高須賀親子&聖編





 その日、夕食を終えた直後、朝からずっとタイミングを計っていた芳野聖(よしの ひじり)は思い切って口を開いた。
 「あ、あのっ、お時間いいですかっ?」
 「ん?何?」
 「どうした?」
 直ぐに返ってくる言葉は、そんな聖の気持ちを受け入れるもので、多分聞いてはくれるだろうと思っていた聖は安心した
ものの、自分の言葉の後にどんな反応が返ってくるのか不安になりながら、それでもこれだけは言っておかなければと、意
を決して言った。
 「お、俺は、花嫁にはなれません!」

 今年の春に高校生になったばかりの聖は、血の繋がっていない、いわば赤の他人の家に居候している立場だった。
再婚するはずだった母親が直前で失踪してしまい、頼る者がいない未成年の聖を引き取ってくれたのは、新しい父親に
なるはずだった再婚相手で、今もって聖はその家で世話になっていた。

 トップ企業家の42歳の高須賀圭史(たかすが けいし)と、その長男で、大学4年生でありながら、自分でたちあげた
コンピューターソフト会社の役員という立場の亘(わたる)。
 彼らは被害者の立場でありながら聖を保護し、不自由なく世話をしてくれているが・・・・・その意味が、なるはずだった
息子、弟というものとはあまりにも違うので、聖はとうとう2人に対し、思い切って抗議をすることにしたのだ。

 「お、俺は、女の子じゃないし、日本は男同士の結婚は認められてはいません、し」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「俺、自身、男を好きなわけじゃ、ないし、キス・・・・・とか、それ以上、とか、止めて・・・・・もらいたい、です」
(言った!)
 キスとか、身体を愛撫されるとか。相手が女性だったら・・・・・いや、まだ16歳にもならない自分には、セックスに関係す
ることは全て早いし、何より母親の身代わりで弄ばれるのは嫌だ。
聖は、なぜか自分を花嫁と言い、悪戯をする2人に向かって、分かってくださいと頭を下げた。



 亘はじっと聖を見つめ、続いて父を見た。
やれやれといったように苦笑を浮かべているその表情を見れば、父が聖の言い分に全く同意しないだろうということは容易
に分かった。
 もちろん、亘も同じ思いだ。
(せっかく、こんなにも可愛い子を自分のものに出来るんだ。手放す理由がないよ)
 父の再婚相手の連れ子。女の子だったら楽しかったのにと思いながら会った聖は、女の子に負けないくらい可愛くて、
亘はどうしても自分の手の内にいれたいと思ってしまった。
 女好きなはずの父まで聖を気に入り、その身体をも欲しいと思っているらしいのは意外だったものの、自分と親子なら
ば仕方がないかと諦めることが出来た。もちろん、自分も諦めるつもりはない。
聖は男同士ということに拘っているが、今時そんなカップルは多くはないがいないことはない。子供がいない夫婦だって同
じだ。お互いがお互いを欲しいと思い、求め合うのならば、性別など些細なことだった。
 「聖君」
 「・・・・・っ」
 亘が声を掛けると、聖は可哀想なほど震える。しかし、その怯えた表情は可哀想だという以上にそそって、そのまま立ち
上がると聖の横に足を着いて顔を覗き込んだ。
 「僕達のこと、嫌い?」
 自分の言葉に、聖は驚いたように目を丸くした。
(可愛い)
聖は自分に自信がないようだが、亘は聖以上に可愛い子はいないと思っている。だから苛めたくなってしまうのだが、それ
は聖にとったらいい迷惑だろう。
 「き、嫌いとか、好きとか、お、俺達、男同士なのにっ」
 「それでも、好きか嫌いか考えて?」
 「だっ、だからっ」
 「・・・・・」
 「だ・・・・・から・・・・・」
 逃げようとする聖を逃がさないために、亘は膝の上に置いてあった聖の手を掴む。
その時、ますます深く俯く聖の背後に立ったのは、亘が唯一適わないと思う父だった。



