「マコ!たーちゃん、よーちえんいく!」
 「え?」
 「よーちえん!」
 絶対に行くんだという自分の気持ちを見せ付けるように、貴央は真っ直ぐにマコを見た。何時もホワホワと優しく自分を見てくれ
るマコが、なぜか困ったような顔をしている。
 「たかちゃん、あのね」
 「いく!」
もう、絶対にそう決めたのだと、貴央はもう一度叫んだ。








 「こーちゃんは?」
 「今日は幼稚園の運動会なんだって」
 「よーちえん?」
 ピンク色の花が咲いた頃、公園でよく遊ぶ友達のほとんどが「ようちえん」という所に行くようになった。
もちろん、日曜日や、お昼ご飯を食べてからは遊べるのだが、朝起きてから公園に行っても小さな子しかいなくて、貴央は遊びま
わることが出来ないと寂しく思った。
 「マコ、よーちえんってどんなとこ?」
 「ん〜・・・・・たかちゃんくらいの子がたくさんいて、みんなで遊んだり、勉強したりするとこだよ」
 「たーちゃんは?」
 こーちゃんが行けるのならば自分も行けるはずなのに、どうしてよーちえんに行ってはだめなのか。
そう言うと、マコはもう少しねと、何かを我慢させる時に絶対に言う言葉を貴央に言った。
 「たかちゃんはまだ早いから。もう少し待と?」
 「や!」
 「でも、今からじゃ幼稚園には行けないよ?」
 「やだ〜!」




 しばらくはマコのことが嫌いになってしまったが、悲しそうなマコの顔を見たら我慢しなくちゃと思うようになった。
それに、一日中誰とも遊べないというわけではなく、よーちえんから帰ってきた友達とは遊べる。
 ただ、友達の口からよーちえんの話を聞くたびに、貴央の胸の中にはモヤモヤとしたものが生まれていた。

 どうして、たーちゃんだけだめなんだろ?
 どうして、えんそくっていけないんだろ?
 バスにのって、いってきますって、出来ないの?

我慢は、貴央がわからないうちに溜まっていて。
ある日曜日、公園に行っても誰もいなかったことで爆発してしまった。
 「こーちゃんは?」
 「今日は幼稚園の運動会なんだって」
 「よーちえん?」
 また、よーちえんだと思った。仲間外れにされたことが悲しくて、置いてきぼりになったことが悔しくて、マコが困っているのも分かっ
ていたが、貴央はパカパカとマコを叩いてしまった。

 その夜は、マコがカイドーさんに貴央が意地悪をしたと言って、カイドーさんが怒ってしまうかと思ったが、マコは昼間のことをない
しょにしてくれたらしい。
 よかったと安心したが、それでもよーちえんに行きたいという思いは消えなくて、貴央はまたマコにみんなと同じ所に行きたいとお
願いした。
 今度もマコは困ったような顔をしたが、今度はカイドーさんに聞いてみると言って、その日、カイドーさんは貴央を前にやくそくが
できるかと聞いてきた。




 「やくそく?」
 カイドーさんは、貴央のパパだ。
友達のパパよりもおっきくて、こーちゃんのママもかっこいいわね〜っと言っていた。
 貴央はカイドーさんも好きだが、マコの方がもっと好きだった。いつも一緒にいてくれるし、抱きしめられたらフワフワで、気持ちが
いい。
カイドーさんは、

 「まことの次にお前が好きだ」

と言うので、貴央の一番はマコにした。きっと、マコの一番も自分だと思う。
 一番ではなくても、カイドーさんはとてもかっこよくって、貴央ともよく遊んでくれるが、怒る時はとても怖くて、貴央は何時もマコの
背中に隠れていた。
今も、笑っていないカイドーさんは怖いが、今日はマコの背中に隠れてはだめだとちゃんと分かっている。
 「嫌いな食べ物も全部食べることが出来るか?幼稚園で出された物は残したらいけないんだぞ」
 「・・・・・」
(ち、ちっちゃいトマトも?)
 ご飯は、マコよりもカイドーさんが作った方が美味しい。マコは時々、にがかったり、からかったりする。でも、ケチャップで絵をかい
てくれるのは嬉しい。
 「貴央」
もう一度名前を呼ばれて、貴央はパッと顔を上げた。きっと、嫌いな食べ物もカイドーさんが作ってくれたら美味しいと思うし、マ
コがケチャップで絵をかいてくれたら食べられる。
 「た、たべる!」
 「遊んだものの片付けも、1人でちゃんと出来るか?」
 「うんっ」
 それは、何時もやっていることなので大丈夫。
 「おはようとか、さようならとか、ありがとう、ごめんなさいって、ちゃんと言えるか?」
 「・・・・・」
 それは、自分が悪くないと思っても、ごめんなさいを言わなくてはならないのだろうか。
ちらっとカイドーさんを見ると、その目はちょっとこわい。
 「が、がんばる」
 「よし」
 できるとは言わなかったのに、頭を撫でてもらった。
慌てて顔を上げた貴央は、自分を見るカイドーさんの目がとても優しくなっているのが分かった。
 「無理はしなくてもいい。始めから全部出来ていたら、それこそ幼稚園には行かなくてもいいしな。ちゃんと勉強して、約束が
守れるように頑張れるなら、来年の春から幼稚園に行くか」




