シエン&蒼編
「ソウ様でしたら、リュシオン様と中庭の方へお散歩に行かれましたが」
侍女の言葉にシエンは中庭に向かった。
バリハン王国第一王子のシエンは、そろそろ譲位したいと言い出した父王からの様々な引継ぎをしている為、ここのとこ
ろかなり忙しく日々を過ごしていた。
その為、最愛の妃である蒼と過ごす時間がなかなか取れなかったのだが、午後になってポッカリと時間が空いたので久し
振りに蒼と過ごそうと部屋までやってきた。
しかし、そこには蒼の姿はなく、通り掛った侍女に聞くとリュシオンと共に出かけたという。
数ヶ月前、不幸な出来事の末、シエンと蒼の養い子となったリュシオン。まだ歩けもしない幼い子供を、蒼は自分の本
当の子供のように可愛がっている。
シエンもそれは納得していたのだが、やはり蒼の愛情の幾らかを子供にとられてしまうのは内心面白くは無かった。
「ソウ・・・・・?」
中庭に出て奥に歩いていくと、蒼が飼っているとんすけという名のレクがいる小屋が見えてきた。
普通は食用にされるレクだが、その容姿を気に入ったらしい蒼がそのまま連れて帰り、今ではかなり大きくなってしまったが
王宮の癒しの対象になっていた。
「・・・・・」
その小屋の側、大きな木の根元にシエンの愛しい妃、蒼が眠っていた。
「ソウ」
シエンが側にやってきて直ぐ隣に腰を下ろしても全く気付かないほどに蒼の眠りは深いようだ。
側に置いてある大きな籠の中ではリュシオンも眠っていて、どうやら今は昼寝の時間といったところか。
「・・・・・」
シエンはそっと蒼の頬に指を触れた。
初めて会った時から比べると、少し頬がそげて大人っぽくなったような気がする。
それは皇太子妃になるまでの様々な出来事が、蒼を嫌でも大人にしてしまった為であろうか・・・・・。
「すまない、ソウ・・・・・」
(それでも、私はそなたを離すことが出来ぬのだ・・・・・)
異国から突然この世界に現われた蒼。
それ以前にエクテシア国に現われた《強星》有希に心を奪われていたシエンだったが、明るく元気で真っ直ぐに自分を見
つめてくれる蒼に何時しか気持ちが傾いていった。
蒼も有希と同じ異国の人間で、彼がこの国に現われたのにも何か意味があるのかもしれないが、今のシエンにとっては
蒼が側にいてくれるだけで力が沸いてくる。
これほど愛しいと思える相手を正妃に出来たことに、蒼が自分を愛してくれたことに、シエンは一生分の感謝を神に捧げ
てもいいほどだった。
「ん・・・・・」
かなり深く眠っているのか、蒼はシエンが髪や頬に触れて悪戯しても、なかなか目を覚まそうとしなかった。
まだ赤ん坊のリュシオンに振り回されて寝不足気味の蒼をゆっくり寝かせてやりたいと思う反面、早くあの輝く目を開いて
自分を見つめて欲しいとも思ってしまう。
「・・・・・」
「・・・・・」
「ソウ・・・・・」
小さく開いている蒼の唇。
シエンは触れるだけの口付けをそこに落とす。
「ぁ・・・・・」
僅かな反応が返って、シエンは更に深くその唇を味わってみた。
「・・・・・っ」
不意に、舌を噛まれた。
それは、眠りから無理矢理覚醒を促された蒼が、起きた瞬間に間近にいるシエンに驚いて思わず自分の口腔内にあった
シエンの舌を噛んでしまったのだ。
「ご、ごめん!」
直ぐに蒼は焦って謝ったが、次の瞬間あっと叫んで起き上がると、そのままシエンを睨んできた。
「もうっ、せっかく寝てたのに〜」
「すみません。でも、ソウが最近リュシオンにばかり構うので、私も少し寂しいと思ってたのですよ」
「・・・・・っ」
少し卑怯かとも思ったが、そう言いながらそっと蒼の頬に手を触れると、蒼自身もその自覚があるのか少しだけ眉を下げ
て情けない顔をする。
そして、やがてオズオズと自分の頬に触れているシエンの手に自分の手を重ねた。
「・・・・・俺だって、シエンともっと、一緒にいたいよ」
「ソウ」
「でも、シエン忙しーし、なかなか一緒にいられないし、俺にはリューちゃんもいるし・・・・・」
「今はリュシオンは眠ってますよ」
「・・・・・」
「ソウ・・・・・」
誘うように名を呼ぶと、大きな目がゆっくりと閉じられる。
それが了承の証だと、再びゆっくりと顔を近づけていったシエンだったが、
「ああーん!」
「・・・・・っ」
いきなり響いた赤ん坊の泣き声に、蒼の目がパッと開いた。
「リューちゃん起きたっ?」
泣き始めたリュシオンを抱き上げてあやし始めた蒼の頭からは、先程までのシエンとの色っぽい時間は全く忘れ去られて
いるようだ。
「リューちゃん、ばあー」
明るい日差しの中で、きゃっきゃとはしゃぐリュシオンに笑いながら話し掛けている蒼。
(・・・・・リュシオンに取られてしまったな)
少しだけ先程の雰囲気を惜しむシエンだったが、やがて自分も苦笑しながら2人の輪の中に入っていった。
end