Surprise!!
『絶対に今日は来てよっ?』
珍しく太朗から電話があった上杉は、携帯を切った途端思わずといったように笑みを漏らした。
「かわいー奴」
改めての約束をなぜ太朗が念押しをしたのかを上杉は知っていた。
それは、ちゃんと報告が上がっているからだ。
太朗と付き合うようになって、上杉は常に太朗の身辺に人を置くようにしていた。それは一見組関係の人間とは分から
ないので、太朗自身も自分がガードされているということには気が付いていないだろう。
その付いている人間から、数日前の太朗の家で行われた集まりは既に報告を受けており、それがどうやらお菓子作り
の為だと想像が付いた時、上杉は直ぐそれがもうじき訪れる恋人達のイベントの為だということに気が付いた。
正直に言えば、太朗がまさかこんなイベントを意識するとは思わず、上杉もどうするかと考えてはいたのだ。
下手にチョコを欲しいと言って、俺は女じゃないとヘソを曲げられても面白くないし、元々上杉はバレンタインなどあまり
気にはしなかった。
ただ、太朗がチョコをくれようとしているなら話は別だ。
男である太朗がそこまでしてくれたのに、自分だけがのうのうとただ受け取るだけには出来なかった。
(さてと・・・・・どうするか)
しばらく考えていた上杉が、やがて小田切に声を掛けた。
「小田切、今いいか?」
「仕事の話ならどうぞ」
暗にサボりは許さないという小田切の態度だったが、上杉は全く気にすることなく続けた。
「チョコの代わりに、なんかいい物考え付かないか?」
「は?」
「確かに、チョコも喜ぶとは思うんだがな、それだけじゃ芸が無いだろう?車でも買ってやりたいが、あいつ免許もってな
いし」
「それ以前に、太朗君は車など欲しがりませんよ」
呆れたような小田切の言葉に、それもそうかと思い直す。確かに太朗は物欲があまり無く、高い服を買ってやるよりもハ
ンバーガーを奢ってやった方が満面の笑みを向けてくれる。
まだ高校生の太朗には、車や腕時計などの桁違いのプレゼントはかえって引くだろう。
(あの親だって怒るだろうしな)
そんなものを太朗に贈ったと知られれば、どんなに佐緒里に怒られるか分からない。
「お前は犬に何かやるのか?」
「わざわざ?あれにとって一番価値のあるものが目の前にあるのに?」
「・・・・・分かった分かった」
小田切には聞くだけ無駄だと思った上杉は、う〜んと自分自身で考え始めた。
そして、2月14日。
平日の今日、太朗はかなりホクホク顔で家に帰ってきた。
学校だけではなく近所の知り合いからも次々とチョコを貰い(どれが義理でどれが本命かは全く分からなかったが)、戦利
品は去年よりも多かった。
家に帰ると、今日はたまたま仕事が休みだった母親お手製の特大チョコケーキが用意され、家の方にも届けられた物
も合わせれば当分甘い物は買わなくてもいいだろう。
「ジローの散歩に行ってくる!」
「太朗、今日は母さんが行ったげる」
「え?」
「遅くならないようにね。門限破ったら、また小遣い抜きだから」
「か、母ちゃん!」
全てを知っている母親の悪戯っぽい視線に、太朗の顔はたちまち真っ赤になった。
散歩をカモフラージュにしたつもりは無いが、確かにジローが一緒だとゆっくり上杉といる時間はない。
「い、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
明るい声に背中を押されながら、太朗は焦ったように家を飛び出した。
珍しく太朗よりも早く公園に来た上杉は、車に寄りかかったままで太朗の到着を待つ。
そう待つことも無く現われた太朗の手には、大きな紙袋が握られていた。
(あれか)
上杉は太朗に見えないようににやっと笑った。
「ジローさん!ごめんね、絶対来いなんて言っちゃって」
「バーカ。俺の方が会いたかったんだからいいんだよ」
そう言ってクシャクシャッと髪を乱暴に撫でる上杉を上目遣いに睨んだ太朗だったが、直ぐにその顔に笑みを浮かべて
しまった。
「髪、グチャグチャになるだろ」
「可愛いからいいじゃねえか」
「・・・・・あのね、ジローさん、今日は何の日か知ってる?」
「今日?木曜日か・・・・・何の日だ?」
ワザととぼけるように言ってみせると、太朗はまるで秘密の宝物をこっそりと見せるかのように、自慢げに手にした紙袋を
