西原真琴、誕生日編。
真琴はのんびりと歩いていた。
久しぶりに見る風景は、記憶の中にあるそれとは少しずつ変わっている。それを発見するのも楽しくてつい遠出をしてしま
い、気づけば辺りはかなり暗くなっていた。
「まず・・・・・っ」
あまり暗くなってしまうと心配される。真琴は慌ててその場から引き返したが、数分も歩いたところで向かいからやってき
た人影に気がついた。
「マコ」
「真ちゃん」
「どこまでフラフラしてたんだ?」
「ごめん」
やはり心配を掛けてしまったようで、弟の真哉(しんや)が迎えに来てくれた。申し訳なさと同時にくすぐったさも感じ、真
琴は小走りに駆け寄った。
「久しぶりだからつい歩き過ぎちゃって。ごめん、迎えに来てくれたんだろ?」
「・・・・・コンビニに行くついでだから。ほら、帰ろう」
真琴に気遣わせないように言いわけをしてくれたが、その手には買い物をした袋は持っていない。
(ホント、甘いんだからなあ)
7歳も年下だと言うのに、まるで兄のように世話を焼いてくれる真哉。真琴は笑いながらその手を取った。
真哉は一瞬真琴を振り返ったが、強引に繋いだ手を振りほどくことなく歩き続ける。思った以上に大きな手に、真琴は
改めて隣を歩くその姿を見た。
今年、地元でも有名な進学校の高校に入学した真哉は、成績も上位を守っていると母が言っていた。
身長もとうに真琴を追い越し、少し細身だがだいぶ大人に近づいている。上の兄2人が高身長で立派な体格をしてい
るので、もしかしたら真哉もやがて兄のようになるのかもしれない。
昔から、真琴にくっついてきて、小さいくせに何時も精一杯真琴を守ろうとしてくれた。だが、今は自分よりも小さな子供
ではない。眩しいほど、大人になっていた。
真琴はぶらぶらと繋いだ手を振りながら言う。
「こうして歩くの、久しぶりだね」
「うん」
「恥ずかしい?」
「どうして?」
言っている意味がわからないというように視線を向けてくる真哉は、傍から自分たちがどう見られるかはまったく気にしてい
ないらしい。昔から、妙に豪胆なところがあったようなと思わず笑い、ついで、真琴は目を伏せた。
「・・・・・真ちゃんがこんなふうに大人になっちゃうと、少し、自分が恥ずかしいな」
「マコ?」
「大学を卒業したのに、何時までもちゃんと就職してないし・・・・・。真ちゃんには、カッコ悪いとこ見せたくなかったんだけ
ど」
自分自身ではきちんとした目標があり、両親にもその説明はして了解は貰った。
だが、どう言おうと、今の自分はフリーターのようなものだ。いや、生活に苦労していない分だけ、フリーターよりも性質が悪
いかもしれないと思ってしまう。
真哉は、自分のことをどう思っているのだろうか・・・・・。そんなことがふと気になってしまい、思わず弱音のような本音が
口から洩れたが、返ってきた真哉の言葉は思いがけないものだった。
「俺は、マコのことを尊敬してる」
「え?」
真哉は立ち止った。手をつないで歩いていた真琴もつられて足を止め、自分をじっと見る真哉の目を見返す。
「ちゃんとした目標を持って頑張ってるから」
「真ちゃん・・・・・」
「俺も、マコに負けないように頑張る。今は何になりたいのか自分でもわからないけど、でも、マコみたいにどんなことをし
たって頑張ろうって思えるものを見付けたいって思ってる」
まさか、そんなふうに言われるとは思わず、真琴は真哉の言葉に目を丸くして、次いでじわじわと頬が熱くなった。
自分なんかを目標にしてもらうのは困るが、それでも頑張ろうと決意を固めてくれているのが嬉しい。
自分よりもよほどしっかりしていて、頭の良い弟。今までだってとても自慢だったが、今その気持ちはさらに大きくなる。
手をつないで、ゆっくりと歩いて。
やがて目の前に見慣れた家が見えてきた。
「・・・・・喧嘩、してないかな」
「案外仲良くやってたよ。あの人、大人だから」
「兄さんたちだって大人だろ」
「マコに関しては子供。でも2人で張り合ったって負けるって」
どんなふうに張り合っているのか、想像すると少し笑えた。実際に手を出すはずがないとわかっているが、190センチの