 それから、いくつもよーちえんに行って、マコと自分が一番たのしいと思ったところに行きたいと言った。自分も楽しかったけれど、
マコがいっぱい笑っていたよーちえんがいいと思った。
 「楽しみだね」
 「うん!」
 「人数が少し少ないけど、プールもあるし、いっぱい外で遊ぶんだって」
 「あそぶ!」
 こーちゃんとは違うよーちえんだが、友達はすぐにいっぱい出来るとマコが言った。マコは嘘を言わないので、すぐに友達がいっぱ
い出来るはずだ。
 「でもね、今度海藤さんとみんなで先生に会わなくちゃいけないんだ。挨拶をちゃんとして、自分の名前もちゃんと言わなくちゃ
いけないんだけど、大丈夫?」
 「できる!」
 「そうだね、たかちゃん挨拶は良く出来るけど・・・・・先生の前で海藤さんのこと、カイドーさんって呼んじゃ駄目なんだよ?」

 貴央にとってカイドーさんはパパで、マコはママというらしい。
どうしてと不思議に思うが、先生の前では、ちゃんとパパとママと言わなければならないとマコが言った。
 「でも、おっきーパパと、カイドーさんはちがうよ?」
 「あー、うん、そうだね」
 おっきいパパは遠くに住んでいて、時々遊びに来てくれる。
貴央のことを可愛いと言って、お土産もいっぱいくれるし、美味しいものもいっぱい食べさせてくれるけど、カイドーさんは何時も
困ったような顔をしていた。
 だが、どちらが好きかといえば、貴央はカイドーさんの方が好きだ。抱きしめられると安心するし、マコも何時も嬉しそうに笑って
くれる。
そのおっきいパパとカイドーさんの違いをどう表現していいのか、貴央は首を傾げて考えた。
 「カイドーさんは、たーちゃんのパパ?」
 「うん、そうだよ」
 「パパ・・・・・」
 「たかちゃんに急に変えたらって言うのは難しいか」
 マコは笑って貴央の頭を撫でてくれるが、なんだか出来ないよと言われるのは悔しい。
(カイドーさんを、パパ・・・・・)
もう直ぐよーちえんに行く自分は、ちゃんと考えなくちゃと思った。








 「おとーさん!」
 「・・・・・」
 「おとーさん?」
 「・・・・・ああ」
 考えて考えて、公園の友達や、マコが話しているママたちの話も聞いて、貴央が決めたのは「おとーさん」という呼び方だった。
「パパ」と「おとーさん」は、おんなじ言葉らしいと分かったからだ。
 その夜、お風呂の中でカイドーさんにそう言うと、すごくびっくりされたが、その後でもう一度呼んでくれと言われたので何度も呼
んだ。
マコの笑った顔は大好きだが、カイドーさん・・・・・おとーさんの笑った顔も大好きだ。
 「あのね、こんど、よーちえんにおとーさんもいくよ?」
 「ああ、面接があるらしいな」
 「せんせーにいいっていわれたら、たかちゃんもよーちえんにいけるんだよねっ?」
 「絶対に行かせるように頑張らないとな」
 「?」
 おとーさんが何をガンバルのかよく分からなかったが、よーちえんに行けるのももう直ぐだ。
(あ、でも、ゆーちゃんがないちゃうかも)
貴央がみんながいなくて寂しかったように、ゆーちゃんも寂しくて泣いてしまうかもしれない。だが、そういう時こそ、お兄ちゃんにな
る自分が言わなくてはいけないのだ。

 「ゆーちゃんはまだあかちゃんだから。もうすこし、おっきくなるまでがまんだよ」

 でも、その後も泣かれたらどうしようか。
 「おにーちゃんはこまるよなあ」
 「貴央?」
ゆーちゃんがいくら泣いても、我慢させなければならないと、今度お兄ちゃんになる貴央は頑張ろうと思っていた。








 「貴央、お父さんって言ったぞ」
 「えっ」
 「お前のことは?お母さんって言ったか?」
 「・・・・・マコのままです」
 「はは、面接の時はどうするんだろうな」
 「マコって言われるのも困るけど・・・・・ママって言われるのも複雑です」




それは貴央の幼稚園が決まる前の出来事だった。





                                                                      end






初めてのお礼SSは貴央視点。
子供の気持ちって難しい(汗)。