竜達&昂也の場合
『』は日本語です。
『ねえ、ちょっと、グレン!ねえって!』
「・・・・・」
『俺の声聞こえてるだろ?なあって、ちょっとでいいから立ち止まってくれよ!』
ギャーギャーと煩い声が後ろから聞こえる。まるで泣くことでしか意思の疎通が出来ない子供のように、いや、そもそも
竜人の子供はこんなに煩くはない。
(これはこいつだからか?)
それとも、人間は全て煩いのだろうかと、紅蓮はもうかなりの距離を後ろに付いてきているコーヤを振り返った。
「何の用だ」
『うわっと』
いきなり立ち止まって振り向いたせいか、昂也は驚いて仰け反っている。
その様がおかしくて思わず口元が緩みそうになったが、コーヤは直ぐに体勢を整えて胸元から玉を取り出した。
(緋玉・・・・・)
この玉を見ると江幻を思い出すのであまり面白くはないのだが、これのおかげでお互いの言葉が通じるのも確かだ。
コーヤが何を言いたいのか知る為にも、紅蓮は自ら玉を持っているコーヤの手に自分のそれを重ねた。
「先程から何が言いたくて煩く騒いでいる?」
「甘い物貰いたいって思って」
「甘い物?」
いきなり何を言うのかと、紅蓮はその脈絡の無さに呆れてしまった。
自分では元気一杯のつもりだった昂也だが、一度寝ると死んだように眠ってしまうし、朝しばらくは身体がだるくて仕
方が無い。
歳のせい・・・・・と考えるには自分はまだ若く、これは疲れなのだろうと昂也は思った。
(疲れをとるものかあ)
ここには昂也の好きな漫画もお菓子も無く、自分を嫌いらしいグレンやコクヨーと会えば更に疲れてしまう。精神的な
安息を求めるのはなかなか難しいと思った昂也は、それを物理的なもので解消する事にした。
それが、甘い物だ。
疲れている時は甘い物を食べればいい。
それは迷信かもしれないが、昂也自身陸上部で運動していた時も、スポーツ飲料をよく飲んでいたし、甘い物自体が
嫌いではなかった。
『あ、そういえば、バレンタインのチョコも全部食ってたっけ』
好きな相手にチョコレートを送る、今では年中行事の一つであるバレンタインデー。
しかし、今時、それ程に真剣な思いを込めなくて渡してくる子も多いと思う。
現に、見掛けでは絶対に龍巳の方がモテル要素があるのに、子供の頃から貰うチョコの数は昂也の方が多かった。そ
れは多分に、異性として好きというよりも、友達として好きだという意味の物が多かったからなのだろう。
男とも女とも態度を変えずに付き合い、元々のガキ大将な気質から弱い者苛めは絶対にしない昂也はモテてきた。
その中で彼女が出来なかったのは本当に残念だが。
(でも、そうだよな、世話になっている相手に贈るっていうのも有りか)
こんな不思議な世界に日本の行事を持ち込むのもおかしいかもしれないが、そう考え始めるとどうしても昂也は世話
になっている相手にチョコを贈りたくなった。
シオンやソージュ、そしてアサヒ。ここにはいないコーゲンやケーナ、オマケにスオーの分も。
ただ、大きな問題が一つ。
それは昂也が無一文だという事だ。いや、この世界に来た時に着ていた制服のポケットを探れば2、3百円はあるかも
しれないが、そもそもこの世界で円が通じるはずが無いだろう。
そうなればもう現物を手に入れるしかない。
さっそく昂也は行動に移した。
シオンに聞けば。
「ここでは料理の調味以外の甘味はないと思いますよ。私達竜人は、そもそもそれ程食を重視しないのです」
と、申し訳無さそうに言われ。
コーシに聞けば。
「さあ。果実ならば甘い物があると思いますが、それ以外は思い当たりません」
と、困惑したように言われ。
「甘い物?食べたいとも思わないな」
ソージュには言下に言い切られてしまった。
他の少年神官達も同じ意見だったし、食堂を覗いて訊ねても、ここにはありませんと丁寧に言われた。
無いとなると余計に欲しくなってしまった昂也はもう一度始めから考え、ある結論に辿り着いたのだ。
この建物の中で一番権力のある者に聞くのが早いと。
「・・・・・」
コーヤの長い説明をなぜか最後まで聞いてしまった紅蓮は、最終的な結論をニコニコしながら言うコーヤをじっと見下
ろして言った。
「そんな理由で、お前は甘い物が欲しいのか?」
「え?真っ当な理由だろ?」
