冷たいキッス







                                                              
慧&いずみ





(何で俺はこんなところにいるんだ・・・・・)
 「ああ、慧君、久しぶりだな」
 「ご無沙汰をしております」
 次々に声を掛けてくる経済界の重鎮達に頭を下げながら、北沢慧(きたざわ さとし)はこんな退屈なパーティーを早く抜け
出したいとイライラしながら思っていた。
元々、今回のパーティーには社長である父親が出る予定だったのだが、急に海外への出張が決まってしまい、急遽専務であ
る慧が代理で出席することになったのだ。
(こんなクリスマスの夜にパーティーなんかするなよ)
 顔は穏やかに微笑みながら、慧は心の中で毒を吐く。
(本当なら今日はいずみと2人で出掛ける予定だったのに・・・・・)
チラッと視線を向けた先には、忙しそうに客の間を歩き回る松原いずみ(まつばら いずみ)がいた。



 パーティーというものに今だ慣れないいずみだったが、指導担当である先輩秘書の尾嶋の、

 「今日は君1人で頑張ってみなさい」

という言葉に奮起して動いていた。
もちろん尾嶋もパーティーには来ているが、ずっといずみに付いている事が出来るはずもなく、今日のパーティーが今年最後の
ものなので、色々と挨拶に回るのも忙しいらしい。
 とにかく、いずみは一度でも会ったことがある取引先の相手を見つけるごとに挨拶をした。
始めは強張っていた笑顔も、何時しか本当に浮かべることが出来るようになる。
(専務も頑張ってるかな)
 本当ならば、今日は食事をしようと誘われていた。
知り合って初めて迎えるクリスマスだから、絶対に時間は空けておくようにと、12月に入ったと同時に宣言されたくらいだ。
しかし、現実はこうして2人揃って仕事のパーティーに出ている。
なんだかおかしくなっていずみは笑みを深めたが、視線を向けた先にいる慧の姿を見てたちまち眉を顰めた。
(・・・・・何、あれ?)
 慧は、艶やかに着飾った女達に囲まれていた。
人妻っぽい年増の美女から、まだ若い令嬢風の美女まで、いずみの目から見ればデレッとだらしなく顔を緩めた慧に、いずみ
の胸のムカムカが一気に膨れ上がった。
(何なんだよ!俺なんか、こんなに一生懸命仕事してるのに!)



 「・・・・・いずみ?」
 視界の端に捉えていたいずみが、急に会場の外に出て行くのが見えた。
 「ちょっと、失礼」
 「あっ、北沢さんっ」
 「どちらに行かれるんですか?」
 「少し秘書に用がありますので」
まとわりついてくる女達を笑顔で振り切り、慧は足早にいずみの後を追った。
仕事に誠実ないずみがサボるとは考えられないので、気分でも悪くなったのかと思ったのだ。
 「いずみ」
 ロビーまで降りて一瞬姿を見失ったが、周りを見回すとガラス窓の向こうの中庭に見慣れた姿を見つけた。
慌てて外に出た慧は、ムッと自分を睨んでいるいずみにやっと気付いた。
 「いずみ」
 「専務のすけべっ」
 「なんだ、それは」
 「女の人に囲まれてデレデレして・・・・・仕事してないでしょ!」
 「女に囲まれてって、あれは向こうが勝手に」
 「勝手でも何でも、デレッとしてたのには間違いないです!」
 「・・・・・妬いてるのか?」
 「なっ、何言ってるんですかっ。お、俺はただ、専務があんまり不真面目だから、だから怒って・・・・・」
 急にしどろもどろになったいずみを、慧はギュッと抱きしめた。
 「せ、専務、離して下さい!誰かに見られたら・・・・・っ」
 「構わない」
(あんなに可愛い嫉妬されて、嬉しくないはずないだろう)
あまりにも分かりやすい嫉妬で笑いが零れてしまうが、少しも不快感は感じない。
むしろ、本当に好かれているのだと実感出来て、もっと拗ねて怒ってくれてもいいくらいだと思った。
 「すまなかった。せっかくのクリスマスを仕事で潰してしまって」
 「・・・・・」
 「本当はいずみと2人きりで過ごしたかったんだが・・・・・」
(そして、今日こそはいずみを抱くつもりだったんだが)



 ホテルの中庭とはいえ。12月の夜の風はさすがに冷たく、スーツだけでは身体が震えてしまうほどだった。
しかし、いずみは抱きしめてくれる慧の腕の中が温かくて、思わずその胸に頬を摺り寄せてしまう。
 「いずみ」
 「・・・・・今は、2人きりじゃないですか」
 仕事でもあるパーティーの途中で、おまけに何時誰に見咎められるかも分からない場所ではあったが、ちゃんとクリスマスの夜
に2人きりになっている。
 「・・・・・こんなにお手軽でいいのか?」
 「いい、です」
 好きだと思って、言葉でも伝えて。
もう数ヶ月も経つというのになかなか進展しない自分達。
先に進まないとと焦るいずみに対して、慧はその心も身体も熟すのを待ってくれているのだと分かる。
スケベなことを言い、早く身体も繋がりたいと言葉では言うが、実際に慧が強引な態度を取ったことはない。
だからこそ、大切に、特別にされていると、確かに実感することが出来た。



 「勝手に怒って・・・・・ごめんなさい」
 自分に抱きついたまま謝ってきたいずみの顔を上に向かせ、慧はそのまま唇を重ねる。
既に冷たくなっていた唇を温めるように、そっと舌で舐め、何度も角度を変えながら。
たとえ、今この瞬間を誰に見られても、慧は全く頓着はしなかった。



 「・・・・・」
 「いずみ」
 「・・・・・」
 「いずみ、目を開いて」
 耳元で囁かれ、くすぐったくなって肩をすくめたいずみは、やがておずおずと目を開いてみる。
そこには2人の唾液で唇を濡らした色っぽい男が、不適な笑みを浮かべていずみを見つめていた。
 「このままフケよう」
 「え?」
 「元々代理の出席なんだ、もう十分義理は果たした。今から2人きりのイブにしよう?」
 「・・・・・」
 本来なら、いずみの立場なら駄目だと言わなければいけないのだろうが、甘いキスと雰囲気にすっかり溶かされたいずみの理
性は全く役立たずになっていた。
 「・・・・・はい」
(今夜は・・・・・そうなのかな)
 覚悟を決める時が来たのかもしれない。
いずみがギュッと慧の腕を掴んだ時、
 「息抜きはそこまでですよ」
 「「!!」」
 反射的に慧の身体を突き飛ばしたいずみが慌てて振り向くと、そこには憮然とした表情の尾嶋が仁王立ちしていた。
 「お、尾島さん」
 「さあ、松原君、まだ挨拶は残っているよ」
 「は、はい」
名指しで呼ばれれば嫌だとも言えず、真面目ないずみは本来の仕事を思い出して慌てて会場に戻っていく。
残された慧は引き止める時間もなく、やがて溜め息をつきながら尾嶋を睨んだ。
 「お前なあ」
 「自分だけがいい思いをするなんて甘いですよ。私も洸との約束をフイにされたんですから、あなたも時間いっぱい働いて下さ
い」
(・・・・・なんだ、八つ当たりか?)
文句を言いたいが、言えば何倍かになって返ってくるのは経験上知っている。
慧はもう一度諦めの溜め息をつくと、重い足取りでゆっくりとパーティー会場に戻っていった。





                                                                   end







この段階では、2人はまだ最後まで致していません。
いずみもOKを出しているし、慧自身もやる気満々なんですが・・・・・。でも、今回は十分ラブラブ(笑)。近い内に明日は来そうです。