緒方&篤史+αの場合
「お巡りさん、はい!」
「あ、ありがとう」
今朝交番の前に立ってから、頻繁に渡される小さな包み。
中には剥き出しの駄菓子もあるが、元気な子供の精一杯の感謝の印に、緩む頬を直すのはなかなか出来なかった。
「なんだ、関谷、また貰ったのか?」
「モテモテだな」
先輩の警察官に笑いながらからかわれると、篤史は焦ってブンブンと首を横に振った。
「こ、これは賄賂じゃありませんから!」
「はは、分かってるって。小学生の子供がお前に賄賂送ってどうするんだよ」
「市民がそれだけお前に親近感をもってくれているということだ、これからも頑張って町を守らないとな」
「はい!」
高価なプレゼントならば先輩達の指摘も入るだろうが、数十円や数百円のものは見逃してくれるようだ。
(バレンタインかあ)
昔から、篤史は数だけは貰ってきた方だと思う。しかし、それは本命というよりは友チョコのように気軽な感じで、それが今では幼
稚園児や小学生にまで年齢が下がってしまったようだ。
もちろん、好かれて嫌なはずは無い。キラキラした笑顔で、
「おまわりさん、ありがと!」
と、言ってくれる子供達のために、命を張ってこの町を守らなければと強く思う。
ただ・・・・・。
「・・・・・」
机の横に置かれた大きな紙袋からはみ出すように見えている、いかにも高級店で購入したと分かるチョコレートの存在が、篤史の
自尊心をズクズクと刺激してくるのだ。
(・・・・・どうして俺が預からないといけないんだ?)
ここは交番で、落し物ならばまだしも、プレゼントの受付をする場所ではない。それでも、綺麗なOLや若い主婦達の、
「お願い!お巡りさん!」
と、手を合わせて頭を下げる姿に、どうしても駄目ですとは言えない自分が悪いのか。
「それにしても、やっぱりあの人たちは人気あるなあ」
篤史の視線に気付いた先輩が、同じように紙袋を見下ろしながら感心したように呟いている。
「これ、全部本命チョコなんじゃないか?」
「・・・・・知りませんよ」
「安いものじゃないし、ちゃんと渡さないといけないぞ」
「・・・・・」
(だから、どうして俺が・・・・・)
他人から見れば、確かに知り合いに見えるかもしれない。しかし、篤史は迷惑だと思っているかなり個性的な面々。
飛び抜けた性格に合った飛び抜けて容姿の良い彼ら達の外見だけを見て好きになるのは構わない。同じ男として悔しい気持ち
が全くないわけではないが、顔が良い者がモテルというのは仕方がないことだという諦めの気持ちは持てる。
だが、それが自分に関係するとなると話は別だ。
(俺があの人たちに渡す義理なんてないんだよ!)
本当は大声で叫びたかったが、警察官という職務上拳を握り締めて唸ることしか出来ない篤史だった。
渋々あの3人宛てのバレンタインデーのチョコレートを預かった篤史だが、わざわざ彼らに渡しに行くつもりはなかった。
間をあけることなく、この交番に遊びに来る彼らだ、その時渡せばいいだろうと投げやりに考えていたが・・・・・。
「篤史君」
「うわっ、深町先生っ?」
自転車に乗ってパトロールしている最中、深町の経営している歯科医院のまん前でいきなり呼び止められてしまった。
門の影に隠れていたのか、深町は明らかに篤史の来るのを待ち伏せしていたといった様子で、穏やかな笑みを浮かべながらゆっ
くりと自転車の側にやってくる。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
午後3時。普通ならば診療中だというのに、今は患者がいないのだろうか?
