哲生&小田切編





 「・・・・・」
 小田切は腕を組んだまま、反対側の道路をじっと見つめている。
その表情は完全な無表情で、元々の造作が整っているだけに、見る者には背筋がゾクッとするほどの怖さを感じさせてい
た。



 平日の夕方。
丁度ぽっかりと時間が空いた小田切は、ふと思いついて今一番気に入っている犬に連絡を取った。今日が休みだと言っ
ていたのを思い出したからだ。
外で夕食を一緒に食べないかと言うと、嬉しそうに即座に頷いている。電話の向こうで尾っぽがブンブンと揺れている様を
想像して、小田切も自然と楽しくなった。
 可愛い犬は自分の犬というだけではなく、小田切の立場からすれば敵対関係にある組織の犬でもあるが、その可愛さ
と健気さにほだされ、それでもまあいいかと傍に置いてやっている。
 犬は近くまで迎えに行くと言ったが、たまには待ち合わせもいいだろうと、事務所からはそう遠くではないが店の前で待つ
ように言った。
そして今、小田切の目の前には約束通り犬が待っていたが・・・・・。
 「なんだ、あの邪魔なものは・・・・・」



 少し洒落たイタリアンの店の前で、じっと小田切の到着を待っている犬。
その姿を見つけた時、自然と小田切の顔にはうっすらとした笑みが浮かんだが、しばらく様子を見ていると小田切の笑み
は直ぐに消えていった。
それは、犬に纏わりつく雌犬を見つけたからだ。
 丁度帰宅時間と重なったのか、行き交う人々の数は多い。
その中の若い女達が、小田切の犬に纏わりついているのだ。
 「・・・・・」
犬は、特別顔がいいというわけではないが、男らしい容貌は女からも好感をもたれるものだろう。
身体も鍛えているので堂々たるもので、一般的に言ってもモテルタイプだ。
 「・・・・・」
 人から忌み嫌われる者よりも、好かれる人間の方が価値があるのは確かだが、それを目の前で見せ付けられて、面白
いはずが無いだろう。
・・・・・いや。
 「・・・・・」
 小田切は急に口元を上げると、そのまま犬のいる場所まで向かった。
 「裕さん!」
直ぐに、犬は小田切の姿を見付けて、ぱっと笑みを浮かべた。優秀だ。
犬の前にいた2人の若い女達は、急に現われた美貌の主である小田切を見てぼうっと口を開けたまま視線を向けてきて
いる。
 「裕さん?」
 小田切はにっこりと笑った。
計算尽くされた艶やかな笑みに、女達ばかりか犬も目を見張っている。
 「待たせたな」
 「・・・・・っ!」
そう言うと同時にグイッと犬の胸元を掴んで引き下ろすと、小田切は少しの躊躇いも無く犬に口付けた。
ざわっと周りの空気が変わったようだが小田切は少しもひるまず、更に舌を絡める濃厚なキスを続け・・・・・やがてたっぷり
とキスを堪能した小田切は、唾液の糸を引きながら唇を離すと、女達に向かって言った。
 「私の犬はいい男だろう?」
 「い、犬?」
 「行くぞ、哲生」
 もう、この場には何の用も無い。
小田切がスタスタ歩き始めると、犬・・・・・哲生は慌てて追いかけてくる。
 「裕さん、お店・・・・・」
 「マンションに帰るぞ」
 「え?」
 「お前が食いたくなった」
 「!」
 哲生が息を飲む気配がする。
しかし、次の瞬間、バッと小田切の腕を掴んだ哲生はそのままタクシーを拾おうと手を上げていた。
 「くそっ、止まらねえっ」
焦ったような哲生の呟きに、先程感じた面白くない思いは帳消しにしてやろうと小田切は思う。
(さて、たっぷりと苛めてやろうか)
普通とは少し違うかもしれないが、それが小田切の愛情表現なのだ。





                                                                  end