(全く、子供のくせに考え過ぎだ)
 高須賀はのっそりとイスから立ち上がった。
聖の母親を再婚相手に選んだのは確かに自分だったが、今となってはそれは、母親の後ろで緊張したように、小さくなっ
て立っていた聖をもっと間近で見たい・・・・・そう考えたからかもしれないと思っている。
 母親は華やかで押しの強い美女だったが、その息子である聖は大人しく、控えめな性格だ。これまで自分が付き合っ
てきたのは前者だが、聖にはなぜか引き込まれるように惹かれていった。
 歳とか性別は後の問題だ。聖が自分を選べば、そんな問題は全く気にするようなものではなかった。
ただ、自分の息子である亘まで、聖に惹かれて、引き下がらないと言い出したことには参ってしまったが、それが諦める理
由になどならない。
 まだ子供のくせに、聖は自分以上に色々考えているようだが、大人の自分が後は全て引き受けると考えているのだ、
そのままこの腕の中に飛び込んできて欲しかった。
 「聖」
 身体を屈め、首筋に吐息を掛けるように名前を呼べば、聖はチラッとだけ視線を向けてくる。小動物のようなその様に
高須賀は笑った。
 「亘の質問に答えてないぞ」
 「え?」
 「好きか、嫌いか」
 「だ、だから、男同士なのにっ」
 「それでも、どちらか答えろ。好きと、嫌い。どちらでもないって言うのは無しな?」
 自分と亘に挟まれた聖は、身体も気持ちも逃げることは出来なかったようで、やがて小さな声で、好きですと答えた。
 「で、でもっ、それは意味がっ」
 「あー、分かってるって」
恋愛感情ではなく、憧れの父、兄として・・・・・とは、言い過ぎかもしれないが、それに近い感情を抱いていると言いたい
のだろう。
 だが、自分は狡い大人で、自分の息子もしかりだ。自分達に狙われ、こうして腕の中に囲われた時点で、聖には逃げ
ることは無理だと諦めてもらうしかなかった。
 「聖が俺達を好きなことはな」
 「高須賀さん!」
 「あなた、だろ」
 「・・・・・っ」
 そう呼べと言い、素直な聖はずっと従っていたが、今はどうやら最後の反抗する機会だと思っているのか頑張っている。
どうするかなと、高須賀は困っているというのに楽しんでいた。



(ぜ、全然分かってくれてないっ)
 こんなにも必死で訴えた聖の気持ちを、高須賀親子は全くといっていいほど理解してくれていない。これ以上どう説明
していいのか分からなくて、同時に、彼らを説得する自信も無くて、聖はただ俯いて唇を噛み締めた。
 「聖」
 高須賀が背中から名前を呼ぶ。絶対にそちらは向かないと頑なに俯いていると、後ろから伸びてきた手は強引に聖の
顎を掴み、真上に向けられた唇にキスをされた。
 「んんっ」
 「また、抜け駆けだよ、父さん」
 顎を捕らえられているので逃げることも出来ず、たっぷりと舌を絡めたディープなキスをされた後、ようやく手を離された聖
はハアハアと荒い息をつく。
だが、
 「今度は僕だよ」
 「んぐっ」
 口を開けて息を整えていた聖は直ぐに亘に頬を捕らわれ、真正面からキスをしてしまった。
嫌だと、逃げたいと思うのに、もう何度もされて慣れてしまった2人のキスに、聖は意識しないまま縋るように亘の腕にしが
みついてしまった。
(俺・・・・・どうなるんだろ・・・・・)
 自分の言葉はどうやら2人には伝わらない。いや、なんだか曲解されているようだ。
とても適わないと思いながら、聖はこの先、彼らの言っていた期限である自分の誕生日に何が変わるのか、不安で怖くて
・・・・・ただ、どこか疼く気持ちもあり、何も考えたくないと目を閉じてしまった。





                                                                 end