芝田&歩編





 「全く、お前は・・・・・同じ柴田でも全く違うな」
 今までに何度言われたかも分からないその言葉に、柴田歩(しばた あゆむ)は面白くなさそうにそっぽを向いた。
(俺は俺で、別にあいつに負けているわけじゃない)
高校2年生の歩は、モデルをしていることもありパッと華やかな印象を持つ少年だ。
肩に掛かる髪は綺麗な栗色で、耳にもピアスが付けられている。モデルとしてはまだ少し身長が足りないながら、身体の
バランスがいいのですらりとした背の高い印象があった。



 成績はごく普通ながら、目立つ歩はよく教師に呼び出されて説教をされる。
それは明らかな歩の失態の時(遅刻したり、服装違反だったり)はもちろん、なぜか歩的には全く非があるとは思えない時
もあった。
 今回がそのいい例だ。
放課後、掃除当番を終えて帰宅しようとした時、掃除がずさんだと歩1人だけが呼び止められてしまった。
不思議に思って付いて行けば、明らかに今捨てたような紙の塊がゴミ箱の外に落ちていた。掃除した時にこれに気付かな
いわけがないし、万が一そうだとしても、拾ってゴミ箱に捨ててくれればそれで済む話だ。
どうしてこんな理不尽なことで30分も説教を受けなければならないのか・・・・・次第に歩の眉は不機嫌に顰められていっ
た。
 「何だ、その目」
 「・・・・・」
 「モデルしてるからって、いい気になってんのか?」
 「・・・・・」
(何だ、こいつ・・・・・)
 体育教師のこの男はまだ25歳ということで見かけも学生とそう大差ない。
しかし、さすがに身体付きは立派で、腕の太さなど歩の二倍近くあるかもしれない。
(・・・・・やな奴)
陰でこの男に殴られたという生徒は多く、歩もその噂は聞いていたので、どんなに腹が立ってもとにかく黙っていた。
相手が気が済むまで説教をさせ、歩がそれに反応しなければ飽きて解放してくれるだろう。
そう思っていたのだが・・・・・。



 「お前、綺麗な顔してるよな」
 「・・・・・っ」
(な、なんだあ?)
 ネチネチと同じようなことを言っていた教師が、なぜか歩の背後に回るとその肩に手を乗せて来た。
その手が、ゆっくりと頬を撫でてくる。
 「・・・・・!」
(な、何なんだよ〜っ?)
身体が硬直して動かなかった。
モデルなので、顔や身体に触れられるのは慣れていたし、人前だって堂々と下着姿になって着替えることもある。
ただ、こんな風に明らかな性的意図を持って自分の身体に触れてくる人間などはいなかった。
 「や、やめ・・・・・っ」
 「お前最近色っぽくなったよな〜?女でも出来たか?いや、お前みたいな顔だったら男もありかな?」
 「せ・・・・・せ・・・・・」
 「知ってるか?柴田、男同士もセックス出来るんだぜ?妊娠の心配はないし、気持ちよさだって女とする以上かもしれ
ない・・・・・なあ、教えてやろうか?」
 「・・・・・!!」
あまりに突然で、あまりの恐怖で、歩は身体が固まったまま叫ぶことも出来なかった。







 「何、なさってるんですか」



 「!」
 「!!」
 いきなり、教室のドアが開いた。
にこやかに笑みを浮かべながら立っていたのは、学校の期待の星、生徒会長の芝田隼人(しばた はやと)だった。
ただのガリ勉には見えない180を超す長身にしなやかな体躯の持ち主は、眼鏡の奥の視線をちらっと歩に向け、そして
再び教師を見つめた。
 「こんなとこで何をされていたんですか、香川先生。まさかとは思いますが、セクハラなんてなさってませんよねえ、しかも
男子生徒相手に」
 「あ、当たり前だ!」
 突然の芝田の登場に驚愕していた香川も、慌てて歩の傍から飛び退いた。
 「こ、こいつが掃除を真面目にしなかったから注意していただけだ!」
 「そうですか、いけませんね、柴田君。でも、先生、下校時間はとっくに過ぎてますし、この辺で許してあげてもらえませ
んか?」
 「そ、そうだな、柴田っ、帰っていいぞ!」
そう叫ぶように言うと、香川は自分の方が先になって教室を出て行った。
 「・・・・・雑魚が」
 口の中で呟いた芝田は、イスに座ったまままだ呆然としている歩を見つめた。
 「最近、歩、色っぽくなったからね。狙う人間には気をつけていたつもりだったけど、教師のあいつが真っ先に手を出そうと
するなんて・・・・・少し考えが甘かったな」
 「し、芝田・・・・・?」
 「安心して、歩。ゴミは綺麗に処分するから」
そう言って、芝田は優しく歩の髪を撫でた。





 「ゴミは綺麗に処分するから」


 それがいったいどういう意味なのか、今の歩には全く想像がつかない。
それでも、まるで正義の味方のように現われた芝田を見て安堵した自分がいる。
 「・・・・・あ、ありがと」
かすれた声でようやくそれだけを言った歩に、芝田は天使のような綺麗な微笑を浮かべてみせた。





                                                                  end