上杉&太朗の場合








 「どんな方にお贈りされるんでしょうか?」
 綺麗な化粧をした女の人が、目の前の男に営業スマイル以上の笑みを浮かべながら訊ねている。
(そんなの、普通の客に聞くか?)
何を買ったらいいのか分からない相手に対し、そんな言葉を掛けるのも分からないではないが、今男の側には自分がい
て、まず相談するのは自分だとは思わないのか?
 それとも、男同士だからそんなことも分からないと思われているのかもしれないが・・・・・どちらにせよ、自分だけが無視
されているようで面白くない。
 「ん〜、この世で一番可愛い奴」
 そして、男が魅力的な顔で笑いながらそんなことを言っても、多分冗談としか思われないだろう。
特に今日のような日、男がこの店に来ること自体とても・・・・・浮いている。
 「・・・・・」
(ちょっと〜、それ以上変なこと言わないでよ?)
 「な、タロ」
 「え?」
 「鏡見て、そう思わないか?」
 「・・・・・っ、ジローさん!」
 「ん?」
何だと訊ね返した男の眼差しには、少しの罪悪感も無い。今の言葉を聞いて自分がどれほど羞恥を感じているのか、
想像出来ない男ではないはずだ。
 いや。
(そ、相当テンション高いよ・・・・・)
太朗(たろう)は動揺する自分の気持ちを誤魔化すように、むっと口をへの字にしてしまった。

 今年の春高校を卒業する苑江太朗(そのえ たろう)には恋人がいる。
大人で、カッコ良くて、頼り甲斐があって。少しスケベだが、大好きな恋人は、自分と同じ男で、しかも、ヤクザと呼ばれ
る生業の男だった。
 大東組系羽生会会長、上杉滋郎(うえすぎ じろう)。
古めかしい名前からは想像も出来ないほどに男らしい容姿の彼がモテるということは分かっていたし、自分と出会う前
の彼の武勇伝は聞かなくとも十分想像出来た。
 今更それを問い詰めることはしたくない。もちろん、面白くないなとは思うものの、今の彼の目に誰が映っているのかを
十分自覚している太朗にとっては、今この時、そして未来の方が大切だった。

 「どうした?お前の食べたいもの、どれでも言えよ」
 「・・・・・」
 「タロ?」
 「た、食べたくない」
 「食べたくないって、お前がここのチョコが美味しいって言ったんだろ」
 確かに、上杉をこの店に連れてきたのは自分だ。母に聞いて、美味しいチョコを売っている店を数店ピックアップして、
場所的に上杉が行きやすいここへやってきた。

 2月14日。
この日がどんな日なのか、世間的にも周知されているだろう。もちろん太朗も知っているし、上杉と知り合ってから過去
何回か訪れたこのイベントには、様々な思い出があった。
 お互いが男同士だからか、お互いが譲らず、しかし、太朗の予想以上に上杉がびっくりするようなものをくれて、これ
では今年も負けてしまう・・・・・そう思った。
だからこそ、14日が日曜日ということもあり、一緒に買い物に行き、お互いがお互いに何か買おうと決め、少し恥ずか
しかったが開き直って店に来たというのに、当の上杉が暴走してしまっては話にならない。
(俺が困ってるの、絶対分かってるくせに〜っ)
 太朗は恨めしげに上杉を睨んだが、そんな眼差しさえ笑みをうけべて受け止められ、太朗はもうどうしたらいいのかと
落ち着かなかった。




(少し、やり過ぎたか?)
 笑ったり、怒ったり、戸惑ったり。
太朗の感情表現はとても分かりやすく、上杉はこっそり笑みを漏らした。
 もちろん、本気で太朗を怒らせようと思ったわけではなく、久し振りに太朗の百面相を見たいと思ったからだ。
受験生の太朗とは年が明けてなかなか会う機会が無く、会ったとしても上杉が満足するような時間を過ごすことが出
来なくて、さすがに少し寂しいと感じていた。
 もちろん、太朗の進学のことを考えて無理をさせたくないと思う気持ちも本当だが、恋人としては少々物足りない時
間だったことも確かで、せっかく会えた今日、上杉は少々・・・・・いや、かなり浮かれていた。
 「タ〜ロ」
 「・・・・・」
 「おいって」
 「・・・・・」
 太朗はじろっと上杉の目を睨み上げてくる。
そんな顔も可愛らしいと思い、思わず目を細めると、それが笑っていると見えたのか、太朗はそのまま上杉に背中を向
けると、
 「こ、これ下さい!」
 先程から見ていたらしいチョコを勝手に買った。
 「おい、俺が買うって」
 「・・・・・いい」
 「じゃあ、それは俺にくれるのか?」
 「あげない!」
どう聞いても恋人同士の喧嘩だ。
ある程度高級店なので、あからさまに自分達に怪訝そうな目を向けることは無いが、それでも興味津々といった雰囲
気は感じ取れる。
それでも、まさか自分達の本当の関係は想像出来ないだろう。
 無理もない、自分達は良くて兄弟、もしくは叔父甥・・・・・最悪親子だ。
(恋人とは・・・・・思えないかもな)
この場でキスの一つでもすれば違うんだがなと思いながら、上杉は太朗が財布から金を出す前に、自分が1万円札を
レジの前に置いた。




