須藤&由宇編
「今夜、どう?」
「・・・・・」
エレベーターに乗った時、そこにいた相手に上代由宇(かみしろ ゆう)は内心眉を顰めてしまった。
何度か、遊んだ相手。身体の相性は悪くは無かったが、少し相手に被虐趣味があり、実際に体を傷付けられてしまっ
て気持ちが萎えた。
その後は、別の相手が見付かったので、誘いは断っていたのだが・・・・・もしかしたら、今自分がフリーの立場だというこ
とを聞いたのかもしれない。
「由宇」
断るはずが無い。そんな余裕たっぷりの声に、由宇はにっこりと笑う。どう言えばこの男がショックを受けるだろうかと考え
た時、エレベーターが止まった。
「・・・・・っ」
須藤亮祐(すどう りょうすけ)は、エレベーターの中にいた姿に思わず目を見張った。
同じ男にはとても見えない、切れ長の目に、薄めの唇の綺麗な顔。
170センチを少し越した身長に、すっきりとした細身の体格。
一度も染めたことがなさそうなサラサラの黒髪に色白の肌。
綺麗で、色っぽい、5歳も年上のその男がどうしても欲しくて、自分に自信があった須藤ははっきりと告白したが、歳が
下だからという理由だけで断られてしまった。
それでも諦められなくて、レイプという最悪の方法をとってしまったのだが・・・・・それ以降、由宇は須藤を無視する。
仕事上の会話や、他の者を交えた会話は普通にしてくれるが、一対一では、まるで須藤を見てくれない。
それなのに、ことあるごとに誘いの眼差しを向けてくるのだ、まるで、自分を忘れるなとでもいいたげに。その術中に嵌って
しまっているのか、須藤の視線は未だ由宇から離れることが出来ないままだった。
エレベーターの中にいたのは、由宇ともう1人、別の部署の部長だが、確か40代半ばの妻子持ちだ。いかにも自信家
といった様子の男は、以前由宇とセックスしていた男にも共通していて、須藤はこの2人が関係あることを悟ってしまった。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
須藤が入ってきたことで、中の2人の会話は途切れたのかもしれない。しかし、男は由宇の傍から離れることは無く、ま
るで所有権を見せ付けているようだ。
須藤は奥にいる2人に背を向け、じっとエレベーターの表示を見上げている。
(・・・・・息苦しい)
「さっきの話だが、上代君、いいね?」
「・・・・・」
明らかに、須藤に聞かせている言葉。同じ男として、須藤の由宇への気持ちを悟ったのかも知れない・・・・・そう思った時
だった。
「菅原部長」
柔らかな、少し甘い由宇の声が聞こえた。
偶然にエレベーターの中に入ってきた須藤の姿に驚いてしまったが、由宇は面白いと感じてしまった。
どちらも、自分と関係のあった男。しかし、片方は由宇自ら足を開いたが、片方は力ずくで自分の身体を切り裂いた男
だ。
そのどちらがより深く自分の心に住み着いているのか・・・・・。
「菅原部長」
「ん?なんだ、上代」
男の声が喜色を帯びたものになった。
「先ほどのお話ですが」
「時間と場所は後でメールを・・・・・」
「必要ありません」
「え?」
そう言った由宇は、自分に背を向けている男・・・・・須藤の腕を掴む。
「え?」
「・・・・・え?」
2人の男の、意味の違う同じ言葉にほくそ笑んだ由宇は、そのまま須藤の腕を引いて、濃厚なキスを仕掛けた。
「!」
いきなり重なってきた赤い唇。驚いた須藤の唇を堂々と割って入ってきた小さな舌が、まるで生き物のように須藤のそ
れに絡みついてきた。
今まで数え切れないほどに女とディープなキスをしてきたが、これほどに巧妙なキスをされたことは・・・・・そう、何時も主
導権を握っていた須藤にとっては初めてのことだった。
クチュ
「んっ」
「・・・・・っ」
余計なことを聞くなと、由宇は更に口腔内を愛撫してきた。
引きずられそうになっていた須藤は、そこで自分の横顔に注がれる鋭い眼差しに気付く。先ほど、由宇が自分の腕を取
る瞬間まで勝利を確信していたであろう男が、まるで射殺しそうな眼差しで自分を睨んでいた。
(・・・・・っ)
その時、須藤はぐっと由宇の身体を抱きしめた。
自分を抱きしめる須藤の腕に力が込められ、絡み合う舌が意志を持って動き始める。
(どうしたのかな)
急に乗り気になった須藤の気持ちの変化の理由は分からなかったが、由宇は楽しくなった口付けを存分に堪能して、や
がてお互いの唾液が糸を引くのが見えるほどの濃厚なキスは解かれた。
「・・・・・どういうつもりだ」
散々、見せ付けられた男が、怒りに拳を震わせている。
それを見ながら、由宇はふっと笑みを漏らした。
「最近の私は、年下好みなんですよ」
「何を・・・・・」
「やっぱり、セックスは若い男の方が強い」
「!」
決定的に自尊心を傷付けるようなことを言えば、男が手を伸ばしてくる。しかし、由宇の身体は若々しい逞しい腕に守ら
れた。
「みっともないですよ、菅原部長」
「お前っ」
「この人が選んだのは俺ですから」
「・・・・・っ」
タイミングよく、エレベーターの扉が開く。由宇は須藤に抱きしめられたまま、眼差しだけを男に向けて言った。
「もう二度と、誘わないでくださいね」
「上代さん、あの・・・・・」
立派に恋敵を撃退したくせに、途端に情けない声で自分の名を呼ぶ須藤が何だか可愛い。由宇は首を傾げた。
「ちゃんとしたセックス、してみる?」
(年下も、食べてみないと分からないし)
答えは聞かなくても、途端に輝いた眼差しを見れば分かる。そう思った由宇は、いったい須藤がどんな風に自分を楽し
ませてくれるのかを楽しく想像していた。
end