天使襲来
「おい、今度の新入生の中に、あの日向組の息子がいるらしぞ」
「うえ〜、ヤクザかよ〜」
「でも、日向組はそんなに評判悪くないだろ?」
「それでも、ヤーさんには変わりないしさ〜。どんな奴だと思う?」
「きっと、柄悪いんじゃないか?」
「・・・・・以上、新入生総代、日向楓」
新入生150人の代表として広い体育館のステージに立った楓は、にっこりと完璧な微笑を浮かべて、呆然としている校
長を始め、教職員や在校生に優雅に一礼した。
「お、おい、ホントにあれが日向の・・・・・?」
「同姓なだけか?」
入学試験で、一番の成績の者がなる総代に立つということは、かなり頭も良いはずだ。
そして・・・・・その容姿。
けして女っぽいわけではないのに、ほっそりと綺麗な立ち姿は清らかで美しく、一瞬見せる表情は妙に艶麗な様で、楓はこ
の一瞬で不特定多数の男達を虜にした。
それからの楓の日常は、常に取り巻きと呼ばれる男達に囲まれていた。
それで天狗になるというわけではなく、楓はどんな相手にも笑顔で対応し、柔らかな物腰を崩さなかった。
そのせいで勘違いする男達も数多くいたが、楓があまりにも幼く清らかな為に、なかなか手を出せずにいた。
「あ、日向、今度ライブ行かない?」
「牧村君と一緒に行きたい人はたくさんいるよ」
「俺は日向と行きたいんだけどな」
「夜遊びしたら怒られるから」
ごめんねと言いながら取り巻きと立ち去る楓の後姿見送っていると、一緒にいた悪友が笑いながら言った。
「お前、日向狙いなわけ?高望みし過ぎ」
「・・・・・一回抱いてみたいんだけどなあ」
「高校1年生が言うセリフか」
「化けると思うんだけど・・・・・」
中学の頃からかなり遊んでいる徹は、それなりの経験を積んでいた。快楽主義の性格のせいか、それは女も男も好みな
ら構わないといったスタンスだったが、楓はそんな徹のストライクゾーン真っ只中・・・・・というか、まさに理想だった。
(一度でもいいから抱ければなあ)
高校に入学してから1ケ月あまり、それまでは大人しくしていた徹もそろそろ解禁かと夜の遊びを再開した。
それなりの容姿の徹は毎晩誰かを連れ歩いて、それなりに楽しい時間を過ごしていた。
「あ、珍しい、天使だ」
「天使?」
ある日、その日会ったばかりの少年とホテルに向かっていた徹は、突然の少年の言葉に聞き返した。
「何だ?天使って」
「知らないの?時々街で見かける子だよ。すっごく綺麗なんだけど近寄りがたくってさ、見ているだけで十分って感じなん
だ。言葉で説明するより見たら分かるよ」
「へ〜、どんな子だ?」
「あんたみたいなの、絶対相手にしてくれないよ」
からかうような少年の言葉を聞きながら、徹はざわめいている人垣に目をやる。
中心にいるのは、小柄でほっそりとした人物で・・・・・。
「・・・・・日向?」
学校では見たことのない、冷ややかできつい眼差しをしていたが、それは間違いなく楓だった。
何時ものような天使の微笑ではないが、その表情はドキッとするほど蠱惑的で・・・・・魅力的だった。
思わずふらふらと歩み寄った徹を周りの者は胡散臭そうに見たが、当の少年はチラッと視線を向けて言い捨てた。
「邪魔」
「お前、日向だろ?日向楓」
「・・・・・それが?」
「それがって、優等生のお前がこんなとこに・・・・・」
「人違い」
切り捨てるように言うと、楓はそのまま立ち去っていく。
その後ろに寄り添うように付いていた背の高い、えらく顔のいい男が射るように徹の顔を睨み、また無言で楓の後を付いて
行った。
徹は何も言えないまま、その場に突っ立っていた。
翌日、徹は珍しく早い時間に登校し、校門で誰かを待っていた。
「・・・・・」
そう時間を置かず、目当ての人物は相変わらず何人かの取り巻きを連れて登校してきた。
「日向」
「おはよう、牧村君」
にっこりと天使の微笑を向けてくる楓は、夕べとは正反対の雰囲気だ。
「・・・・・詐欺だな」
思わず呟いた徹に、楓は可愛らしく首を傾げる。
「どういう意味か分からないよ?」
「あれ、秘密?」
「秘密って何?牧村君、何か勘違いしてない?」
「・・・・・」
「じゃあね」
そのまま徹の隣をすり抜けようとした楓は、一瞬徹の目を見て口を動かす。
その意味を尋ねる前に、楓はさっさと歩いていた。
「おはよう、日向!」
「おはよう」
「楓!おはよう!」
「おはよう、早いね」
次々と掛けられる声に答えながら校舎に向かう楓を見送り、徹は今の楓の口の動きを反芻した。
「『口は災いの元』・・・・・か」
(とんだ天使様だな)
今日も楓は、見惚れるような微笑を皆に見せる。
それはまさに天使の微笑だった。
end