 目の前にある札。
自分は千円札で、上杉が当然のように出すのは一万円札で。
(な、なんか・・・・・ムカつく)
 「・・・・・」
 「釣りはいら・・・・・」
 「いりますっ」
 チョコの金額から考えたら、釣りの方が支払いの三倍はある。釣りはきっちりともらえと睨むと、上杉ははいはいというよ
うに頷いた。
 「じゃあ、俺はこっちの1つ」
 「はい」
 上杉が注文している間、太朗は店の中を色々観察するように見た。
しかし、どうしても上杉の動向が気になって意識はそちらに向くし、店員達の浮き立つような様子が気になって仕方が
無い。
(周りから、どう見られてるんだろ、俺達)
 太朗は羞恥を感じているものの、上杉の大胆さと、その容姿から、2人が恋人だと考えている者は皆無のようで、今
の一連の会話も全て冗談だと思っているだろう。
 もちろん、見ず知らずの人間に対し、自分達が恋人同士だと発表するつもりは無かったが、あまりにも釣り合わないと
思われるのは恋人としては寂しい気がした。
(自分達の中で分かっていればいいことなんだろうけど・・・・・)
 「タロ」
 そんな時、上杉から呼ばれる。
 「何?」
 「ちょっと来い」
 「・・・・・」
 「来〜い」
犬を呼ぶようなその声に眉間に皺を寄せながら近付いた太朗は、
 「ほら」
 「んぐっ?」
いきなり、口の中に何かを入れられた。
(あ・・・・・まい、チョコ?)
どうやら、上杉が自分が選んだチョコを包装せず、そのまま一つ太朗の口に入れたらしい。値段に相応しい上品な甘さ
に、太朗はモゴモゴと口を動かす。
 「美味いか?」
 「・・・・・」
美味しいものは美味しい。嘘がつけずに頷いた太朗に、上杉はそうかと笑い掛けた。




 いきなり口の中に入れたチョコを、太朗は拒むことなく食べている。
それだけ自分が信頼されているのだと思えば、上杉も嬉しい。
 「美味いか?」
 「・・・・・」
 素直に頷く太朗の唇の端には、今のチョコのココアパウダーが付いており、上杉はそれを拭ってやろうと思って手を伸ば
しかけたが・・・・・。
(ついでだな)
伸ばしかけた手はそのまま太朗の肩を掴み、
 「ふぇ?」
驚いたように見開かれた太朗の丸い目が直ぐ目の前にある。
 「な、何?今・・・・・」
 「ん?付いていたから」
 「あ・・・・・あり、がと」
 とりあえず礼は言うといった様子だが、今自分が何をされたのか、まだ頭の中では理解出来ていないのかもしれない。
(ま、こんな店の中ですることじゃないかもしれないがな)
チラッと視線を移せば、店の中にいた店員や客(女ばかりだ)も今の出来事がいったいなんだったのか分かっていない様
子だ。
 ここまで来れば、もう遠慮することもないかと、上杉はそのままもう一度太朗の唇を奪った。
今度は唇を舐めるだけではなく、その口腔に舌を入れる。甘いチョコの味が上杉の舌にも感じ取れた。
 「・・・・・っぁ」
 さすがに、あまり濃厚なものは出来ないと、上杉が唇を離すと、太朗は真っ赤な顔をして睨んでくる。
 「・・・・・に、するんだ、よっ」
 「ん?可愛い恋人の顔を見せてやろうと思ってな」
 「はぁ?」
 「可愛いだろう?」
上杉は先ほど自分に対応していた店員に視線を向けると、女は呆然としながらコクコクと頷いている。
その反応に満足した上杉は、既に用意されていたチョコの入った紙袋を手に取り、もう片方の手は太朗の肩を抱いて、
そのまま上機嫌で店を出て行った。




                                                               end






上杉&太朗編。
やはり、ジローさんには敵いません。