TECHNICIAN








 取引先から戻ってきた北沢慧(きたざわ さとし)は、今が丁度午後3時の休憩時だということに気が付いた。
普段は仕事中にちょっかいを掛けると怒鳴ってくる可愛い恋人も、休憩時間は呼び出しても構わないだろう。
そう思うと慧の頬には悪戯っぽい笑みが浮かんで、何と言って呼び出そうかと楽しげに秘書室のドアを開けた。
 「・・・・・?」
 何時もは上司に付いて出かけている者以外、3、4人は必ず居るはずの部屋の中には1人の人影もなかった。
(どうした?)
何があったのだろうかと思った時、部屋の奥にある給湯室の方から声が聞こえてきた。
 「私は意外と尾嶋室長だと思うわ」
(尾嶋?)
それは、自分(専務)の秘書でもあり、秘書室をまとめる室長、尾嶋和彦(おじま かずひこ)の名前だ。
 「そうね〜、結構遊んでそう」
 「大人だしね」
 「やだ、何、その含みのある言葉」
 「・・・・・」
(おいおい、いったい何の話をしてるんだ?)
 基本的に秘書室は女の園だ。何人かの男の秘書もいるが、ここには社内でも選りすぐりの才色兼備の女達が在籍し、その
上昇志向もかなりはっきりしているので、周りが言うほど鼻の下をのばしている事も出来ない。
そんな彼女達の息抜きが午前10時と午後3時の15分間の休憩だということは知っていたが、その時にどんな話をしているか
などまでは知らなかった。
 時々慧の可愛い恋人は、

 「皆さんパワフルですよね」

と感心したように呟いていたが・・・・・。
(そういえはいずみは?)
 慧の恋人であり、新米の秘書でもある松原いずみは、この秘書室の中でも一番下っ端だ。
かといって苛められているというわけではなく、いずみ自身は隠しているつもりの慧との関係にとっくに気付いている彼女達に玩具
にされているという感じだが、その可愛がられているいずみはどこに居るのだろうか?
慧がそう思った時、彼女達の1人が言った。
 「ねえ、いずみ君はどう思う?」
 「お、俺ですか?」
 「・・・・・」
(いたのか)
 どんな内容かは分からないが、話を振られたいずみは少し考え込んでいた。
 「ど、どうだろ?」
 「やっぱり、尾嶋室長だと思う?」
 「尾島さんは、えっと・・・・・確かにそう思えますけど・・・・・」
何を話しているのかは分からない。
それでもいずみの口から自分の名前ではなく尾嶋の名前が零れてしまうのは面白くなく、慧の眉間の皴は深くなっていく。
 「どう?」
 「・・・・・あ、あの、結構、専務も・・・・・」
 「!」
(俺かっ?)
 「え?専務?」
 「は、はい、専務も、その・・・・・」
 「な〜に、それ実体験から言ってる?」
 「そ、そんなことありませんよ!」
からかうように言われ、必死で否定している様子のいずみ。
その態度からして、どうもセクシャルな話のようだと思った。
(もう少し聞いてみたいが・・・・・)
自分が居ないところでいずみが自分の事をどう思っているのか聞いてみたい気はするものの、その時の赤くなる可愛い顔をその
気が無いとは分かってはいるが他の人間には見せたくないとも思う。
ここは助け舟を出して株を上げるかと、慧はわざと靴音を鳴らして近付き、給湯室のドアを軽く叩いた。
 「何楽しそうな話をしているんだ?」
 「せ、専務っ?」
 突然の慧の登場にいずみはワタワタと焦っているが、他に3人居た秘書達はまるでその存在に気付いていたかのようににっこり
と笑って言った。
 「お帰りなさい、専務。室長はご一緒ですか?」
 「尾嶋は部長に用があるからと分かれたが」
 「・・・・・今、お帰りですか?」
 「ああ、今」
いずみに聞かすようにゆっくりと言うと、3人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
 「いずみ君、専務のお世話、お願いね」



 専務室に入った慧は、いずみがドアを閉めた瞬間にその身体を後ろから抱きしめた。
 「!せ、専務っ、仕事中です!」
 「今は休憩時間だろ?」
 「そ、それでも、会社で・・・・・」
 「さっきの話、何のことだ?」
 「え?」
 「給湯室で話してただろ?他は尾嶋だと言ってた時、お前は専務もと言っていた。それってどういう話なんだ?」
 「!!」
そこまで聞かれていたと思わなかったのか、いずみの顔は一瞬で真っ赤になり、次には焦ったように青くなった。
苛めるつもりは無いのだが、社会人になっても素直な感情表現をするいずみが面白くて可愛くて、慧は更に意地悪くその耳元
に唇を寄せるようにして囁く。
 「いずみ、答えろ」
 「・・・・・っ」
 抱きしめている細い身体がビクッと震えるのを楽しみ、慧はさらに身体を軽く揺する。
 「いずみ」
 「あ、あの・・・・・」
 「ん?」
 「えっと・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「キ、キスが、上手そうな人はだ、誰かって話で・・・・・」
 「ああ、そうか」
(それで尾嶋の名前が出たのか)
尾嶋の武勇伝を知っている慧にすれば頷けない話ではないが、自分が負けているとも思わない。
しかし、実際に秘書達の口から出てきていたのは尾嶋の名前だったので、面白くないなとは思った。ただ、そこにはいずみもいた
ので、もしかしたら気を遣って慧の名前を出さなかったのかもしれないが。
(ああ、でもいずみは俺の事を言っていたか)
 口ごもってはいたものの、いずみは確かに自分の名前を出していた。それが実体験に基づいての意見なのかどうか、慧はじっく
りいずみに聞いてみようと、腕の中でその身体を反転させて向き合った。
 「いずみは誰だって答えたんだ?」
 「お、俺は・・・・・えっと・・・・・」
慧がどこまで話を聞いていたのか分からないいずみは、何と答えようか頭の中で必死で考えているのだろう。
目まぐるしく変わっていく表情を見ているのは楽しく、本当はもっとからかっていたかったが、ふと時計に視線を向けるとそろそろ休
憩時間が終わりそうだ。
 「タイムリミットだな」
 「え?え?」
 「濃厚なのはまた後でな」
 そう言うと、慧はわけが分からないという表情のいずみに口付けた。
 「んぐっ」
本当はもっと深いキスをしたいのだが、会社ではとても無理だ。
それでも、慧のキスが上手だと思えるほどにキスを交わしてきたのだ、抵抗しようと伸ばされたいずみの手は、自然に慧の背中に
回る。
きゅっとしがみ付かれると、慧の中のいずみへの愛おしさも更に強まった。
(あ〜・・・・・早く食いたいな・・・・・)
唇だけではなく、いずみの全てを味わいたい。
慧はそう思いながら、息苦しくなったいずみが思わずその足の脛を蹴ってしまうまで、かなり長い時間深く濃厚なキスを続けてい
た。





                                                                     end





社会人部屋のオムニバス「BAISER」、第三弾は【突然?!】シリーズの慧&いずみです。

実は最後までいっていないこの二人(笑)。

いずれはちゃんとさせてあげないと慧が気の毒ですね。