仕返しの仕返しは?
『今回は絶対に負けないからな!!』
言うだけ言って切れた電話に腹をたてることもなく、上杉は太朗の家へと車を走らせていた。
(全く、期待を裏切らね〜よな〜)
待ちに待った楽しい時間を目前にして、上杉はこみ上げてくる笑いを堪えることが出来なかった。
先月、2月14日のバレンタイン。
上杉は可愛い恋人の太朗から、手作りのチョコを貰った。
そのお返しというわけではないが、上杉も太朗に駄菓子の傘チョコを店に置いてあっただけ渡したが、実はその中には太
朗にプレゼントする予定だった自転車の鍵と、自分のマンションの鍵も一緒くたにして渡したのだ。
その存在に太朗が気付いたのは一週間後で、
『ジローさん、鍵失くしてない?』
想像通りに上杉の忘れ物だと勘違いして電話をしてきた太朗にその意味を教えた時、一瞬後の爆発するような驚きと
怒りの声に思わず携帯を耳から離してしまった。
翌日の夕方、学校帰りに事務所にやってきた太朗は案の定2つの鍵を返そうとしたが、上杉も前々から考えていた言
葉・・・・・【男に二言はあるのか】を言い、太朗の勢いはたちまち萎んでしまった。
ただし。
(あれは予想外だったなあ)
太朗から話を聞いた太朗の母、佐緒里が、自転車の金を払うと言って来たのだ。
一万二万のものではないという事が分かっているらしく、上杉がどんなに言ってもなかなか首を縦に振らなかった。
そして、お互いに一歩も譲らないという雰囲気になった時、不意に佐緒里はにっこり笑って言ったのだ。
「じゃあ、自転車の方はありがたく受け取ります、ありがとうございます。ただし、マンションの鍵の方は太朗が18歳にな
るまで、あなたが預かっておくという事で手を打ちません?」
こんなにも手強く、そして頭のいい女が太朗のバックに付いているのだと思い知り、なおの事、そんな佐緒里を出し抜きた
いと思い直した。
そして、今日、3月14日。
バレンタインのお返しという意味のホワイトデーに会う約束をしていた上杉が、丁度車に乗ろうとした時に掛かってきた電
話が冒頭のセリフだったのだ。
バレンタインの日は翌日が平日だったので、結局太朗の強硬な抵抗にあって食事だけで帰す事になってしまったが、今
回は金曜、明日は学校は休みのはずなので、どんなことをしてもお持ち帰りするつもりだ。
(オフクロさんの反対にあわなかったらいいがな)
そう考えて、上杉の口元には更に深い笑みが浮かぶ。
太朗の前で、何度か佐緒里のことを名前で呼んだことがあり、その時太朗は何とも複雑な表情をしていた。
それが幼い嫉妬からだという事に気付いた上杉は、それからは佐緒里のことを【オフクロさん】と呼ぶようにしたのだ。
太朗の一挙手一動が、自分の心に敏感に影響する。
そんな、振り回されている自分も楽しいと、上杉は笑みが絶えることは無かった。
家の前に着いた時、上杉は門の前で仁王立ちになっている太朗の姿を見てプッとふき出した。
「ジローさん!20分の遅刻!」
「すまんすまん。出掛けに電話が入ってな」
「あ・・・・・いいの?」
勝ち誇ったように遅刻を指摘した顔が、瞬間に心配そうに切り替わる。
「済ませてきたからな。後は小田切でも十分対応出来る」
「小田切さんに仕事押し付けて来たのか?」
「その代わり、たっぷりと有給を請求されたがな」
「だって、何時もジローさんの代わりに忙しく働いてくれてるじゃん。それぐらいは許してあげなよ」
「・・・・・まあな」
今もって小田切の本性を良い様に曲解しているらしい太朗にそれ以上は何も言わず、上杉は家に視線を向けながら
言った。
「挨拶しなくていいか?」
「うん。ちゃんと言ってきたし」
「泊まることも?」
「そ、それは言ってないけど!」
口ではそう言いながら、太朗の肩には何やら膨らんでいるリュックがある。多分、泊まりの用意をしているはずだ。
(まさか、あの中全部菓子ってことはないだろうしな)
ニヤニヤしながら太朗を見ると、リュックの他にも大きな紙袋を足元に置いている。
「何だ?それは」
「あ、これ?へへへ」
