束縛は愛と同等に








 「Happy New Year、トモ」
 「お、おめでとうございます」
 年が明けた。
高塚友春は、新しい年を男の胸の中で迎えた。
アレッシオ・ケイ・カッサーノ・・・・・イタリアの富豪の当主である彼は、イタリアマフィアカッサーノ一族の首領でもある。
 普通の大学生だった友春がなぜこの男の傍にいるのか・・・・・信じたくは無いが、もう認めなくてはならないぐらいには時間が
経ってしまった。



 傍若無人で高圧的で、誰もが自分に従うものだと思っている男。
友春の気持ちはいっさい無視して、その身体を意のままに貪りつくそうとしている男。
 初めは、怖くて苦しくて、泣くことしか出来なかった友春だが、数ヶ月たった今はどうやって日本に帰るかということを考え始め
た。
それがただの実現しない夢でも、そう考えることが出来るようになった自分が、友春は以前よりも強くなったと思っている。
 「新年を迎えれば、ここにも挨拶をしに客が訪れる。少し煩くなってしまうが、お前が苦痛になるようなことはしないと誓おう」
 「・・・・・」
 アレッシオは口に出したことは必ず実行するので、その約束はきっと守ってくれるだろう。
去年のパーティーのせいで、友春はアレッシオ側の人間に会うのが怖くなってしまっている。
アレッシオは友春が1人になることを心配しているようだが、友春としては部屋に1人でいる方がよほど気が楽だった。
 「あ、あの」
 「ん?何だ」
 「絶対、ここに戻ってくるって約束したら・・・・・そうしたら、一度日本に帰してくれますか?」
 「駄目だ」
 「どうしてっ?」
 「私が駄目だと思うからだ。他に理由が必要か?」
 「・・・・・」
(やっぱり駄目か・・・・・)
 もしかして・・・・・という希望があっさりと却下され、友春は小さな諦めの溜め息を零した。
多分、駄目だとは思ったが、この数ヶ月の間で少しはアレッシオの気持ちに変化が生まれたのではないかと淡い希望を抱い
たのだ。
幾ら気に入ったとしても、数ヶ月間ほとんど毎日抱いていれば、どこかで飽きるということがあるのではないか・・・・・そう期待を
してしまった。
(早くどうにかしないと・・・・・僕の方が変わってしまう・・・・・)
 何時の間にか、身体は男に抱かれる為のものに作り変えられてしまっている。
そして、このままでは、心も捻じ曲げられてしまいそうで怖かった。



 腕の中の身体の熱は冷めてはいない。
それなのに、アレッシオは何時までたっても自分を見つめようとしない友春に焦燥を感じていた。
このイタリアの地ならば、誰をも平伏させる自信はあった。いや、この国だけでなく、世界のどこへ行っても、自分が畏怖の対象
であることには間違いないだろう。
それでも、叶わぬことはある。
(たった1人の男を手に入れることが出来ないなんてな・・・・・)
 身体は馴染んできている。少し背筋を撫でただけでも、身体を震わせて緊張を解いていくようになった。
それでも、心のバリアは変わらずに厚く、普段の友春は自分よりも遥かに世話係りである香田の方を頼っているのは明白だ。
本来ならば直ぐにでも交代をさせたいのだが、日本語を自在に操り、その上けしてアレッシオを裏切らないと誓う人間は他には
いなかった。
 そんな内心のジレンマを友春にはいっさい見せず、アレッシオはベットヘッドに手を伸ばしてあるものを手にした。
 「・・・・・?」
 「お前にやろう」
 「これ・・・・・?」
それは見るからに古い、アレッシオが持つにしては安物のようなペンダントだった。
 「これは、私の母がこの地に来てから初めて自分で買ったものだ」
 「お母さんの?」
 「値打ちがあるものではないがな」
 今の自分と同じ様に、父も母親を無理矢理日本からこの地に連れ去った。
泣き暮らしていた母親がやっと落ち着き、監視付きながらも初めて自分でこの地を歩いて、目に止まったものがこのペンダント
だった。
それまではどんなに高価な宝石を贈られても笑顔一つ見せなかった母親が、安物のこのペンダントを初めてねだって手にした
時、それまで見せたことがないような笑みを浮かべたらしい。
(この図の女が、母親に似ていたということだが・・・・・)
 母親の母、アレッシオにとっては祖母だが、アレッシオは日本の祖母には会ったことはない。
しかし、母親が近況を知る為に頻繁に写真を送らせていたので、その容貌は知っていた。
 客観的に見ても、このペンダントの女王のように気品があるという風には見えなかった。ただ、頬の丸みや髪型が、似ている
とすればそうかと思うくらいだ。
 多分、何も知らない異国のこの地で、初めて目にした母親の面影というものを、アレッシオの母は大切にしていたのだろう。
アレッシオが幼い頃、既に母親は父を愛するようになっていたが、この地にやってきた当初の辛い思いを忘れないかのように、こ
のペンダントはずっと持っていた。
もう必要ないからと、アレッシオに託してくれたのはごく最近のことだ。
 「そんな、お母さんのものなんて・・・・・」
 「いらないか?」
 「だって、こんなに大切なものは自分で持ってないと・・・・・」
 「お前が受け取らなければ捨てるしかないが」
 「だ、駄目です!」
 「ならば、これはお前のものだな」
 「・・・・・」
 「トモ」
 「・・・・・預かっておきます。だから、これはあなたのものですよ?」
恐々とペンダントを手にする友春を、アレッシオは頬に笑みを浮かべて抱きしめた。
 「あ、あの?」
 「お前が持っているというだけで、それには価値が生まれる」
 「?」
同じ日本人である母と友春。
同じ様にこの地に来て、同じ様に束縛されている。
 「トモ・・・・・愛している。お前は?」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 何度も繰り返されるその問いに、友春は今だ応えることはない。
それでも、出来るならば母が父を受け入れたように、友春にも自分を受け入れてもらいたい。
小さなこのペンダントに微かな願いを込めて、アレッシオは再び友春の身体を組み敷いていた。




                                                                    end






「LOVE&CHAIN」のアレッシオ×友春です。
なかなか進まない関係に焦れているアレッシオ。まだまだ道のりは遠いです。