束縛と自由の距離





                                          アレッシオ&友春



                                                                                『』の中はイタリア語です。



 「クリスマスプレゼントは何が欲しい?」
 「・・・・・え?」
 ある日の朝、いきなりそう言われた友春は、やっと今日がクリスマスイブだということに気付いた。
(もう、クリスマスなのか・・・・・)
 「何でもいいなさい。私に出来ないことはないからな」
 「・・・・・そんなこと、急に言われても・・・・・僕は別に・・・・・」
 「友春様、アレッシオ様がせっかくおっしゃって下さっているのです。何も無いと言うのは失礼なことですよ」
世話係の香田の言葉に、友春は黙って考え込んだ。



 普通の大学生である高塚友春(たかつか ともはる)が、イタリアの富豪で、実業家で、実は裏の顔はイタリアでも1、
2を争うママフィアの首領であるアレッシオ・ケイ・カッサーノにイタリアまで攫われて一ヶ月以上経った。
当初は帰りたくて帰りたくて、しかし、アレッシオに逆らうのも怖くて、なにもできないまま時間を過ごすしかなかった。
 アレッシオは友春の生活をより快適にするよう、出来る限りのことをしてくれているのは分かっている。
家具も、服も、毎日用意される食事も、すべてが最高級なものだったが、友春が欲しいのはそんなものではなかった。
乱暴に未来を捻じ曲げられたショックと嘆きは、簡単に消えるものではない。



 「トモ、何か言ってみなさい」
 堂々とした王者の風格のまま言うアレッシオに、友春は思い切って言ってみた。
 「・・・・・電話・・・・・掛けさせて下さい」
 「電話?」
予期していなかった言葉なのだろう、アレッシオは怪訝そうに友春を見つめる。
 「家族が駄目なら・・・・・友達でもいいです。とにかく、日本の知り合いに電話を掛けさせて下さい」
 香田の言葉で、友春は自分がイタリアに留学していることになっているのを知っていた。
それまで少しもそんな素振りを見せなかったので、家族も、学校の友人達も、とてもその話をすんなりとは受け入れら
れなかっただろう。
しかし、事実として既に友春はイタリアにいて。
認める認めないという話以前に、諦めるしかなかったのだろう。
 1回だけ、両親からの手紙を受け取った。
香田の代読が条件だったが、その手紙の内容は体の心配と、急な留学に対する疑問が主だった。
なぜ話してくれなかったのか、なぜ家出同然に旅立ったのか、当然の疑問に友春が直接答えることは出来なかった。
 「何でも願いをきいてくれるなら・・・・・お願いします」



 友春の言葉を聞いて直ぐに、アレッシオは屋敷に弁護士を呼んだ。
今回の友春のことで色々と動いた男だ。
 『友春が日本の知り合いに連絡したいと言った』
 『友春様が、ですか?』
とてもそんな大それたことを言いそうにない友春の面影を脳裏に浮かべたのか、弁護士は不思議そうに聞き返してきた。
 『私が何でも言うことをきいてやると言ったんだ』
 『ああ、それで』
 『そうしても、問題がないか聞いている』
 『問題は・・・・・なくはないですね。やはり身内だとどうしても声の調子で違和感を感じ取ってしまうでしょうから』
 『では、却下と言うことか?』
 『・・・・・アレッシオ様は、どうされたいのです?』
 『・・・・・許してやりたいとは思う』
 イタリアに連れてきた当初は、アレッシオの声を聞くだけでもビクビクしていた友春だったが、最近少しはその存在に慣
れてきたようだった。
相変わらず打ち解けはしないものの、一緒の部屋にいてもずっと怯えて俯いているということがなくなった。
今が大事な時だという気がする。
友春の心までを支配する為には、やっと口に出してくれた願いの1つぐらい叶えてやりたかった。
 『それでは、幾つかの条件をつけましょう』
 『・・・・・』
 『まず、家族は駄目です。感情が高ぶって、本当のことを言いかねません。ごく親しい昔からの友人というのも、同じ
理由から却下です』