太朗は直ぐに意識を切り替えたのか、両手でその袋を持って(意外に重そうだ)上杉に差し出した。
「バレンタインのお返し!」
「・・・・・凄いな」
「全部食べてよ?」
「・・・・・」
(仕返しだな、これは)
紙袋一杯に入っていたのは・・・・・棒キャンディー。駄菓子屋で売っているものだ。
多分、バレンタインに上杉が傘チョコを贈った事に対するものだろうが、受け取った時にはあれ程喜んでいたのにと思わず
苦笑を漏らしてしまった。
「色んな味のがあるから飽きないよ」
じっと紙袋の中に視線を落としている上杉に、得意げに言う太朗はまんまと上杉を驚かせたと喜んでいるらしい。
上杉の方はそんな太朗の顔が可愛いと悦にいっていたのだが、ふと、目に入ったものに視線を止めて・・・・・やがて顔を上
げて言った。
「タロ、マンションに行く前に買い物行っていいか?大福(だいふく)の餌買い忘れた」
「嘘!じゃあ、急がないと!」
「お前なら安くて上手い餌があるとこ知ってるだろ?」
「うん!あ、割引券があるから持って来る!ちょっと待ってて!」
動物に関することには労力を惜しまない太朗が慌てて家の中に入って行ったのを見送ると、上杉は直ぐに紙袋の中に
手を入れた。
たくさんのチャンディーの中に埋まっていたのは・・・・・小さく折りたたんだ紙だ。
躊躇い無く取り出して開いて見た上杉の目は、楽しそうに細まって笑み崩れた。
「やってくれる」
それは、誓約書だった。
太朗が代筆した、上杉が太朗に向かって誓うもので、箇条書きに書いてあるその文句はどれも些細なものだ。
・仕事をサボって会いにいかない。
・プレゼントは2千円未満のものしか渡さない。
・大福や他の動物を可愛がる。
・エッチな話は(出来るだけ)しない。
・エッチは(出来るだけ)我慢する。
「出来るだけ・・・・・か」
絶対に駄目だと書いていないのが可笑しくて、上杉はずっと肩を震わせて笑い続けた。
これは傘チョコの代わりに棒キャンディーを渡したのと同様に、自転車とマンションの鍵を騙まし討ちのように渡した上杉に
対するダブルの仕返しなのだろう。
もっと、中にまで押し込んでいたら分からなかっただろうが、僅かに覗いていた紙の端を目聡く見付けた上杉の方が役者
が上という事だが・・・・・。
「ん〜」
(これをタロにつき出してからかうのも面白いが・・・・・そうだな)
上杉は車のサイドボードに入れてあったペンを取りだした。
「お待たせ!」
太朗が家から飛び出した時、上杉は丁度紙袋を車の中に入れているところだった。
「ジローさん、ラッキーだよ!今日から安売りって店があった!俺のとこのもついでに買うねっ」
「いいぞ」
「あ、それ、受け取ってくれるよね?」
太朗が目線で紙袋を見ると、上杉は鷹揚に頷いて笑う。
「タロの愛がこもってるからな」
「バ〜カ!」
恥ずかしい言葉を言う上杉に太朗は照れてしまうが、上杉が紙袋を受け取ってくれたことに内心バンザイを叫んでいた。
(後から、これは何だって言っても知らないもんね〜!)
目に見えてニコニコ笑う太朗に、上杉も笑みが零れる。
多分、明日にでも太朗は紙袋の中に潜ませた誓約書のことを言ってくるだろう。
その時、太朗の目の前で、紙を見せながら声を出して読んでやろうと思う。
・仕事をサボって会いにいかない。
・プレゼントは2千円未満のものしか渡さない。
・大福や他の動物を可愛がる。
・エッチな話は(出来るだけ)しない。
・エッチは(出来るだけ)我慢する。
そして・・・・・新たに加わった項目。
・二週間に一度は、太朗とセックスをすること。
セックスをした翌朝、これを聞いた太郎はどんな風なリアクションを取ってくれるだろうか。
(さて・・・・・どうするかな)
バレンタインの時とは違って今度こそ目の前で見てやろうと、上杉は笑いながら助手席のドアを開けてやった。
「ど〜ぞ、オウジサマ」
end
タロジロ編です。
結局、タロはジローさんには敵わないという事で(笑)。
この2人のやり取りは、ホント楽しくて笑えます。タロ可愛い!ジローさん、やるじゃん!