シエン&蒼編
バリハン王国第一王子、シエンの妃である五月蒼(さつき そう)は、筆と紙を前にし、ムッと口を引き結んだまま、目
の前にいるシエンの側近で自分の召使いでもあるカヤンに言った。
「先ずは、イイトコから」
「良いところ、ですか」
「そう!えっと、頭がよくて〜、顔も、よくて・・・・・優しい?」
「確かに、王子は智の王子と呼ばれるほどに明晰な頭脳をお持ちになっておられますし、バリハンの民特有の髪の色
も目の色も美しくていらして・・・・・お姿もご立派で」
カヤンの言葉に蒼は頷いた。
他の人間に言われなくても、それは蒼だって十分分かっていた。シエンは誰よりもカッコイイし、頭が良いし、優しい。
それが、自分以外にも向けられていることも・・・・・分かっていた。
「じゃあ、次!シエンのわるいとこ、言ってみて!」
蒼がそんな突拍子もないことを言い出したのは、昨日、カヤンと共に町に出掛けたところから話は始まる。
その日、シエンの許可を得てからと言うカヤンを強引に説き伏せ、珍しい食材を探しに市場に行った蒼。内緒にしていな
ければ驚かせることも出来ないからだ。
「ソウ様、そろそろ戻りましょう。今頃お姿が見えないことを心配されているかもしれません」
「ん〜」
本当は、もっと見ていたかった。
シエンと結婚する前も、後も、蒼はなかなか町に出ることが出来なくて、王宮の中だけで過ごすのがたまらなく退屈に感じ
ていたからだ。
もちろん、今の自分が普通の立場ではないことくらい、自覚・・・・・は足りないが感じていたが、それでもバリハンの国内
にいてそれ程危険を感じることは無かった。
(まだいいと思うんだけどな〜)
勝手に王宮を抜け出したことがばれてしまっても、シエンは困ったように注意をしてくるだけで怒鳴ったりはしないはずだ。
そんな彼の取る態度が分かるからこそ、蒼は帰るかと考えた。
「分かった、帰る」
自分の返事にカヤンがホッとしたように息をつき、蒼の手を引いてソリューを繋いである場所まで行こうとした時だった。
「ねえ、この間シエン様が視察にいらしたの。とても凛々しくてご立派だったわ」
「あ、私もお会いしたことがある!綺麗に微笑んでいただいて、何だかのぼせそうな気がしちゃった」
「・・・・・」
(シエンの噂?)
「ソウ様」
「ちょっとだけ」
町の人々がシエンをどう思っているのかが興味があった蒼は、話をしている若い女達から顔を逸らしたまま、耳だけを傾け
て聞く。
蒼が聞いているとは夢にも思っていない女達は、少し大きな声で話を続けていた。
「ソウ様を娶られてからますます落ち着きになられて、お優しくなったと思わない?」
「いいわよね〜、ソウ様。相手は《強星》だから適うはずはないけど、一度くらい王子のお情けを頂きたいくらい」
「何言ってるのよ〜」
「・・・・・」
「ソウ様、戻りましょう」
カヤンに強引に手を引かれながら、蒼は今の女達の話を頭の中で考え始めた。
シエンを褒めてもらったことは確かに嬉しい。自分も同じように思っているし、それが国民にもきちんと伝わっているというこ
とだろう。
(・・・・・人気あるんだ、シエン)
あれ程に完璧なのだ、きっと女達にも人気があるとは漠然と思っていたが、実際に自分の耳で聞くと少し胸がモヤモヤ
としてしまう。それに・・・・・。
「カヤン、オナサケって何?」
「・・・・・」
「カ〜ヤ〜ン〜」
表面上は変化がないものの、カヤンが焦っているのが蒼にはよく分かる。自分が追求すればカヤンは絶対に説明して
くれるはずだと、蒼はじーっとカヤンの顔を見つめた。
そして、カヤンからその言葉の意味を聞いた蒼は、自分でも思ってもみないほどに動揺してしまった。
ただの憧れや、敬愛という思いだけではなく、男女の関係を望む者もいるんだと分かった時、自分がどれだけシエンを繋
ぎとめることが出来るのか、その夜一晩考えてしまった。
