相馬&紘一編
「あ、紘一さん!」
「ご苦労様。マネージャーいる?」
「奥にいますよ、どうぞ」
「ありがとう」
明るい笑顔で迎えてくれた後輩のホストににっこりと笑い掛けると、牧野紘一(まきの こういち)は店の奥の事務所へ
と向かった。
ホストクラブ、『DREAMLAND』 という店のNo.1である紘一は、繊細な容姿をしていながら、性格は真面目で熱
血漢だ。
仕事には厳しいが面倒見がいい紘一を慕ってくれる者は数多い。
自分の店でもそうだが、系列店のホスト達にも慕われている紘一は、ホストでありながらも半分経営に携わるような形
で、各店舗を定期的に回るようになっていた。
今回来たのは、『ROMANCE 』。新しいホストの面接を手伝ってくれと言われたので、今日は自分の仕事は遅出に
してやってきたのだが・・・・・。
(そういえば、相馬(そうま)はちゃんと仕事をしているのか?)
子供のように自分にじゃれてくる相馬達矢(そうま たつや)は、この店の現No.1だ。
出会った当初はあまりのやるきのなさに随分厳しい態度をとったし、その延長上なのか、煮詰まったらしい相馬に強引に
犯された。
許さない。許せないと、思った。
しかし、相馬が本気で自分のことを思っていて、その上であんな暴挙をしてしまったということが分かった時、紘一はそれ
以上相馬を責められなかった。
男同士で好きだの嫌いだの、それが友情以上のものであるということは紘一には理解しがたいものがあったが、それでも
頭から相馬を拒絶するほどに、本気の思いというものを無視出来ない。
結局は現状維持ということにして、相馬が早く自分のことを諦めるようにと願っている紘一だったが、未だ相馬の熱い想
いは冷めることはない・・・・・らしい。
(・・・・・ちゃんとしているな)
事務所に行く前にと、裏から店の中を覗いた紘一は、席についている相馬の姿を直ぐに見つけることが出来た。華やか
な容姿の相馬は自然と目に入ってくるのだ。
「あ、紘一さんっ」
「お疲れ」
ちょうど裏に来たホストに、紘一は相馬のことを訊ねてみた。
「相馬、真面目にやっているか?」
「ええ、最近は余裕があるっていうか、客の評判も良いですよ」
「へえ」
「指名も増えたし、客の少ないホストにも客を回したりしてくれてるし、どういう心境の変化だろうってみんな噂してるくら
いです」
真面目に仕事をしてくれているのはとても嬉しいものの、心のどこかで・・・・・自分が傍にいなくてもちゃんと出来るんだな
と、紘一はなんだか子供が手を離れていく寂しさのようなものを感じていた。
店の外まで客を見送った相馬は、軽く頬に手を触れてまたなと言った。
「あんまり無理してくるなよ」
「もー!最近優しいことばっかり言ってくれるから、また会いに来たくなっちゃうんだよ!」
明るい声で笑いながら手を振り、夜の街に紛れていく女達の姿が見えなくなるまで見送った相馬は、ほっと息をつき、ヘ
ルプに入っていたホスト達に言った。
「お疲れ」
「お疲れ様です・・・・・って、相馬さん、もう次の指名入ってますよ」
「俺達先に戻ってますね」
そう言って店へと戻っていく後輩達の後を、本当は直ぐに追わなければならないのは分かっていた。それでも、相馬は少し
だけ気持ちを切り替えたかった。
この仕事でトップに立とうと改めて思ってから、女相手の接待というものの難しさを知り、突き詰めれば突き詰めるほど、
奥が深いことも分かった。
今では、簡単にセックスすることはもちろん、キスもすることはない。枕仕事で仕事を取ったのだと、絶対に誤解されたくな
い人がいるからだ。
(紘一さん・・・・・仕事中だろうな)
お互い夜の仕事なので、その仕事の後に飲みに行くことなどなかなか出来ないし、昼間は彼の弟達が生意気にも邪
魔してくる。
「・・・・・会いてー」
こうして仕事を頑張っているのは、全て彼・・・・・紘一に認めてもらいたいからだ。しかし、その紘一と全然会えないのな
らば、なんだかなあと思ってしまう。
はあと溜め息をついてから顔を上げた相馬は、
「どうした、元気の無い顔して」
「・・・・・!紘一さんっ?」
振り向いたそこには、苦笑する紘一が立っていた。
面接を終え、少し話をした後に事務所を出た紘一は、ちょうど客を見送る相馬達を見掛けた。
もしかしたら軽くキスでもするかと思ったが、相馬は客の頬を宥めるように触れただけで、そんな素振りは全くなかった。
(マネージャーの言ってたこと、本当だったんだ)
「最近、相馬は簡単に客と寝なくなってね。それで余計に価値が上がってきたんだよ」
相馬の真面目な仕事ぶりをマネージャーも喜んでいた。もちろん、それは紘一にとっても好ましい評価だったが、心のど
こかでもしかしたらという思いがまだ残っていたのも確かだった。
だから、では無いが、マネージャーが言った通り、簡単に自分を売るような真似をしなかった相馬をどうしても褒めてやり
たくて、紘一は男が1人になった時に声を掛けてしまった。
「真面目に仕事してるみたいだな。やれば出来るんだよ、お前」
「・・・・・紘一、さん」
「ん?」
名前を呼べば、綺麗な笑みが真っ直ぐに自分に向けられる。ここに、紘一がいるのが夢ではないのだと思うものの、そ
れでも、まだ自分の願望が目の前に幻を見せているのだという思いも消えなかった。
「・・・・・ご褒美」
「え?」
「キスしてよ」
そう言った瞬間、目の前の紘一は眉を顰めた。想像通りのその反応に、だんだんとこれが現実なのだと思えてきた。
すると、今度は、紘一の怒鳴り声が聞きたくなってしまい、相馬はわざと聞き分けの無い、我が儘な子供のような欲求
を紘一にぶつける。
「ねえって、紘一さん」
「・・・・・馬鹿か、お前は。どこの世界に店の前でホスト同士がキスをする?」
「だって、俺・・・・・頑張ってるんだよ?全部、紘一さんの為なのに・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
(あれ?怒鳴らない?)
怒る以上に呆れてしまったのかと、相馬がもう一度紘一の名前を呼ぼうとした時、いきなり影が近付いたかと思うと、唇
に・・・・・いや、正確には唇からはギリギリ離れた頬に、柔らかな感触を感じた。
「え・・・・・?」
「早く店に戻れ」
慌てて視線を向けると、既に紘一は歩き始めていた。しかし、一瞬見えたその頬が赤かったように思うのは、多分自分
の気のせいではないと思う。
「明日っ、絶対に会いに行くから!」
紘一からの返事は無いが、相馬はもう十分だった。邪魔な弟達の前で、今度はお返しに自分が紘一の唇にキスをす
ると決める。もちろん、自分は紘一のように純情ではないのでしっかり唇にすると決意した相馬は、先程とは雲泥の差で
軽くなった気持ちのまま、客の待つ店の中へと戻っていった。
end