上杉&太朗の場合








 『そうですね〜、あの人が喜ぶんでしたら、太朗君の全身をチョコでコーティングして、リボンを掛けてどうぞって言うのが
いちばんなんでしょうけど』
 『チョコを買うお金が無いのでしたらカンパしますよ。私も可愛らしい太朗君を見てみたいですし』





 「楽しみにしてるぞ、タロ」

 2月14日のバレンタインデー。
苑江太朗(そのえ たろう)は、任せとけと思わず答えたが、その時点で何か案があったわけではなかった。
去年も色々悩んだが・・・・・その時、はっと、自分には強い味方がいると思い出したのだ。
自分よりも随分年上で、羽生会というヤクザの組の会長、上杉滋郎(うえすぎ じろう)。その彼の側近で、美人で優
しい(太朗が思っているだけだが)小田切裕(おだぎり ゆたか)は何時でも上杉より太朗の味方をしてくれて、相談に
も良くのってくれた。

 そんな小田切ならば良い案を教えてくれるのではないか・・・・・そう、期待をして聞いたのだが、小田切の答えは太朗
が期待したものとはかけ離れていた。
 「全身チョコでコーティングなんて・・・・・熱いし、乾いたらパリパリになっちゃうじゃん」
(でも、全身って、いったい板チョコ何枚分なんだろ?)
 「確か、あのスーパーで、1枚58円で売ってたから・・・・・って、何考えてるんだよ、俺〜っ」
変に毒されてしまったと、太朗はブンブンと頭を振って今こびり付いた考えを振り払った。



 「何だって?」
 部屋に入ってきた小田切に、上杉は待ってたとばかりに声を掛けた。
 「何、とは?」
 「タロからだろ?態度で直ぐ分かるって」
携帯が鳴り、その相手が分かるなり、小田切の口元に浮かんだ微笑。そのまま話が聞こえないように部屋を出て行っ
た様子からも、その相手が誰かというのは想像が付くものだ。
 「さあ。それはお答え出来ませんね」
 「あのなあ」
 「私は誠実な男ですから、友人の内緒話を誰かに話すことなどしませんよ」
 「・・・・・」
(その言い方が十分ヒントになるんだってーの)
上杉が何を考えているのか覚ったのか、小田切は艶やかに微笑みながら言った。
 「何も話せませんが、あなたにとって悪いことではありませんよ。もう少し楽しみに待ってられたらどうですか」
 「・・・・・はいはい」
(なるほどね)
 やはり太朗から、多分、数日後に迫ったバレンタインの相談を受けたのだろう。
いったい太朗がどんなものを用意するのか、上杉は今からワクワクしてしまった。



 太朗は何件目かの店から溜め息を付きながら出て来た。
 「まずい・・・・・全然ピンと来ない」
子供に甘い父親の肩叩きをして小遣いを増やした太朗の軍資金は結構あって、それなりのチョコは買えるのだが、なま
じ選ぶ余裕があると、どんどん迷いは深くなった。
 もう明日がバレンタインデーで、チョコの店はどこも女の子で一杯だったが、それでも今年は逆チョコという現象で、売り
場にもチラホラ男の姿があった。
だからか、太朗もそんなには緊張しないのだが・・・・・。
(どうしよ、もう明日なのに・・・・・)
 絶対、上杉は太朗がチョコを用意してくるのを待っているはずだ。
今更バレンタインは女の子の行事だと言っても・・・・・遅いだろうし、手作りをするには1人ではとても無理だ。
 「うわ〜、うわ〜、ピンチじゃん、俺〜」
太朗はどうしようと思わず口に出して呟いてしまった。



 そして、2月14日当日。
土曜日の今日は学校は休みで、上杉とは夕方から会う約束をしている。
太朗とすれば、昼間に会って、とにかく落ち着かない気持ちをどうにかしたかったのだが、どうやら上杉は、夕食を一緒に
食べて、そのままお泊りに強引に持ち込みたいようだ。
 もちろん、太朗としてもそれが嫌だというわけではなく、恥ずかしいが母親に外泊の許可も貰った。
バレンタインという事もあり、母親は羽目は外さないようにと注意はしたものの、お父さんの分もちゃんと用意してやって
ねと笑っていた。
 太朗は男兄弟で、娘がいない父親はチョコの期待を全く抱いていなかったが、去年上杉へのチョコを手作りした時、
ついでに父親のものも作って手渡したらかなり喜んでいたのだ。
今年も期待しているみたいよと言われれば、太朗としても大好きな父親の為に用意しないわけもいかない。
父親に良く似たクマのチョコがあったので、これを渡してくれと母に伝えて、太郎はお泊りの用意をして待ち合わせの場
所へと急いだ。



 「ニヤニヤしないで下さいよ」
 「無理だな」
 椅子から立ち上がった上杉は、呆れたような小田切の言葉にも全く気分を害さずに笑った。
今から太朗に会えるのだ、楽しくないわけが無かった。
 「そういえば、久し振りですか?」
 「仕事を押し付けたお前が良く分かってるだろーが」
2、3日に1回は、犬の散歩をする太朗の時間に合わせて、つかの間の逢瀬を楽しんでいた上杉。まだ高校生の太
朗を頻繁に外泊させるわけにもいかず、甘く瑞々しい身体を味わうのもせいぜい一週間か10日に一度だ。
 しかし、今日は特別な恋人同士のイベントで、土曜日。
太朗を帰さなくても、あの手強い母親も文句は言わないだろう。
 「先週末から会ってないんだよ。いい加減タロが切れてる」
 「あなたと同じ様に、私も私生活が乾いていたんですよ」
 「お前はそれを楽しめるだろうが」
 「・・・・・まあ、私は大人ですので」
 「・・・・・」
(お前の感覚は分からないんだって)
 仕事が忙しくなくても、わざと犬にお預けをくわして楽しんでいるような男だ。ただし、さすがの上杉も面と向かって小田
切にそれを言うことはしなかった。
 「じゃあ、帰るぞ」
 「お疲れ様です。あまり度を越した淫行はしないように」
小田切の言葉に、上杉はさすがに眉を顰めた。





