼の家に押しかけて見ることは
あったものの、やはりプライベート仕様はとてもいい。
髪もセットしていないので前髪が下りていて、こうして見るととても自分より年上には見えなかった。
「どうした?」
「・・・・・へ?」
「呆けた顔をしているぞ」
笑いながら指摘されたが、今の自分がどれ程笑み崩れた顔をしているのか全く分からない。
とにかく、紘一と一緒にいることが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
「ソーマ」
「な、何?」
「よく頑張ったな」
少し前を、自分の手を引っ張るようにして歩く紘一がどんな顔をしているのか見えなくて、相馬は慌てて隣に並んだ。
そんな相馬を、紘一はチラッと見上げて笑いかけてくれる。
「大学もちゃんと行っているそうだし」
「当たり前だろっ、紘一さんと約束したんだし!」
「うん。でも、本当にそうやって頑張ってくれている結果がちゃんと出て、なんだか俺も凄く嬉しかった」
悔しくもあったけどと付け足す紘一の殺人的な可愛らしさをどう表現すればいいのだろう。今にも抱きしめたくてたまらないが、こ
こで動物になったらそれこそ紘一に嫌われてしまう。
「俺、頑張ってる?」
「ああ」
「・・・・・紘一さんに褒めてもらうのが一番嬉しい」
泣きそうと口の中で呟くと、手を繋いでいない方の手でコツンと頭を叩かれた。
「視野を狭くするな、ソーマ」
「紘一さん・・・・・」
「お前が頑張っている姿は、ちゃんと周りも認めているんだ。けして俺だけじゃない」
「・・・・・っ」
(だからっ、そう言ってくれると泣きそうになるんだって・・・・・っ)
紘一以外の評価なんてどうでもいいと思っているのに、彼はそれでは勿体無いと言ってくれる。お前の価値はもっと上なんだと、
周りをちゃんと見ろと助言してくれる。
その通りにしたから、今回の売り上げなのだ、やっぱり考えれば全部紘一のおかげなのだと、相馬は繋いだ手にさらに力を込め
た。
「早く、何か乗ろうよっ」
「そうだな、せっかく来たんだし」
そう言ってパンフレットを見る紘一の横顔を、相馬はうっとりと見つめる。やはり今日は誰が何と言っても、紘一との初デートなん
だとしか思えなかった。
平日だったので、思ったよりも並ばなくて済んだが、やはりこんなファンシーな場所で男2人だというのは目立っているようだ。
オマケに、相馬はごく普通の格好をしていても高身長と華やかな容貌でかなり目立つ。乗り物に乗る列に並んでいる間中、ひ
きりなしに声を掛けられていた。
「ごめんね、後から連れが来るんだ」
「えーっ、彼女?」
「まあ、そんなとこ」
一番無難な断り文句を言った相馬が、女の子達が立ち去った後仏頂面になっているのがおかしい。
紘一は笑いながら機嫌を直せと言った。
「いいじゃないか、モテルんだから」
本来はカップルや家族連れの多い場所だ。男2人でいるよりも女の子がいた方がいいのではないかと思ったが、そんな紘一の
頭の中を見透かしたように相馬が憮然とした表情で言った。
「駄目だよ、今日は紘一さんと2人がいいんだから」
「はいはい」
「全く、俺だけじゃなくって紘一さんまでナンパしやがって・・・・・っ」
悔しそうに言うが、まったく声を掛けてもらえないよりはいいのではないか。
(だいたい、ソーマの方がモテてるのに)
ずっと一緒にいて、そのたびに相馬を宥めていたせいか、なんだか本当に親になったような気分だ。
「お前ね、せっかくなんだから怒るのを止めたらどうだ?」
「だって・・・・・っ」
「・・・・・」
「だって・・・・・」
次第に尻つぼみになってしまうのが、本当に不貞腐れた子供のようだ。
No.1といわれるホストなのに、自分の前だけではとても可愛くて、少々情けない。でも、そこが突き放すことが出来なくて、多少
のスキンシップぐらい許してやってもいいような気がするのだ。
(・・・・・少しは騙されてくれたか?)
必要以上に嫉妬し、我が儘を言う。本当は男らしい面を前面に見せたいところだが、長男気質の紘一の目を引きつけるのに
は少々情けない所を見せた方が効果的だ。
だから、こんなふうにカップル仕様の乗り物、ホーンテッドマンションに誘っても、紘一は全く警戒した様子は見せなかった。
(暗闇の中で、キスくらい・・・・・)
ジャンクフードを食べるような気軽さでセックスをしてきた自分が、キス一つでもこんなに苦労しているなんて、過去の女達には絶
対に見せられない姿だ。
「俺、これに乗ったのは初めてだな」
「そ、そう」
「弟達はアクション系が好きだし」
「あー・・・・・そうなんだ」
可愛がっている弟達とは、やはり訪れたことがあるようだが、これに乗るのが初めてならばよしとしよう。
「・・・・・」
「・・・・・」
(何時がいいだろ・・・・・)
キスをするタイミングを計る。やはり、ここを出る直前に、さりげなく、さりげなく・・・・・。
相馬の頭の中は既に紘一とするキスのことでいっぱいになって、アトラクションを楽しむという余裕は全く無くなってしまっていた。
(くそっ、焦るなっ)
肩に伸びそうになる手を辛うじて押さえ、早くキスが出来る場所まで動けと願っていると、
「ソーマ」
不意に、紘一が服を引っ張ってきた。
「え?な・・・・・」
に、と、答えようとした相馬の唇に、いや、ギリギリ頬に、柔らかい何かが触れた。
「・・・・・え?」
「頑張ったご褒美だ。・・・・・俺で悪いけど」
「そ、そんなことない!嬉しい!!」
「・・・・・バ〜カ」
暗闇を望んでいたのに、今はその暗闇が何だか悔しい。今紘一がどんな表情をしているのかすごく見たい。
だが、今聞こえた照れくさそうな声から連想して赤くなった紘一を見たら、今まで押し殺していた欲情が一気に爆発しそうだ。
「紘一さん!」
我慢できるかと、その肩を抱きしめようとした時だった。
「あ、終わった」
「え・・・・・っ?」
虚しくも、アトラクションの終わりがそこに見えた。
「・・・・・嘘だろ」
せっかく、自分から紘一にキスをしようと思ったのに、向こうにリードされるままで終わってしまった。いや、今のキスはキスではな
いと思う。
「ほら、下りるぞ」
全く何時もと変わらない口調になった紘一の声を聞いて、結局我が儘な年下だというだけになってしまったと思いながら、相馬は
深い溜め息をつく。
自分の情けなさに落ち込んでしまっていた相馬は、先に下りた紘一の耳が赤く染まっていることに気づかなかった。
(どうして、ソーマにキスなんかしたんだろ?・・・・・流されるなよ、俺)
end
ホスト同士「RESET」。
どうやら紘一さんが押し切られるのも近そうです。
お気軽に一言どうぞ。お礼はインフォに載せます。
回答がいる方は、その旨書いておいて下さい。 もちろん他の部屋の話でもOKですよ。