『皆さん優しくしてくれてるんです。仕事も大変だけど遣り甲斐があるし。周りが大阪の人ばかりだから何時も賑やかで、思っ
たよりも寂しくないです』



 「ここだ」
 「・・・・・」
 「ほら、顔が無表情のままだぞ。久し振りに響ちゃんに会うんだ、そんな顔しててどうする」
 「元々こんな顔だ」
 「・・・・・はいはい」
 呆れたように苦笑を浮かべる小篠(こしの)を一切無視して、西園寺久佳(さいおんじ ひさよし)は目の前の建物をじっと見
つめた。
掌中の珠と慈しんで愛してきた高階響(たかしな ひびき)が高校を卒業し、福祉関係の会社に就職してから3ヶ月以上経っ
た。
ゴールデンウィークも戻って来れなかった(2日しか休みがなかったので)為、西園寺はもうだいぶ響に会っていない感覚に襲われ
ていたのだ。
(電話やメールはするが、顔は見えないし)
西園寺自身忙しい身で、大阪まで(研修は1年間大阪で行われる)行くということも出来ない。
西園寺がじりじりとした焦燥感に襲われていた時、響が電話で楽しそうにそう言ったのだ。
目に見えないだけに、気になって仕方がなくなった西園寺は、無理矢理関西方面に所用を作り、早々にそれを済ませて今響
が働いている施設にやってきていた。



(響の話から良く出てくる名前・・・・・確か里中(さとなか)と言ってたか・・・・・)
 今、響は児童館の方へ回されているようだが、腕がまだ不自由な響にとって元気な子供の世話はかなり大変らしい。
そんな響をよく助けてくれるのが5歳年上の先輩社員で、休日もよく一緒に出掛けるという男だ。
調べさせたが、明るく世話好きで、今は・・・・・恋人はいないらしい。
 「・・・・・」
 響が自分以外の男に心変わりをするとは思えないが、東京と大阪という離れた距離が西園寺の苛立ちをかき立てる。
どうしても、今の響きの顔が見たかった。
 「・・・・・煩いな」
 「仕方ないだろ、児童館だ。中で聞いて来ようか?」
 「・・・・・いい、自分で行く」
昼過ぎ、どれ程の子供がいるのか、その建物の中では甲高い子供の声が響いている。
そもそも子供が嫌いな西園寺はその声を聞いただけでも眉を顰めてしまうが、それでも歩く足の速度は緩めなかった。
 「おっちゃん、だれ?」
 「だれー?」
 「せんせー?」
既に施設に話は通してあるのでそのまま小さな中庭に入ると、数人の子供が西園寺の姿に気付いて駈け寄ってきた。
さすがに4、5歳の子供相手に怒鳴ることはしないが、不審者(自分で言うのもおかしいが)にこんなに簡単にくっ付いてきても大
丈夫なのかと思ってしまう。
 「すいません、どなたですか?」
 その時、ようやく中から1人の男が出てきた。
見た目は20代半ば、いかにも好青年といった感じのその男の顔を、西園寺はもう書類上で知っていた。
 「保護者の方じゃ・・・・・ないですよね?」
出来るだけ標準語を話そうとしているのだろうが、微妙にイントネーションが違う。
 「高階響はどこだ」
 「響ちゃん?」
 「・・・・・」
(響・・・・・ちゃん?)
 その名前の呼び方が気に入らず、西園寺の纏っている雰囲気はますます冷たく硬くなる。
物珍しがって側に纏わり付いてきていた子供達も、不安そうな顔になって目の前の男・・・・・里中の身体にペッタリと張り付いて
しまった。
 「何の用か分からんけど、勝手に敷地内に入るのは止めてくれませんか?」
 西園寺の存在に圧倒されることもなく、堂々と言い返してくる男が気に食わない。
西園寺が言い返そうと口を開きかけた時、
 「久佳さん!」
耳に馴染む、しかし以前よりも元気な声が西園寺の耳に届いた。



 「びっくりしました、来てくれるなら連絡をくれたらお休みを貰ったのに」
 小篠と共に現われた響の丸く大きな目が自分を見上げた。
柔らかな唇が拗ねたように尖っているが、その目は嬉しいのだと明確に伝えてくれている。
西園寺は目の前に里中がいることも子供がいることも構わず、そのままギュッと響の身体を抱きしめた。
 「ひ、久佳さんっ?」
 「会いたかった・・・・・響・・・・・」
 それが、今の自分の気持ちの全てだ。
独り立ちしようとして頑張る響の後押しをする為に、会いに来る事を控えていたが、やはり声だけでは足りなかった思いの全てが
急に溢れ出てしまったようだ。
 「ひ、響ちゃん?」
 そんな西園寺を押し返そうともせず、自らも腕を回して抱きしめ返す響を、里中が途惑ったように見つめている。
 「・・・・・」
西園寺はチラッとその顔を見ると、口元に笑みを浮かべたまま不意に響にキスをした。
 「!」
 「・・・・・んっ」
 さすがに響は抵抗しようともがいたが、西園寺がその身体を離すはずがない。
むしろ里中に見せ付けるように存分に響の口腔内を蹂躙した後、ゆっくりと唇を離して言い放った。
 「悪いがこれは私のものだ。手を出そうとしてたのなら諦めてもらおう」
 「ひ、久佳さん!」
何を言うのかと響は慌てていたが、里中の驚愕と敵意が混ざったような表情を見れば西園寺の懸念が考え過ぎだという事は無
かったようで、むしろ早めに来て良かったと思ったほどだった。
 「ちゅーした!」
 「おっちゃん、、ひーちゃんとちゅーした!」
 その場にいた子供達が騒ぎ立てた。男同士のキスに驚いたというよりも、キスシーン自体に驚いてはしゃいでいる感じだ。
普段は全く眼中にない子供という存在だが、西園寺はふと思いついて子供達を見下ろした。
 「響は私にとって大切な存在だ。お前達、私がいない時は響を守ってくれ・・・・・誰からもな」
 「久佳さんっ」
 「おっちゃん、それせーぎのみかたやなっ?」
 「そうだ、正義の味方は悪者から王子を守るだろう?」
 「わかった!まかせとき!」
 「おれも!おれもひーちゃんまもる!」
 「わたしも!」
たちまち子供達を味方につけた西園寺を、小篠が呆れたように見つめていた。
 「王様体質は子供にも通用するものなのかなあ」
 「・・・・・響」
 「・・・・・」
 「怒ったか?」
 「・・・・・呆れました。久佳さん、子供達と一緒ですよ」
そう言いながらも、響の顔は笑っている。
(いい顔だ・・・・・充実しているのか)
淋しいと思うこともあるだろうが、響にとってのこの期間限定の1人暮らしは十分実になっているようで、西園寺はもうしばらく淋し
い時間を過ごすことを覚悟しなければならないようだ。
それでも、来年の春には、更に成長した響と出会えるのは確実だろう。
(その前に・・・・・)
今はもう少しこの甘い唇を味わいたい。
西園寺は子供達の喚声と里中の射るような視線をしっかりと感じながらも、今日の目的の一つでもある響の唇を再度味わうこ
とにした。





                                                                     end





社会人部屋のオムニバス「BAISER」、最後、第五弾は【籠の鳥】シリーズの西園寺&響です。

ただ今遠距離恋愛中の2人ですが、不安なのは西園寺の方かもしれません。

この見せ付けが里中の闘争心に火をつけなければいいのですが(笑)。