須藤&由宇編
直ぐ目の前で彼が笑っている。
柔らかいその笑みはとても27歳の男のものとは思えなかった。
(上代(かみしろ)さん・・・・・)
同じ部屋に確かにいるはずなのに、彼の視界には自分は全く入っていなかった。
須藤亮祐’(すどう りょうすけ)は今年入社したばかりの新人サラリーマンだ。
自分で言うのもおかしいが、容姿はそれなりだと思うし、仕事の能力でも他の同期はおろか、先輩社員にも劣っていると
は思っていない。
学生時代からずっと恋人も途切れずにいて、会社に入社してからも何人もの女子社員に告白をされたくらいだ。
数ヶ月前の自分は今思えば生意気なほどに自信家で、自分に不可能なことなどあるはずが無いと思っていた。
「悪いけど、年下には興味ないんだ」
入社して直ぐに目を奪われたのは5歳年上の先輩社員上代由宇(かみしろ ゆう)・・・・・それも、あろうことか自分と
同じ男だった。
170センチを少し越した身長に、すっきりとした細身の体格。
一度も染めたことがなさそうなサラサラの黒髪に色白の肌。
切れ長の目に、薄めの唇。
女ではないが、女以上に清潔そうで可愛らしく、そしてふとした瞬間に色っぽく見える由宇をどうしても手に入れたくて、須
藤は思い切って付き合って欲しいと伝えた。
しかし、返ってきたのはそっけない断りの言葉。
今まで交際を申し込んで断わられた経験は無く、須藤はあまりにもあっけない幕切れに動揺して最悪の行動を取った。
・・・・・由宇をレイプしたのだ。
もちろんそれまで男を抱いたことは無かったが、女の身体以上に狭く熱く、そしてうねるように絡みつくそこは須藤に最上の
快楽を味あわせてくれた。
夢中で由宇を抱き、やがて我に返った須藤は土下座して許しを請い、改めて由宇に付き合って欲しいと言ったが、由宇
の返事は・・・・・拒絶だった。
「須藤君は参加するでしょ?今度の飲み会」
「・・・・・ああ」
月に一回、親睦を深める為に行われる飲み会。
それに参加する理由はただ一つ・・・・・。
「・・・・・みんな参加?」
「全員参加よ」
「そっか・・・・・」
「ねえ、その後2人でどっか行く?」
同期のその女子社員は、以前須藤に好きだと言ってきた。
その時は既に由宇のことしか目に入っていなかった須藤はその告白を断わったが、その後も態度を変えない須藤にまだ希
望はあると思っているらしく、事ある毎に誘うようなことを言ってくる。
今も上目づかいに自分を見上げてきていたが・・・・・。
「新井さん、昼からの会議のコピー出来てる?」
「!」
いきなり、由宇の声が間近に聞こえた。
「出来てますよー」
「ありがと。話の途中ごめんね」
「・・・・・っ」
(上代さん・・・・・っ)
由宇は全く須藤の方を見ないまま、女子社員に向けて綺麗な笑顔を見せている。
「・・・・・」
これが、由宇の須藤に対する罰だ。
どんなに由宇の事を見つめても、あの綺麗な瞳には自分の姿は映らない。
一度抱いてしまったその身体を、あの痴態を、須藤は忘れることは出来ないのに、由宇にとっては全く無かったこととして
いるのが、腹が立つというよりも・・・・・哀しい。
女子社員と話し終えた由宇は、そのまま立ち去ろうとして・・・・・不意に視線を須藤に向けてきた。
「!」
僅かに・・・・・笑んだような気がした。しかし、それも一瞬のことで、由宇はあっさりと須藤に背を向けてしまった。
(諦められっこないだろっ)
こんな一瞬があるから、何時まで経っても須藤は由宇を諦めることが出来ない。
だが、あの唇が自分の名を呼ぶことはないのだろうとも分かっている。
「・・・・・」
忘れようと思っても忘れさせてくれない。
手を伸ばしても、あっさりとすり抜けていってしまう。
まるで蟻地獄に嵌まっているようだと、須藤は苦く自嘲した。
end