兄たちと、180半ばの彼が一緒にいる姿を想像するだけでなんだか迫力がある。
「マコッ、今日の野菜は丹精込めて作った一級品だからなっ!ビタミン、たっぷり補給させてやる!」
「バースディケーキは俺の手作りだ!土産にパンも持って帰らせるからなっ」
今兄たちは、実家の狭いキッチンで、真琴の誕生パーティーのために腕をふるってくれているはずだ。それぞれがその道
を極めているので安心だし、それ以上に自分に対する深い愛情を信じているので、どんな料理がテーブルの上に並ぶの
かとても楽しみだ。
「12月に入ってから、ずっとレシピ考えてたみたいだ。ったく、早くブラコンから卒業して、じいちゃんにひ孫を見せて欲しい
よ」
はあと溜め息をつく真哉に、真琴は興味津々に訊ねてみる。
「真ちゃんは?彼女いる?」
「俺は・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・いない」
「え〜、絶対モテるはずなのに〜っ」
頭が良くて、カッコ良くて、優しい真哉は絶対にモテるはずなのに、女の子たちはどこを見ているのだろうか。
そう自然に考えてしまう自分も相当重症なブラコンであることを、真琴はまったく気が付いていなかった。
「ただいま〜」
玄関を開けて家の中に入ると、さっそく美味しそうな匂いが漂ってくる。自然と頬が緩んだ真琴は、中から出てきた長身
の影にさらに笑みが深くなった。
「おかえり。寒くなかったか?」
「全然。雪が降ってなくて残念なくらい」
「そうか」
目を細めて穏やかに笑うその人は、普段着の上からエプロンをつけている。2人の家では見慣れた光景だが、自分の実
家でその姿を見るのは珍しくて仕方がない。
「すまなかったな」
その視線が、真琴の隣にいる真哉に向けられた。
だが、礼を言われた真哉の方は、なぜか眉間に皺を寄せている。
「別に、あなたのためじゃないですから」
「真ちゃんっ」
何度も実家に一緒に来て、真哉もその人となりを良く知っているはずなのに、どうもなかなか打ち解けてはくれない。
だが、当の本人である海藤は、そんな真哉の態度もまったく気にしていないかのように口元を緩めたまま、真琴に向かって
手を伸ばす。
無意識にその手を取った後、あっと気づいて真哉を振り返ったが、真哉は溜め息をついて先に靴を脱いだ。
「ごゆっくり」
「ば、ばか!」
実家の、それも玄関先で何をゆっくりするんだと言い返そうとしたが、さっさと奥に入ってしまった真哉の背中に向かって空
しく響くだけだ。
無意識のうちに膨らんでしまった真琴の頬を軽く撫でてくれた海藤の手に視線を戻すと、妙に楽しげな表情で笑い掛
けられた。
「準備は出来てるぞ」
「すみません、俺の誕生日の準備にかりだしちゃって・・・・・」
帰って来いと強く乞われ、忙しい海藤がようやく時間を空けて同行してくれたというのに、兄は真琴と2人きりにさせない
ためか、海藤を強引に手伝わせた。
家にいることも落ち着かなくて、真琴は散歩に出てしまったが・・・・・申し訳ないと思う真琴の気持ちとは違い、どうやら海
藤はそうでもないらしい。
「いや、楽しかったぞ」
「・・・・・本当に?」
「俺の作ったものをお前の家族に食べてもらえる。・・・・・ほら、行こう」
それが、社交辞令ではないと真琴もよくわかる。
「はい」
(兄さんたち、びっくりしただろうな)
いかにも仕事が出来ると言った雰囲気の海藤を、絶対料理など出来ないと踏んだのだろう。しかし、プロ並みの腕を持
つ海藤の手付きに、多分開いた口が塞がらなかったのではないだろうか。
いや、もしかしたら、負けじと頑張ってくれたかもしれない。
「真琴」
「え?」
ふと立ち止まった海藤が、真琴の耳元に唇を寄せてきた。
「誕生日、おめでとう」
抜け駆けでも一番に言いたかったと囁く海藤に、胸がじんわりと熱くなる。
「ありがとうございます」
今年もまた、海藤と一緒に誕生日を祝えたことが嬉しい。
家族の愛情も十二分に感じながら、真琴はどんなご馳走が並んでいるのかと子供のようにワクワクとする胸を押さえ、
皆が待つ居間へと海藤と一緒に足を踏み入れた。
end
この後の兄ちゃん’sの反応も気になります(笑)。