アシュラフ&悠真の場合
広い浴場の中では、先ほどから甘い香りが漂っている。
普段ならばそこで愛する者と2人、ゆっくりと疲れを癒したり、たまには(頻繁に)そのままもっと汗の出る行為をしてしまうところだっ
たが、今日は主のアシュラフとその忠実な侍従長のアリー・ハサンの2人だけがいた。
「・・・・・うむ、上手くいかないな」
「アシュラフ様」
腰置きに座り、俯いたまま唸るアシュラフに、少し離れた場所に立つアリーが心配そうに声を掛けてくる。
「火傷の方は大丈夫でしょうか?」
「それはいいが、ずっと同じ状態に保つというのはなかなか難しい」
話を聞いた時はもっと簡単に出来ると思い、悠真も喜んでくれそうだと直ぐにその案に飛びついたのだが、頭で考えるのと実際に
行動に移すのはかなり違う。
自分に出来ないことはないとかねてから自負していたアシュラフだが、何だか今はとても落ち込んでしまった。
「そうですか・・・・・。アシュラフ様ならば可能だと思ったのですが・・・・・。私が余計なことを言い出してしまい、本当に申し訳あ
りません」
「目の前にユーマがいれば別だが、ユーマを驚かせるためにしていることだからな」
そんなアシュラフの気配を敏感に悟ったアリーが、言い出した自分がすべて悪いのだと謝罪してくる。だが、もちろんこれはアリー
のせいではなかった。
「・・・・・どういたしますか?他のことを考えた方がいいでしょうか?」
アリーの言葉に、アシュラフはじっと今の状況を見る。
止めると言うのは簡単だが、本当にここで止めてしまってもいいのだろうか。
「私のペニスの形のチョコレート・・・・・ユーマが頬張る姿が見たかったんだが・・・・・」
その野望は、ここで潰えてしまうのだろうか。
2月14日。
日本ではバレンタインデーといわれるその日は、愛する者や好きな者にチョコレートを渡すことが一般的らしい。
男同士の自分と悠真がそれに当てはまるかどうかは分からなかったが、日本を遠く離れ、アシュラフの国ガッサーラ国で花嫁とし
て暮らしている悠真に、少しでも故郷を感じてもらえればと思った。
離れている時には、遊びに来た悠真に出来るだけ日本のことを思い出させないようにしていたのに・・・・・悠真と結婚して、ア
シュラフは彼が離れていかないということに自信を持つようになっていた。
日本のことも良く知ってくれているアリーに助言を求めると、彼は翌日直ぐに素晴らしい案を持ってきてくれた。
「やはり我が尊き皇太子であるアシュラフ様がなさることですから、他の方々とは少し違ったことをなさってもいいのではないでしょ
うか?ちょうと素晴らしい話をネットで見付けたのですが」
ペニスの型のチョコレートを贈る。
一瞬はぁと思ったが、考えれば自分のペニスの形をしたチョコレートを口いっぱいに頬張り、自分のペニスの形のチョコレートを悠
真のあそこに突き入れる・・・・・。
それを想像した時、アシュラフはもうアリーの提案に頷いていた。
しかし、実際にペニスの型を取るのはかなり難しいことだった。
これをシリコンか何かで型を取るという方法もあるのだろうが、アシュラフとしては悠真以外の男に自身のペニスに触れて欲しくはな
い。
かといって、それを女にしたならば、万が一知ってしまった悠真が妬きもちを焼いてしまうだろう。可愛らしい悠真の妬きもちは少し
も嫌ではないものの、彼に嫌な思いはさせたくない。
結果、自分でするしかなく、アシュラフはアリーが大量に用意した人肌に溶かしたチョコレートを勃たせてコンドームを装着した自
分のペニスに塗ったのだが、それが固まる前にどうしても萎えてしまった。
悠真のことを考えれば何度でも勃つのだが、目の前に本物がいなければ長時間持続させるのは困難で、もう2時間、下半身
を露出していたアシュラフはとうとう小さなクシャミをすることになった。
「アシュラフ様!」
直ぐにアリーは手に持った毛布をアシュラフの身体に掛ける。
「・・・・・困ったな」
「申し訳ありません」
「どうしたらいいと思う?アリー。やはり専門家を呼ぶ方がいいだろうか」
「ですが、もう明日が14日ですし、人選をしてから間違いのない者を選んで呼び寄せるには少々時間が足りないと思います」
確かに、明日はもう14日。
いや、そればかりか、後1時間もすれば語学の勉強で別室にいる悠真が訪れる可能性もある。
「・・・・・」
「アリー」
「はい」
アリーは恭しく一礼すると、そのままアシュラフの前へと移動してきた。
チョコレートに塗れた下半身が丸見えだが、特に恥ずかしいという思いは無い。
「失礼致します」
そして、アリーは手を伸ばし、そのまま萎えてしまったアシュラフのペニスを扱き始めた。
「他人の手ならば、多少勢いは違うと思いますし」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・勃つ気配がないが」
「そうですね。私の技巧が拙いばかりに、アシュラフ様の貴刀を磨くことも叶わないなんて・・・・・」
不能ではない。
相手が信頼するアリーでもペニスが反応しないのは、アシュラフの身体が既に悠真仕様に変化しているからだ。
「ユーマめ・・・・・いないところでも私を翻弄する」
「魅惑的な奥様ですから仕方がありません」
生真面目に答えるアリーの言葉にアシュラフも溜め息をつきながら頷いて、
「湯を」
そう、言った。
「・・・・・あれ?」
(なにか、甘い匂いがするんだけど・・・・・)
王宮でガッサーラ国語を習った悠真は、それを終えてアシュラフと暮らす離宮に戻ってきた。
何時もならば自分の部屋で勉強するのだが、今日はアシュラフの弟が日本語の勉強がしたいということで、王宮まで足を運んで
少し長い時間を過ごしたのだ。
アシュラフと暮らす宮の召使いは皆日本語をほぼ操れるものの、王宮内ではまだまだ不自由だ。そんな中、アシュラフの兄妹が
そう言ってくれることが嬉しくて、悠真はつい熱心に教えた。
その後、王様から大量の果物を土産に持たされ、早くアシュラフとおやつにしようと思ったのだが。
「いない?」
「はい」
日中、彼がよくいる執務室にアシュラフはいなかった。
「えっと、アリーは?」
「アリーさまもいらっしゃいません」
「どこいったか知ってる?」
「・・・・・さあ」
召使いは困惑したように申し訳ありませんと謝罪してきた。
「ううん、いいよ」
特に、直ぐ用事があるというわけではない。皇太子であるアシュラフは国の要職にもついていて日々忙しいのは分かっていたので、
無理に時間を空けてもらうのも心苦しい。
(部屋に戻ろうかな)
今日の復習でもしようと思いながら踵を返そうとした悠真は、
「ユーマ様」
名前を呼ばれて慌てて振り返った。
「アリー」
「お勉強は終わられましたか?」
「うん」
(・・・・・あれ?)
