光華国4兄弟の場合








 「へえ、他国には変わった風習があるのですねえ」
 「うん、私も初めて聞いた。サランは?」
 「私も初耳でした。あ、黎、茶の用意は私が」
 「サランさんは座っていてください、僕がやりますから」
 大国光華国の王宮内の一室は、賑やかな声と笑顔で溢れていた。
それは、久し振りに蓁羅から莉洸が戻ってきた事もあるが、悠羽が先日西の国、日爛(にちらん)の国の使者から聞い
た珍しい話と土産物のせいもあるだろう。
 「でも、悠羽様から珍しい菓子が手に入ったからぜひ遊びに来るようにと突然使者が送られてきた時、本当に驚いて
しまって・・・・・。僕が帰るまでに菓子が腐ったらどうしようかと心配でした」
 「ああ、ごめんなさい、莉洸様。あんまり美味しそうだったから詳しい事を書き忘れてしまった。意外に私は食いしん坊
だな」
 「でも、分かります。こんなに綺麗な菓子は僕も初めて見ました」
 「本当に」
 「それに、とても美味しい」
 「頬が落ちる程ですね」
4人の視線は、机の上に置かれた綺麗な包みの中の物へと向けられた。



 西の国、日爛はそれ程に大国ではない。
四方を海に囲まれている事もあり、他国との貿易や文化の交流もそれ程に多くなかったらしいが、今回光華国皇太
子である洸聖と悠羽の婚儀の招待状を送ったところ、先ずは挨拶をと使者を送って来た。
 その使者が、悠羽にと持ってきたのが珍しい菓子、甘輝(かんき)だった。
それまで友好関係を結んできた国ではないことに加え、見たこともない菓子、そのうえ、やがて皇太子妃となる悠羽の
身体のことも考慮され、先ずは毒見係が甘輝を口にした。
 その瞬間の、毒見係の驚いた表情。
 「だ、大丈夫?」
心配になってしまった悠羽は思わず声を掛けてしまったが、その声で呆けていた毒見係は我に返って伝えてきた。
 「とても・・・・・とても、美味しいものでございます」
 「・・・・・本当?」
 「はい。味は今まで食したことのない甘さで、歯触りも良く、口の中に入れた瞬間にふわりととろけるようでした。日爛
の銘菓と聞き及びましたが、まこと、その名に偽りはございません」



 その言葉に恐る恐る菓子を口にした悠羽は、毒見係の言葉が真実だった事を知った。
そして、こんなにも美味しい菓子を自分だけが食べるのが申し訳ないと思ってしまい、サランや黎だけではなく、嫁ぐとい
う形で蓁羅へ行っている莉洸の様子も知りたかったので、半ば強引に使いを出したのだ。
 「でも、あの稀羅王が、たかが菓子を食べる為に、莉洸様を光華へお帰し下さるとは思わなかった」
 「ええ。僕も、駄目だと言われるかと思いました」
 「優しい方だな」
 「・・・・・はい」
 莉洸が頬を赤らめて頷いた。
少し見ない間に、随分大人びた表情をするようになったと思ったが・・・・・その雰囲気の中にはどこか艶やかさも感じて
しまう。
赤い目の武王と恐れられている稀羅だが、どうやら莉洸を愛しているというのは本当らしい。
(洸聖様にはきちんと話して安心させて差し上げよう)
莉洸の幸せな様子を見ていると悠羽も幸せな気分になり、それをサランや黎にも分けてやりたいと思った。
 「この菓子、まだ残っているんだ。どうだろう?日爛の国の風習を真似てみないか?」