(い、いや、いるみたいだけど・・・・・)
お洒落な医院の待合室が見える窓には、何人かの人影がある。
「ふ、深町先生、治療中なんじゃないですか?」
「そうだけど、篤史君が来るのを感じたから。はは、今日は勘が冴えてたなあ」
「・・・・・」
それを勘の一言で処理してもいいものかどうか悩むが、深く考えるとそれはそれで怖い。
幸いパトロール中という良い訳も言えるので、篤史は伝えたいことを言ってしまおうと少し早口になりながら説明した。
「あの、交番に深町先生宛てのバレンタインのチョコを預かってるんです。暇な時でいいんで寄ってもらえますか?」
「篤史君からのチョコもあるのかな?」
「ありません!」
俺は男ですと見たままのことを叫ぶと、深町は穏やかな笑みを崩さないまま残念と肩を竦める。その仕草さえ優雅に見えるのが
忌々しい。
歯科医という、本来は尊敬されるべき職業の人だし、こんなにさわやかな容姿をしているのに、どうしてぺらっと変なことを言うのだ
ろうか。
人間は外見ではないと篤史に教えてくれた最強の変態3人組の1人である深町は、不意に後ろ手にしていた手を前に出して
きた。その手には、小さな紙袋が握られてある。
「本当は篤史君と交換がしたかったんだけど、それはまた来年のお楽しみにとっておこうかな」
「・・・・・は?」
いったい何を言い出すのかと目を丸くすると、深町は目を細めて笑った。
「はい、僕からバレンタインのチョコレート。もちろん、本命だからね」
どうやって深町の前から逃げたのかは分からない。
それでも、ハンドルに下げられた高級百貨店の小さな紙袋は夢ではなく、その中にあるいったい幾らなのか見当もつかなさそうな
高級チョコレートが自分に贈られたこともまた、考えたくない事実だった。
「・・・・・深町先生、普段はあんなにいい人なのに・・・・・少しヘンタイだけど」
(それでも、真面目な顔をしてこんなもの贈ってくれるなんて思わなかった・・・・・)
出来れば受け取りたくなかったが、丁度歯科助手の人が深町を呼びに来てしまい、うやむやのうちに渡されてしまっていた。
「・・・・・後で交番に来たら返そう・・・・・」
冗談の義理チョコならともかく、本命チョコなんて受け取れない。
そうしようと、何とか動揺する自分の心に決着をつけた時、
「おう、あっちゃん!」
「え?」
声がした車道側を見ると、少し先に止まった四駆の運転席から見慣れた男が下りてきた。
「本郷さん?」
フリージャーナリストの本郷がどうしてこんな所にいるのだろう。そう思いながら、篤史は駆け寄ってくる長身の男を見た。
「取材ですか?」
「ああ、急に大きな事件があって今から横浜まで行かなくちゃいけないんだ。その前に交番に寄ろうと思ったんだが、ここで会えて
良かったよ」
「交番に?」
(いったい・・・・・あ)
本郷が何のために交番に寄ろうとしたのかは分からないが、丁度預かったチョコレートのことを伝えるにはいい機会だと思い、篤
史はあのと言葉を継いだ。
「本郷さん宛てのチョコレートを預かってるんです。暇な時でいいですから交番に取りに来てもらえますか?」
「俺宛て?・・・・・3人の中で一番多いか?」
少し考えるようにした後、次の瞬間には楽しそうに聞いてきた本郷は、どうやら篤史が自分以外の男、それも特定の3人のチョ
コレートを預かっているのだと直ぐに読めたらしい。
「・・・・・一番ではなかったです」
「ちっ、やっぱあいつが一番か。俺の方がいい男なのになあ、な、あっちゃん」
「ど、どうでしょうか」
答えと本郷が考えている相手が合っているかどうかも分からなくて曖昧に笑うと、本郷はブルゾンのポケットから小さな箱を取り
出し、篤史の制服の胸ポケットに強引に押し込んできた。
「な、何ですか?」
変なものではないかと慌ててそれを取り出してみると、なんとそれは綺麗に包装された小さな箱のようなものだった。
「俺からあっちゃんへ。あ、小さくても愛がこもってるからな」
「え、あ、あの?」
「ホワイトデー、期待してるぞ」
「た、ただいま戻りました」
すっかり疲れ果てた篤史はよろけるような足取りで交番まで戻ってきた。
(町は平和なのに・・・・・)
どうして自分の周りだけは異常なんだろうと思いながら交番の中に足を踏み入れると、
「よお、お帰り」
「!」
何時も自分が座る机の前で、長い足を優雅に組んだ男がにやりと笑いながらこちらを見た。
「お、緒方警部・・・・・」
「こんな日に俺に連絡しないとは、いったいどんなお仕置きをしてもらいたいんだ?ん?」
「あ、あのですね!」
ここには先輩達もいるのだ、変な話はしないで欲しいと叫ぼうとした篤史は、ふと交番の中が静まり返っているのに気付く。
(そういえば、自転車もなかった・・・・・?)
