龍巳&碧香編





 「碧香(あおか)、今日はデートしようか」
 「・・・・・でえ、と、ですか?」
 その言葉だけでは何のことか分からないらしい碧香に、龍巳東苑(たつみ とうえん)は今度はもっと分かりやすく説明
をした。
 「デートって言うのは、恋人同士が一緒に出掛けて遊ぶこと。せっかく人間界に来ているんだ、碧香には人間界の綺
麗な所や楽しい所をたくさん見せたい」
 まだ、碧香の探す翡翠の玉の片割れ、紅玉が見つかったわけではなかったが、日々追いつめられるようにして紅玉を
探す碧香に気分転換させてやりたいと思ったのだ。
 「嫌?」
 「い・・・・・嫌、なんて・・・・・」
 「じゃあ、決まり」
 少し強引にしなければ、まじめな碧香は自分だけが楽しもうとは思わないだろう。龍巳は着替えた碧香の白い手を引
いて、家のある森を下りて行った。



(でえと・・・・・)
 龍巳に手を引かれて歩きながら、碧香は戸惑いと同時に嬉しさも感じていた。
王家に生まれ、父や兄からも可愛がられてはいたものの、家族以外から向けられる感情はほとんど尊敬の念というもの
で、愛だの恋だのという感情は、碧香も龍巳と出会って初めて知ったのだ。
 「あ、あの、東苑」
 「ん?」
 「私は何をしたらいいんでしょうか?どんな作法があるんでしょう?」
 「・・・・・作法」
 自分の言葉を聞いて足を止めた龍巳は、少しだけ驚いたように碧香の顔を見下ろしていた。その目の中には軽蔑の
色は無かったが・・・・・。
(わ、私、変なことを言ったのか?)
 どうしようと碧香は内心焦ってしまうが、感情を表に出すことは苦手なために表情はほとんど変わらない。
しかし、碧香の感情の機微をよく見てくれている龍巳は直ぐに気付いてくれたようで、何もしなくていいからとそのまま抱き
しめてくれた。



(そっか、竜人界ではデートって言わないのか)
 文化の違いに改めて気付かされるが、そう考えると碧香の初めてのデートの相手は自分だということになる。
紅玉探しのために一緒に出かけるのとは全く違うその意味を碧香は気付いてくれているのかどうか・・・・・顔を見れば、龍
巳にはよく分かった。
(ちゃんと、意識してくれている)
 ほとんど変わらない表情は、それでも戸惑いの色を浮かべていて、抱きしめている身体も緊張しているように強張ってい
る。
 「さっきも言ったろ?恋人同士が一緒に出掛けて遊ぶことに、作法なんてないよ」
 「でも、私は人間ではありません」
 「それでも、俺の恋人じゃない?」
 「・・・・・」
 「変な言い方になるけど、俺は人間じゃなくって、碧香が好きなんだ。だから、碧香の笑っている顔が見たいし、そのため
に喜ぶ場所に連れて行ってやりたい。まだ高校生の俺に出来ることは限られているけどね」
 社会人なら車が、せめてバイクを運転出来れば色んな所に行けるが、情けないが、自分が取れる方法は公共の交通
機関か、自転車か、徒歩。
珍しい食べ物や品物を買ってやることも出来ない。
(改めて考えたら・・・・・情けないな)
 「・・・・・いえ」
 「・・・・・」
自分の思考に捕らわれていた龍巳は、小さな碧香の声に始めは気付かなかった。
 「いいえ、東苑は、私に素晴らしい世界を見せてくれています」
 「え?」
 「東苑といること自体が、私にとっては嬉しいことなんです」
 「碧香・・・・・」



 好き合っている者同士が、こんな風に共に出掛けるなんて、碧香は今初めて知った。いや、龍巳と会ってから、碧香は
新しい感情を次々に気付かされているのだ。
 「こうして・・・・・共に歩くだけで、私にとっては十分に嬉しいことです」
 「・・・・・うん」
 龍巳も笑ってくれて、再び碧香の手を引いて歩き始めた。
紅玉探しの時にも何度も通ったこの道が、今日はなんだか違ったように見えるのは自分の気のせいかもしれないが、それ
でも碧香はそんな自分をおかしいとは思わなかった。
 「どこに行こうか。エイガは・・・・・ちょっと違うか。ユウエンチも、碧香には疲れるかもしれないし」
 「・・・・・」
 「美味しいものっていっても、ラーメンは碧香には似合わないよな」
 「・・・・・」
 龍巳の口から零れている言葉の意味はほとんど分からないが、きっと、彼が自分のために一生懸命考えてくれているこ
となのだろう。一つ一つの意味を聞いてみたい気もするが、見知らぬ宝石のように胸の中にしまっているだけでも楽しい気
もした。
 「・・・・・」
 ゆっくり、同じ歩調で歩いているうちに、碧香はふと気付いて聞いてみた。
 「東苑」
 「ん?」
 「東苑は、今まで《でえと》というものをしたことがあるんですか?」
 「・・・・・」
なぜか、自分の手を握る龍巳の手の力が強くなって、再び立ち止まってしまった。
(どうしたんだろう?)
どうしてこんな風に龍巳が困っているのか分からなくて、碧香は何かいけないことを言ってしまったのかと自分の方が心配
になってしまった。



 「東苑は、今まで《でえと》というものをしたことがあるんですか?」

 碧香の質問に深い意味は無いと思う。それでも、正直に答えていいものかどうか、龍巳は少し考え込んでしまった。
割り切った身体の関係とは違う、歳相応なデートというものは、正直言って片手で数えられるくらいしかしたことは無い。
 そのどれもが相手からの強烈なプッシュからだが、親友の昂也(こうや)にはそれを黙っていた。後から知られて随分拗ね
られたものだが、碧香の反応はその昂也と同じようなものだろうか?
 「・・・・・」
(いい気持ちはしないだろうけど・・・・・)
 「東苑?」
 何時までも黙っていれば、余計に碧香の不安は大きくなってしまう。その前にと、龍巳は正直に・・・・・ただ、少しだけ意
味を変えて言った。
 「自分からデートに誘ったのは、碧香が初めてだ」
 「・・・・・私と、同じ?」
 「うん」
 嘘ではない。多分、こんなにも誰かを愛しいと思ったのも碧香が初めてだと思いながら、龍巳は嬉しそうに目を細める碧
香の頬にキスをした。
 「デートの終わりには、唇にするよ」
それは作法ではない。好き合っている者同士の、当然の権利なのだ。





                                                                 end