 愛する者に、甘い菓子を贈る風習。
普段は自己主張のあまり出来ない女達が、愛しい相手に自分の愛情を伝える手段という事らしい。
それは、既に結婚している相手であったり、あるいは恋人であったり、片恋の相手だったり。渡す相手も意味も様々な
がら、皆その日を心待ちにしているという話を使者から聞いた時、悠羽は何と素晴らしいかと思った。
 言わなくても伝わる愛情もあるが、言わなければ分からない恋情もある。
それを甘い菓子に託して伝えるなど、日爛の民はなかなかに粋な文化を持っていると感心した。
 「私は、洸聖様に渡そうかと思う」
 「兄様に?」
 「甘い物はあまりお好きではないようだが、それでもどんな顔をして受け取ってくださるのか見てみたい。御使者の話は
今や王宮の者全てが知っているからな。どうだ、黎」
 「ぼ、僕は・・・・・」
 「サランも」
 「私など、差し上げる方がいらっしゃいません」
 「本当に?」
 「・・・・・」
 「莉洸様は、当然稀羅王に差し上げるでしょう?」
悠羽の頭の中には既にその光景は浮かんでいるようだ。
3人は顔を見合わせ、どうしたものかと悩んでしまった。



 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 賑やかな悠羽の私室とは正反対のように、静まり返った部屋の中、皇太子である洸聖、第二王子の洸竣、第四
王子の洸莱、そして蓁羅の王である稀羅の4人は、会話も弾むことなく一室にいた。
(全く、莉洸だけを帰せばよいものを)
 悠羽の招きに応じて莉洸が戻ってきたのはいいが、莉洸は1人ではなく稀羅も伴っていた。
表向きは、いずれ縁戚になる光華国の王族へのご機嫌伺いとなっているが、その実は光華国に里帰りした莉洸がそ
のまま戻らないかも知れないという疑念を捨てきれないせいだろう。
それも全て、始まりが強引過ぎた稀羅自身のせいだと思うが、莉洸の手前それは口に出して言えなかった。
 「・・・・・遅いですね」
 均衡を破ったのは洸竣だった
扉の方へ視線を向けながら、苦笑交じりに言葉を続ける。
 「一通りの話が済んだらこちらに来るということでしたが・・・・・話が弾んでいるのかな」
 「莉洸の顔を見るのも久し振りだしな。まさか、光華の外に出るとは思わなかったし・・・・・」
そう言いながら洸聖は稀羅に視線を向けるが、稀羅は椅子には腰掛けず、窓辺に背を預けたまま目を閉じている。
(纏っている雰囲気は変わったようだが・・・・・)
 初めて会った時は、もっと肌を切るような殺気を纏っていたはずなのに、今はかなり穏やかなものになっていた。
それも全て莉洸の影響と思えば、そこまで稀羅に対して大きな影響力を持つようになった弟が自慢に思えたし、同時に
もう自分達の手元には戻ってこないのだろうという寂しさも感じる。
 それにしてもと、洸聖も扉へと視線を向けた。
(本当に遅い)



 「お待たせしました!」
 元気な声と共に扉が開かれ、悠羽を先頭に莉洸、サラン、黎が続けて部屋の中に入ってきた。
(莉洸・・・・・)
離れていたのはほんの一時、それもここは莉洸の生まれ育った王宮内なので危険などあるはずがなかったのだが、それ
でもその顔を見て稀羅は安堵した。
 「・・・・・稀羅様」
 その莉洸は、片手に小さな箱を持っていて、それと稀羅の顔を何度も交互に見つめている。
 「莉洸?」
いったいどうしたのだと稀羅が続ける前に、莉洸は小さな声で言った。
 「あ、あの、この日爛のお菓子、とても美味しくて・・・・・稀羅様にも渡そうと・・・・・」
 「日爛の?」
何気なく手を伸ばして受け取ろうとした稀羅は、ふと先程、気まずい雰囲気を崩そうとした洸竣が話していたことを思い
出した。日爛の変わった風習の事を。

 愛する者に甘い菓子を贈る。

 この菓子を持っている莉洸は、当然悠羽からその話を聞いているだろう。
(それでも私にくれるのか・・・・・)
稀羅は少し気恥ずかしく思えたが、自然と口元を緩めていた。
 「ありがとう、莉洸」