「お、緒方警部っ、何か事件がっ?」
「あー、1人は迷子のばあさんを送っていって、もう1人は高校生同士の喧嘩を止めに行った。で、ちょうど顔をのぞかせた俺は
留守番を頼まれたわけだ」
「留守番って・・・・・」
幾ら複数案件があったとしても、警視庁の警部に留守番をさせようなんて先輩達が言い出すはずは無い。どういう口車に乗せ
たかは分からないが、きっと緒方が自ら進んでここにいるのだと篤史は直感的に悟った。
「深町先生や本郷さんだけでも疲れたのに・・・・・」
(まさか、ラスボスの緒方警部まで来ちゃうなんて・・・・・)
「何だ?深町に本郷って」
小さな声で呟いたつもりだったが、緒方は耳聡く聞き取ったらしい。
そして、篤史が手にしている百貨店の袋を覗き込み、そこに2つのチョコが入っているのを確認すると、やっぱりなあと嘯いた。
「あいつらが今日を無視するなんてありえないとは思ったが、まさか俺よりも先になんてなあ」
「お、緒方警部?」
なんだか、聞きたくないような言葉を聞いた気がして、篤史は恐る恐る緒方の顔を仰ぎ見る。すると、緒方はそんな篤史の視線
をしっかりと捕らえて、ニヤリと口角を上げた。
(こ、怖い・・・・・)
まるで肉食獣そのものの雰囲気に、篤史は思わず後ずさる。逃げるなんて情けないことをするつもりはなかったが、このまま緒方
の前に立ち続けるには勇気が必要だった。
「お前もお前だ。これ、ちゃんと義理チョコだと確認しただろうな?」
そんな篤史の気持ちを知ってか知らずか、緒方は立ち上がるとゆっくりと近付いてきた。
壁にペタリと背を付けてしまった篤史の顔の横に片手を押し付け、そのまま顔を覗き込んでくる。野生的な美獣に迫られているよ
うな錯覚に陥りそうだ。
「そ、それは・・・・・」
向こうが勝手に本命だと言ったものの、結果的に受け取ってしまったのには弁解のしようも無い。
「俺、その・・・・・」
「まあいい」
「お、緒方警部?」
「今、お前の目の前にいるのは俺だからな」
そう言った緒方はふと視線を逸らして机の上を見ると、なぜかそこに置いてあった今朝子供達から貰った小さなチョコを手に掴み、
勝手に包みを開けて口の中に放り込んだ。
「あっ、それ!」
子供達の愛情がこもったチョコを勝手に食べないで欲しいと訴えようとした篤史は、
「んぐっ」
開いた口をそのままキスで塞がれる。
「んうっ!」
開いていた口の中には緒方が食べたはずのチョコが押し込まれ、篤史は口移しにされた事実にパニックになる。
それでも壁に逃げ道をふさがれてしまった篤史は緒方のキスを受け入れざるを得なくて・・・・・ようやく、口の中で溶けたチョコを飲
み込むと、緒方は唇を解放してくれた。
「な、なに、をっ」
涙目になりながらも辛うじて抗議をすると、緒方はまったく罪悪感もなく言った。
「俺からのバレンタインデーのチョコ。これが本命だよな?」
「な・・・・・」
(わ、わけ、分かんないって・・・・・)
上機嫌で再び唇を重ねてこようとする緒方の胸を何とか押し返し、篤史は距離を取る。
何だか理不尽で、これは横領になってしまっても緒方宛のチョコレートを全部食べてやろうかと思ったが、やはり警察官の自分に
はとても出来ない。
「お、お返しなんかしませんからね!」
今はこう答えることが精一杯の篤史が涙目で訴えると、緒方は楽しそうに笑いながらもう一つチョコを口にした。
end
緒方&篤史+α編です。
一歩リードはやっぱり緒方警部。