 友春は、少し遠くに聞こえるようなコールに、胸が張り裂けそうなほど緊張していた。

 「電話を許可しよう」

絶対に無理だろうと諦めていたことに思い掛けなく許可が下りて、友春は最初嬉しさよりも途惑いの方が大きかった。
もちろん、そこには条件が付いていて。
 香田を同席させることと、電話の相手は大学に入ってから出来た友人であることと言われた。
もちろん、それぐらいは直ぐに承知した。今は取り合えず、お互いに知っている相手と話をしたかった。
 【・・・・・はい?】
 やがて、訝しげな口調の相手が出た。きっと見慣れない番号に警戒したのだろう。
 【僕・・・・・高塚】
 【えっ?高塚っ?お前、どうしたんだよ!急に留学なんかしちゃってさ!みんな驚いてたぞっ?】
 【な、なんだか、急に決まっちゃって・・・・・】
 電話の相手は河野という、友人達の中でも気のいい世話好きだ。
急に姿を消した友春を心配し、捜索願をとまで言っていたが、結局は留学をしたと聞いて気が抜けたと同時に安堵も
した。
 【お前、イタリアのことなんか一言も言わなかっただろ?まさか留学するぐらい好きだったとはなあ】
 【・・・・・うん】
 【・・・・・どうした?泣いてるのか?】
友春の声に濡れたような雰囲気を感じ取ったのだろう。
河野はワザと明るく言った。
 【ホームシックだろ?そういう時は、美人のイタリア人を彼女にして慰めてもらえ】
 【・・・・・うん】
 【あ、お前は男にも気をつけろよ?綺麗な顔立ちなんだし、イタリア人って性別関係なさそうだし】
 【・・・・・】
 【でも・・・・・本当に良かった。みんなお前のこと、心配してたんだぞ】
 黙っていた香田が立ち上がり、ゆっくり友春に近付いてくると時計を指差す。
もう、タイムリミットのようだった。



 絶対にまた連絡をして来いと言う河野の言葉に感謝しながら電話を切った友春は、傍にいる香田に頭を下げて礼
を言った。
 「・・・・・ありがとうございました」
 「礼はアレッシオ様におっしゃってください」
 「え?」
 「今、あなたに電話をさせるという事がどれ程リスクを伴うか、アレッシオ様は全てを承知して許可をされたのです。友
春様、今度はあなたがアレッシオ様にプレゼントを差し上げてもよいのでは?」
 「で、でも、僕は何も、ないし」
 「アレッシオ様が欲しいのは、ものではありません。ご自分でよく考えてみなさい」



 その夜、何時ものように部屋を訪ねてきたアレッシオを、友春はじっと見つめた。
 「トモ、どうした?」
(やっぱり、考えてもこの人のことは分からないけど・・・・・)
イタリアに強引に攫ってきたアレッシオ。
女のように友春の身体を征服し続けるアレッシオ。
まるで大切な相手にするように、友春に最高の贅沢を与えようとするアレッシオ。
そして、告発される危険を犯してでも、友春の願いを叶えてくれたアレッシオ。
 全ての元凶はアレッシオで、そもそも彼さえいなければ自分の人生が変わることもなかった。
しかし・・・・・これほど強く執着され、愛されるということもなかっただろう。
 「トモ」
 今日はクリスマスイブだ。
少しくらい気持ちが優しくなってもいいかもしれない。
 「・・・・・ありがとうございます、電話を許可してくれて・・・・・嬉しかったです」



 小さな声で礼を言う友春を、アレッシオはゆっくりと歩み寄って抱きしめた。
いまだに慣れなくて、触れるたびに何時も震えていた身体が、今日は自ら動きはしないものの静かに受け止めている。
(・・・・・可哀想なトモ・・・・・)
 異常な体験をしている中で、友春の嬉しさの基準はとても低くなった。
今回、アレッシオは、この先の束縛を強固にする為に、ほんの数分の自由を餌にした。
たったそれだけでも、友春の感情は揺れ動いたのだろう。
 「・・・・・礼はいい。今夜はイブだ、トモ、お前の身体をプレゼントして欲しい」
 「・・・・・」
 頷くことはしないが、拒絶もしない。
既にアレッシオの罠に深く沈んでいる友春に、アレッシオは更に強固な罠を仕掛ける。

 「愛するトモ、聖なるこの夜に、お前の全てを私に見せなさい。・・・・・いいね?」



禁忌の淫らな夜は今から始まる。




                                                               end






この2人は本当に恋人同士になるのかなあと考えますね。

アレッシオの策略に、どんどん嵌っていく友春。頑張って欲しいものです。