(・・・・・そう考えるのはお前が人間だからだろう)
そもそも、世話になった相手に甘い物(チヨコと言うらしいが)を贈るなど、紅蓮の常識からは考えられない。
紫苑も蒼樹も浅緋も、紅蓮が命じたのでコーヤの世話をしたのであって、個人的な感情で動いたのではけしてないは
ずだ。
(そこに、江幻と蘇芳だと?なぜあ奴らに施してやらねばならん)
何より、今コーヤが世話になったと言って名前を挙げた中に、自分の名前が出ていないことが一番問題だった。
「コーヤ」
「何?」
「誰か忘れてはおらぬか?」
「忘れて?・・・・・ったっけ?」
コーヤは目線を上に上げて考え始めた。その表情は目まぐるしく変わっている。
眉間に皺を寄せたり、唇を尖らせたり、黒い瞳を左右に揺らしたり。本当に表情が豊かで、見ているだけで飽きること
はないが、
「無いと思うけど?」
「・・・・・」
返って来た言葉には、やはり面白くない思いを抱くだけだった。
「・・・・・」
「ねえ、もしかしてやっぱり無いんだ?チョコ」
「・・・・・チヨコというものがどんな物かは知らんが、甘い物などここには無い。私が好まないものを用意している必要は
無いだろう」
「そっか・・・・・残念」
目を伏せるコーヤの横顔を見て、紅蓮は少しだけ眉を顰めた。
(やっぱ、チョコなんて無いんだな〜・・・・・て、当たり前か)
チョコレートは加工品なので、そもそも食べる文化が無ければあるはずがないことは想像出来たが、はっきり言われる
と少しだけ寂しい気がした。
「ま、仕方ないか。ごめんな、呼び止めて」
不機嫌そうなグレンをこれ以上引き止めても悪いかと思い、昂也は緋玉を抱え直して立ち去る事にした。落ち込む
が、引きずらないのが昂也だ。
その時、
「・・・・・っ?」
意外に強く腕を掴まれ、昂也は引っ張られるようにグレンの胸にぶつかってしまった。
『ちょ、ちょっと、急に引っ張るなよな!』
自分よりもはるかに低い位置から、きっと睨み上げてくるコーヤ。王宮の中にいる者は皆自分を崇めるか恐れている
というのに、コーヤだけは対等に(紅蓮からすれば全く問題にならないが)自分に向かってくる。
人間のクセに生意気だと思うが、どこか小気味良くも感じてしまう。
そんなコーヤとこのまま別れるのは寂しいと思ってしまったのだ。
「果実ならある」
『へ?』
「緋玉を貸せ」
言葉が通じないと話にならないと、紅蓮はコーヤの手を掴んで緋玉の上に重ねて言った。
「甘い菓子は無いが、果実ならある。六果(ろっか)と言う小さな実だが、私が不味く思う程に甘い。お前の口には合
うかもしれないだろう」
「ろ、ろっか?」
「行くぞ」
そのまま、紅蓮はコーヤの手を掴んで歩き始める。
歩く歩幅を変えないのでコーヤはかなり急ぎ足になっているようだったが、手を握り締めている力は弱くしているつもりだ。
そんな風に気遣っている自分が、紅蓮は腹立たしかった。
グレンの口添えで、昂也は山程の六果の実を手に入れた。
見た目それはブドウに良く似ていたが、その甘さは酸味は全く無くて桃のような味だった。
視覚と味覚の差に始めは戸惑ったものの、久し振りの甘い果実は昂也の胃袋を満足させてくれ、これはいい手土産
が出来たとニンマリ笑う。
「はい、これ食べて疲れ取ってよね」
「私に、ですか?」
シオンも、
「・・・・・貰っても、良いのか?」
「食べて食べて」
ソージュも、
「珍しい六果の実だな。これはなかなか貴重なものだぞ」
「そうなの?」
アサヒも。
驚きと共に笑って受け入れてくれた。
その後で、これを分けてくれたのがグレンだと言うとかなり驚かれてしまい、あの男はもしかしてみんなに嫌われているの
かと余計な心配をしたくらいだ。
でも、それだけ貴重なものなら、スオーにも文句を言われないだろうし、コーゲンも喜んでくれて、ケーナも驚くはずだ。
(早く戻りたいな)
出て行った時から比べればはるかに居心地は良くなったが、それでもここは自分には敷居が高いような気がする。
昂也はこのとろける様に甘い果物を仲間と言える者達に早く食べさせたいと思い、六果を一粒口に入れながら早く
時間が経たないかなと考えていた。
『あ!青嵐に食べさせてあげるの忘れてた!』
end
竜達&昂也編です。
どちらかと言えば紅蓮&昂也編?でも、あんまり甘くは無いですけど。