何時ものように穏やかに笑みを湛えながら近付いてきたアリーだが、悠真はなぜか違和感を覚えた。
普段感じたことの無い甘い、チョコレートのような匂いがしたからだ。
だが、アリーが日中、チョコレートを頬張る姿はとても想像が出来ない。自分の気のせいだと思い直した悠真はアリーにアシュラ
フの所在を確かめた。
「アシュラフ様でしたら重要な所用がありまして。ですが、夕食までには戻られますから」
アリーの言葉に悠真は直ぐに納得する。大変な彼の手助けを何かしたいとは思うものの、何も出来ないというのは分かっている。
ただせめて邪魔をしないように、悠真は大人しく部屋に戻ることにした。
翌日、悠真は朝から1人きりだった。
アシュラフは会議で王宮に向かい、アリーは離宮に挨拶にやってくる者達に対応している。本来はアシュラフの妻である悠真がそ
の任を務めるのだろうが、まだとてもその勇気は無い。
言葉はかなり自由に操れるようになったが、皇太子の妻という自信がまだないのだ。
「ユーマ様」
昼過ぎ、そんな悠真のもとにアリーがやってきた。
「ユーマ様、アシュラフ様がお呼びです」
「アシュラフが?」
「ご案内しますので、どうぞ」
「あ、はい」
悠真は何の疑いもなくアリーの後ろをついていく。
(・・・・・あれ?)
また、昨日と同じ甘い匂いがしてきた。
(どうして・・・・・って、こっちは・・・・・)
漂ってくる匂いに首を傾げながら向かうのは、アシュラフと悠真専用の浴場だった。
悠真はどんな顔をするだろうか。
きっとびっくりして目を丸くした後、嬉しいと涙を流すかもしれない。昨日から一生懸命悠真のためにプレゼントを用意した自分の
愛情をしっかり受け止めてくれたらいいと、アシュラフはその時を待った。
そして、
「アシュラフ様、ユーマ様をお連れしました」
「入れ」
「はい。ユーマ様、どうぞ」
アリーの声がして直ぐに、浴場の入口の厚い布が開かれる。
そして、恐々顔を覗かせた悠真はこちらを見て、想像したとおり目を丸くして立ち止まった。
「ア、アシュラ、フ・・・・・」
「ユーマ、今日は2月14日、バレンタインデーだろう。私の愛を存分に受け取ってくれ」
「あ、愛って・・・・・」
浴場の中には特別に小さな浴槽が持ち込まれ、その中にはたっぷり溶かしたチョコレートが入っている。
そして、立っているアシュラフの下半身はチョコレートがコーティングされていた。
「ユーマ、好きなだけ舐め取ってくれ。ああ、もちろん私のペニスを重点的にだ」
普段、恥ずかしいのか、それとも苦手なのか、なかなか自分からアシュラフのペニスを口にしてくれない悠真でも、甘いチョコレート
味ならば喜んで口に含んでくれるだろう。
「それともう一つ、アリー」
「はい」
アシュラフはアリーが恭しく差し出した布を手に取り、それを開いてみせる。
「そ、それ・・・・・」
「私の腕型だ。ペニスは無理だったが、これでも十分お前を喜ばせることが出来るだろう」
ペニスをずっと勃たせているのはなかなか難しかったが、手ならば簡単だった。指を3本立てた形で固めたそれは、悠真の熱い身
体の中に差し入れたら直ぐに溶けてしまうだろう。
せっかくの力作が駄目になってしまうのは残念だが、それも悠真の熱の為ならば本望だ。
「フトーンも用意していますので、ユーマ様が身体を痛めることはございません。では、ごゆっくり」
「ああ」
昨日、一緒にこの力作を作る手助けをしてくれたアリーは、満面の笑みを浮かべて浴場から出て行く。
何もかも用意万端な側近の有能さにアシュラフも鷹揚に頷くと、過ぎる嬉しさのために既に涙ぐんでいる悠真に向かって手を差
し出した。
「来い、ユーマ」
end
アシュラフ&悠真編です。
影の主役はやはりアリーです(笑)。