差し出した。
「ん?」
「これ、ジローさんにあげる」
「俺に?」
「バレンタインのチョコだよ。ジローさん、誰にもチョコもらえなかったら可哀想だから」
「そうか・・・・・」
(やっぱり、チョコか)
上杉は笑いながら袋を受け取り、その中に入っていた綺麗にラッピングされた袋を取り出した。
その中には・・・・・。
「へえ、良く出来たう・・・・・」
「牛じゃないからな。それ、大福」
「う、まく、出来たな」
「お世辞はいいよ。俺が見たって牛に見えるし。ただ、一応言っておきたかっただけ!じゃあ、俺帰る!」
照れくさくてたまらない太朗は直ぐに帰ろうと踵を返したが、もちろん上杉がそれだけで太朗を帰そうとするはずがなく、
素早く太朗の腕を掴んでその耳元で囁いた。
「は、離せよ!」
「俺も、用意してある」
「・・・・・へ?」
「俺もお前の彼氏だからな」
(は、恥ずかしいこと言ってる・・・・・っ)
上杉の言葉に赤面してそう突っ込みながらも、太朗は今の言葉の意味を正しく聞き取った。
自分が上杉の為にチョコを用意したように、上杉も太朗の為にチョコを準備してくれていたのだ。
(何だか・・・・・付き合ってるみたいじゃん)
・・・・・若干、認識がずれているようだが、太朗の嬉しさには変わりが無く、上杉に連れられて車の傍まで来ると、
「ほら」
差し出されたずっしりとした包みを受け取った。
「うわ!!」
紙袋の中にあったのは、駄菓子屋で売られている安い傘型のチョコだった。
それが1つや2つではなく、ゆうに100・・・・・いや、200個以上はあるか。
「こ、これ?」
「お前が好きそうだからな。目に止まって買い占めてきた。チョコは数が勝負だろ?当然、仲間内ではお前が一番だよ
な?」
「あ、そっか」
「じゃあ、この袋の中身、全部受け取ってくれるな?」
「もちろんだよ!ありがと、ジローさん!」
(いー顔するじゃねえか)
太朗の反応を笑みを浮かべながら見た上杉は、やっぱりこれにして正解だと思った。
服や時計など、それ相応の物を贈ったとしても太朗はきっと受け取らなかっただろうし、高級な本命チョコは恥ずかしがっ
て鈍い反応しか返してくれなかったはずだろう。
この、子供のように全開な笑顔を見れて、上杉としても頭を捻って考えただけのことはある。
「時間、大丈夫か?飯を食いに行きたいんだが」
「うん、母ちゃんも知ってるから」
「そうか」
親公認だったと更に笑みが零れ、上杉はドアを開けて太朗を助手席に乗せる。
その手にしっかりと紙袋を握り締める太朗を見て、その顔は更に悪巧みを企んでいるような笑みになった。
(何時、気付くかな)
実は、紙袋の中に入っているのはチープな傘のチョコだけではなかった。
あの中に埋もれる様にして、2つの鍵が入っているのだ。
1つは、太朗によく似合う新しい自転車の鍵で。
もう1つは・・・・・上杉のマンションのカードキーだ。
多分、直接には受け取ってくれないだろう物を、たくさんのチョコに紛れて一緒に渡した。
太朗の食欲ではそう遠くない未来にこの鍵の存在に気付くだろうが、その時は上杉はこう言うつもりだ。
「全部受け取って、ありがとうって言っただろ?男に二言はあるのか?」
本当は、恋人である太朗をもっと着飾りたいし、もっともっと贅沢をさせてやりたいくらいなのだ。この位の贈り物など、
まだまだ序の口だと覚悟していてもらいたい。
「よし、何食う?」
「焼肉!」
全く色気の無い返答さえも太朗らしいと笑える自分は随分変わっただろう。
でもそれは、自分でも好ましい変化だ。
「行くか」
「出発!」
サプライズな贈り物を見た時の太朗の反応を楽しく想像し、どうせなら見たかったなとさえ思う。
(まあ、仕方ない。その代わり、今夜可愛い姿を見せてもらうか)
「バレンタインだしな」
小さな上杉の声は、エンジン音にかき消されて太朗の耳には届かなかったようだ。
嬉しそうに、早速チョコを頬張り始めた太朗を横目で見ながら、上杉は今夜の門限は破ってマンションに泊めてしまおう
と不埒なことを考えていた。
end
タロジロ編です。
この2人の会話は考えるだけでも楽しい(笑)。
ただ、鍵を見つけたとしても、タロは最初はジローさんの忘れ物だと思うんじゃないかな。男心はまだまだ分からない子供ですから。