蒼君の料理教室 −材料は肉とパンー

                                                        
※ ここでの『』の中は日本語です。







 「い〜い?りょーりはこころ!たぺてほしーきもちたいじ。おれもシエンたぺてほしーから、おいしーものつくる、これ、きほん!」
 蒼は片手に包丁、片手に野菜を持ち上げながら、自信たっぷりに言い切った。
目の前には肉の塊と、焼きたてのパン。そして様々な野菜と果物が並べられている。
何時もは白いゆったりとした服を着ている蒼だが、今日は料理人達が身につけている汚れてもいいような割烹着のようなもの
を借りて着ていた。
 「ソウ様、本当に大丈夫なのですか?」
 「たいちょーぷ!!おれ、かてーかよんたから!」
 「かてーか?」
 「そ!カヤン、たのしみ、たのしみ♪」
包丁を振り上げる蒼を不安そうに見つめながら、カヤンはベルネが早くシエンを連れて来てくれるのを願った。



 話は昨日に遡る。
何時ものようにガルダに夕食に招待された蒼は、2人きりでいたいと思うシエンの思惑に全く気付くこと無く食堂に向かった。
さすがに王の口に入る食事は、珍しい上に美味しい物が多く、蒼は何時も二人前は軽く腹に収めていた。
 この日も、蒼好みのスパイシーな味付けをした肉に喜んで齧り付いた蒼は、ふと目に入った物体に目を止めた。
 「とーなつ!!」
 「ソウ?」
 「とーなつ、とーなつあるよ!いままてなかった!とうしたっ?」
 「とーなつ?ああ、これはとーなつという食べ物なのか」
ガルダは感心したように言って、テーブルの中央に置かれたまだ温かい円形のパンを持ち上げた。
 「南から上等な砂糖が手に入ったらしくてな。その商人がこの料理法を教えてくれたそうなのだが・・・・・すごいな、ソウは分
かったのか?」
 「おれのくに、ある!あまくてーおいしー、おれ、すき!」
 「そうか。たくさん食べなさい」
 「ありかとー!!」
 ここでの食事は割合と蒼の口にも合って、食欲が減るということは無かったが、海がないこの国では塩と砂糖という調味料は
かなり高価らしく、味が少し薄めで蒼には物足りなく感じることもあった。
しかし、目の前にあるこれは、揚げたパンに砂糖をまぶしてある正真正銘のドーナツだ。
久し振りに味わうたっぷりとした甘味に、蒼の顔はますます綻んでいった。
 「ソウは食べることが好きだからな。料理も色々知っているのか?」
 「しってる。つくれるよ」
 「ほお、料理も出来るのか?」
 「けっこーおいしい、みなほめる」
 「そうか」
 「おーさまとシエンのため、こんとつくる」
 「父上、あまりソウをからかわないで下さい。このまま料理をするといって、火傷したり手を切ったりしたらどうするんですか?」
 蒼と会話が弾んでいるガルダを牽制するつもりで言ったのだが、シエンの言葉は返って蒼の闘志に火をつけてしまったようだっ
た。
 「シエン、しつれー!おれ、そんなへましない!」
 「ソウ、私はあなたを心配して・・・・・」
 「しんぱいいらない!」



 シエンはそれで話は終わったと思ったのだろうが、蒼はシエンを驚かせてやろうと、シエンが執務室に向かったのを確認してか
ら厨房に乗り込んだ。
 「おひるこはん、おれつくる!」
 何時も何時も美味しいと声を掛けてくれ、料理も残さず食べてくれる蒼は料理番達にとってはありがたく嬉しい存在だった
が、相手はあくまでも貴重な《強星》という存在で、万が一にでも一筋の傷でも付けたら自分達の命は無いと思った料理番
達が慌てて呼んだのがカヤンとベルネだった。
 「何をされてるんですか!」
 「あ、カヤン、いーとこきた」
 慌てて駈け寄ってきたカヤンにも調理用の服を渡し、蒼は満足げに笑いながら言った。
 「カヤン、おれのちょしゅ。あらしてこれして、てつたって」
 「ソウ様、お怪我をされたらどうするのです!早くその手のものを・・・・・」
 「まつは、にくのしたこしらえ」
どんどん話を進めていく蒼を見て、カヤンがベルネに合図をする。
呆れたように溜め息を付きながら出て行ったが、ベルネはちゃんとシエンを呼んでくれるだろう。
(会議中でなければいいが・・・・・)



 「ソウ!!」
 ベルネの知らせでシエンが慌てて駆けつけた時、厨房の中では驚くような展開が待っていた。
 「ソウ様、そこの中にも塩を塗り込めるのですか?」
 「ぬる」
 「そこで酒に漬けてある肉は・・・・・」
 「くさみとる。にくもやーらか。やけぱあるこーるとぷからたいちょーぷ」
 年上の料理番達を相手に、蒼は器用な手付きで包丁を動かしながら説明をしていた。
 「王子!」
シエンの登場に気付いたカヤンが、慌てて駈け寄ってくる。
 「・・・・・カヤン、これは・・・・・」
 「ソウ様の料理の腕は確かなようです。包丁捌きも危なげなく器用にこなされるし」
 「・・・・・」
 「王子の為に、料理をされるそうです」
 「私の・・・・・」
 シエンは昨日の話を思い出した。
シエンとしてはあれは話だけで終わると思っていたのだが、蒼の方はそうではなく実際にこうして料理を作っている。
(私の為に・・・・・)
今までは料理は料理人が作るものだと思っていた。実際にアンティの手作りの料理は口にしたことはなかったし(父は知らない
が)、付き合ってきた相手も同様だ。
怪我をしたら・・・・・そんな心配も確かにあるが、それ以上にシエンは自分の為に料理を作ってくれている蒼に感動していた。
(ソウは私の思いもよらないことばかりする・・・・・)
 「・・・・・王子、いいのですか?」
 止めようとせず、その場にただ立っているだけのシエンにベルネが声を掛ける。
シエンは蒼を見つめたまま静かに言った。
 「私は部屋で料理が出来るのを待っている。カヤン、ソウに付いていてくれ」



 弾む足取りが聞こえてきた。
多分両手いっぱいに手作りの料理を持ってくるであろう蒼の為に扉を開けたまま、窓の傍に立っているシエンの頬には笑みが
浮かんでいる。
 「シエン!」
 想像した以上に晴れやかな顔をした蒼が、まだ湯気の出ている皿を得意げに差し出した。
 「おにくとやさいと、あいちょーたっぷり、おれのりょーり!」
 「・・・・・とても美味しそうだな」
 「おいしーよ!たぺてたぺて!」




 それからは時折、シエンのリクエストに答えて蒼が料理を作る機会が増えた。
今は待っているだけのシエンも、いずれ蒼に引っ張られて手伝う羽目になりそうな感じだ。
それもまた楽しみだと、シエンは思っていた。




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本編では少し暗い話が続いているので、こちらでは楽しく。
人一倍食べる蒼君は、予想外に料理上手だと思うのですよ。