シエンが部屋に戻ってくるのが遅くて、キスも交わせなかったことが、目が覚めてからの蒼にとってはますますショックで、そ
の自分の意識を前向きに変えるためにも、シエンのことをよく考えてみようと改めて思ったのだ。
「ほら、シエンの悪いとこはっ?」
先ずはシエンの性格を知るところからと考えた蒼は、カヤン相手に話しているのだが、シエンの良いところはすらすらと言
葉にしたカヤンも、悪いところはなかなか言い辛いのだろうか。
(もうっ、俺、別に言いつけたりしないのに〜)
カヤンに聞くのを諦めた蒼は、ん〜っと自分でも考えた。
「シエンはよく怒るけど・・・・・それって、俺のこと考えてくれてるからだし」
「ええ、王子は常にソウ様のことを考えておいでです」
「ベンキョーしろってうるさいけど・・・・・」
「それも、ソウ様のことを思ってです」
「・・・・・分かってる」
自分の言葉に一々反応するカヤンに頬を膨らませるものの、蒼もその通りだと思うので・・・・・怒ることも出来ない。
蒼は、プルプルと頭を振った。冷静に、客観的に、ちゃんとシエンのことを見なければ理解出来ないと自分自身に言い聞
かせた蒼は、もう一度目を閉じて考えて、やがてあっと思いついた。
「エッチがしつこい!」
「・・・・・は?」
「シエン、俺が嫌って言っても止めてくれないし、一回が長いし・・・・・嬉しいんだけど、はずかしくて、つかれるし・・・・・」
「ソ、ソウ様、それは・・・・・」
「もう少し、シエンにはじちょーしてもらわないとなー。えっと、シエンはエッチが・・・・・」
「私が、何ですか?ソウ」
「!・・・・・うわあ!」
俯いて筆を動かしていた蒼は、いきなり聞こえてきた男の声に驚き、インクの入った瓶を倒してしまった。
今朝から少し元気が無かった蒼が心配で、シエンは午後の執務の手が空いた時を見計らって部屋に戻った。
何気なくドアを開けたシエンだったが、奥から聞こえてきた蒼とカヤンの会話に思わず足を止めてしまい・・・・・そのまま聞
き入ってしまっていたのだ。
どうやら、昨日王宮を抜け出した時に何かがあったらしいが、それでなぜ自分の良し悪しを考えなければならないのかと
わけが分からないままでいたが、蒼の先ほどの発言を聞いて、シエンは思わず足を踏み出してしまったのだ。
「ソウ、あなたの言うエッチというのは、夜の営みのことですね?」
「・・・・・聞いてたな」
「聞こえたんです」
蒼は上目遣いに自分を見るが、そんな顔もシエンにとれば可愛いと思うだけだ。
「しつこい・・・・・ですが、あなたも毎回喜んでいると思っていましたが?」
「ばっ、ここっ、カヤンいるのに!・・・・・あ〜っ!カヤン、逃げたな!!」
優秀な側近は早々に姿を消したので、シエンは蒼を片手で抱き上げ、目線を合わせるようにして重ねて訊ねる。
「違いますか?」
「ち、ちが・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・わ、ない、けど」
「そう、それは良かった。あなたがもしも嫌だと拒絶するのなら、今夜から両手両足を縛ろうと思っていたのですが」
「・・・・・冗談だよな?」
「私はソウに嘘は言いませんよ」
シエンはそのまま、下からすくい上げるように蒼の唇を奪った。最初は引く結ばれていた唇も、舌で舐めるとオズオズと開
き、シエンは思う存分口腔内を貪った。
「・・・・・んはっ」
唇を離すと、蒼はシエンの首に両腕を回してしっかりと抱きついてきた。
本当はこの後に執務に戻るつもりだったが、蒼がどんな悪巧みをカヤンとしていたのか白状させなければならないし、その
後は、自分に秘密を持たないようにじっくりと話し合わなければならない。
「さて、ソウ、今からのあなたの時間を貰いますよ」
夫が妻を愛でるのに時間の制約などはない。
シエンは腕の中でピクッと震える蒼の背中を宥めるように撫でると、そのまま奥の2人の寝室に向かって歩き始めた。
end