 そんな稀羅と莉洸の様子を横目で見ていた洸竣は、オズオズと近付いてくる黎に向かって微笑み掛けた。
 「黎は?私にくれないのか?」
 「こ、洸竣様っ」
まさか催促されるとは思わなかったのか、黎は慌てたように周りの目を気にしたが、洸竣は更に黎に近付くとその後ろを
覗いた。
 「持っているではないか。黎、それは誰に渡す?」
 後ろ手に持っていた箱を見られたことに動揺しているのが目に見えて分かるものの、洸竣はわざとからかうように続けて
言う。臆病な黎には、こんな態度を取るのが一番いいのだ。
 「・・・・・洸竣様、あの・・・・・」
 「ん?」
 「あの、よろしかったら・・・・・口直しにでも、どう、ぞ」
 「口直し、ね」
あくまでも奥ゆかしい黎の口調は微笑ましいが、自分がどう想われているのかきちんと分からせた方がいいだろう。
洸竣は甘輝を一つ手に取ると、パクッと口に含んだ。噂以上の美味に自然と笑みが浮かび、その笑みをそのまま黎に
向ける。
 「こんなに良いものをくれて、お前の想いが嬉しいよ、黎」
 「洸竣様・・・・・」
見惚れたように自分を見つめてくる黎の髪を、洸竣は軽く撫でてやった。



(あれが甘輝か)
 洸竣が摘み上げた菓子を見て、洸莱は現物を見れただけで満足していた。
自身は甘い物が苦手だし、それほど欲しいと思っているわけでもない。ただ、幸せそうな莉洸の様子が見れたことは安
心出来て、洸莱は手元の書物に再び目を落とした。
この中で一番年少の洸莱には、まだまだ学ぶ事があるのだ。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 そんな書物の上に、不意に、先程莉洸や黎が持っていたのと同じ箱が置かれた。誰がそんな事をしたのか、視界に
入っていた指先だけでも十分に分かる。
洸莱は顔を上げ、目の前に立つ人に言った。
 「私に下さるのか?」
 「お勉強でお疲れでしょう。一休みされる時にどうぞ」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「ありがとう、サラン」
 普段と全く変わらない口調と表情のサランだが、箱を置く瞬間の指先が僅かに躊躇ったのを洸莱は見ていた。
どんな意味であれ、自分がサランの心を動かす存在ならばこれ程嬉しい事はない。
(ちゃんと、味わっていただこう)





 「寂しいですか、洸聖様」
 「・・・・・まさか」
 弟達のそれぞれの様子を感慨深く見ていた洸聖は、隣で笑う悠羽の頭上に視線を向けた。
 「兄弟想いの洸聖様だったら、絶対に寂しがるのではないかと思ったんですけれど」
 「・・・・・」
まさかその通りだとは口が裂けても言えない洸聖は、かえって怒ったような表情になってしまう。しかし、悠羽はそんな洸
聖の心の動きをきちんと読み取ってくれていた。
 「私がいるではないですか、洸聖様」
 「・・・・・悠羽」
 「私はずっと共にいます。はい、これ」
 悠羽の手の中にもあった箱。この中身が何であるかは、他の者達の反応で十分分かっていた。
これまでの洸聖ならば下らない風習だと切って捨てたかもしれないが、悠羽に贈ってもらって嬉しいと自分の心が叫ん
でいるのだ、嘘などつけない。
 「受け取って下さらないのですか?」
 なかなか手を出さずにいると、少しだけ心配した様子で見つめられてしまう。
弟達に負けてはなるものかと思った洸聖は、悠羽の手の中から箱を受け取ると、
 「私もお前に甘い菓子をやりたいが、今手持ちがないのだ。これで許せ」
 「・・・・・っ」
そう言って、悠羽の唇に口付けを落とす。
衆人の中での突然の行為に驚いたように目を丸くする悠羽を見て、洸聖はようやくふんっと溜飲を下げた。
(何時もやられてばかりではおらぬぞ、悠羽)



それは光の国の、のどかな午後の出来事だった。





                                                                end





光華国4兄弟編です。
日爛、いえ、日本のパロ名ですけどね(笑)。