 待ち合わせの場所で、太朗は待っていた。
自分と違って忙しい上杉が時間通りに来なくても当たり前だと思っていたが、意外にも約束の5分前に上杉の車は太
朗の近くに止まった。
 「タロ」
 「ジローさん!」
 電話では話していたものの、こうして顔を見れば嬉しい。
太朗は自分でも気付かないうちに子犬のように車に駆け寄ると助手席に乗り込んだ。今日も太朗が高くて眺めが良い
と気に入っている車高が高い車だ。
 「タロ」
 車に乗ると、上杉は目を細めながら太朗の髪をクシャッと撫でてくれた。上杉の大きくて少し骨ばった手でこうされるの
が好きな太朗は、なんだか嬉しくてくすぐったくて、くふふと笑みを漏らしてしまった。



(可愛い顔しやがって)
 幸いにここは車の中で、このまま押し倒しても人目は無いはずなのだが・・・・・上杉はどうしても太朗が持っている大き
な紙袋の中が気になって仕方が無かった。
 「タロ、俺に渡す物があるな?」
 「うん、チョコ。すっごく考えたんだぞ?」
そう言いながら、太朗が紙袋から出したのは、大きな箱で・・・・・。
 「・・・・・タロ、俺にはシュークリームに見えるんだが」
 「ただのシュークリームじゃないんだって!中にプリンが入ってるんだよ?美味しいシュークリームに美味しいプリンが入っ
てるなんて夢の組み合わせじゃん!」
 「チョコじゃないのか?」
 「ほら、こっちの列のは中がチョコクリームなんだ。いっぱいあるからいっぱい食べれるだろ?」
 「・・・・・まあ、そうだな」
(全部食えば間違いなく胸焼けしそうだが・・・・・)
 まさか、太朗がチョコ以外の(本人はそうは思っていないようだが)菓子を買ってくるとはかなり想定外だった。
もちろん、太朗がこれを選ぶのにかなり時間を掛けてくれたのだろうということは想像が出来たし、くれるものは何でも嬉
しい。それでも、去年は歪ながら手作りのチョコをくれたのに・・・・・そう思っていると、上杉の耳に小さな呟きが聞こえて
きた。
 「だって、差、つけたいしさ」
 「タロ?」
 「・・・・・ジローさん、きっと色んな人からチョコを貰ってるだろ?俺がチョコあげたって、その中じゃ目立たないし・・・・・ガ
ツンとインパクト欲しくって・・・・・」



 去年のバレンタインは、初めてのことにワクワクしていて、上杉の嬉しそうな顔を想像するだけで楽しかった。
しかし、今年は・・・・・多分上杉は自分以外からもチョコをもらっているんだなあと考えてしまった。いくらヤクザとはいえ、
こんなにカッコいい上杉がもてないはずが無い。
そう思うと、普通にチョコを渡しても駄目なような気がして、ずっとずっと歩き回って、偶然このシュークリームを見付けた
のだ。きっと上杉は驚いてくれるだろうし、チョコじゃないと文句を言うかもしれないが、それでも全部のチョコの中で自分
の物が一番目立つ・・・・・太朗はそう考えた。
(でも・・・・・やっぱりチョコの方が良かったかな・・・・・)
 「・・・・・」
 俯きかけた太朗は、くいっと顎を掴まれて上向きにされた。目の前には、嬉しそうに笑っている上杉の顔がある。
 「タロは何時でも俺を驚かせてくれるな」
 「・・・・・ホント?」
 「今度は、俺が驚かせねえとな」



 どういった意味で太朗がチョコを選ばなかったのか、大人の上杉には何となくだが予想は付いた。
自分が1つもチョコを貰っていないと言っても信じられないだろうし、第一それ程にもてないのかと思われたくも無い。
それならば、太朗が考えて考えて選んだこれを、太朗と一緒に美味しく食べようと思った。太朗の愛情はもちろん独り
占めにしたいのは山々だが、さすがに10数個ものシュークリームを食べきる自信は無い。
 「よし、じゃあ今日はマンションでピザでも頼むか。デザートもあるしな」
 「うん!」
 受け入れてもらったと満面の笑みを浮かべる太朗にキスをしたくて仕方が無かったが、今は少しだけ我慢していよう。
今日みたいな日は、太朗の方からキスをしてもらいたいし、マンションの冷蔵庫に入っている特大のチョコレートケーキを
見て目を丸くする太朗の顔も早く見てみたい。
 「それにしても・・・・・俺達似た者同士だな」
(お互いに用意したのがチョコじゃないなんてな)
 「えー!!ジローさんと似てないよ、俺!第一まだ若いもん!」
 「・・・・・禁句だぞ、タロ」
 そう言うものの、上杉の機嫌はこの上も無く良い。
可愛い恋人が一生懸命考えて選んでくれたプレゼントを貰ったからだ。
 「行くか」
 そう言ってギアを入れながら、上杉はニコニコ笑っている太朗の横顔を見つめてふと思い付く。
(・・・・・今夜はチョコレートプレイをしても怒らないんじゃないか?)
どちらかといえば自分の思考が太朗というよりも小田切の方に近いことに、上杉は全く気付く事もなかった。





                                                                end





上杉&タロ編です。
今回は個人で出番の無かったあの方がゲストで出てます(笑)。