冷たい雪は熱く溶ける






                                                               
西園寺&響





 玄関のドアを開けた瞬間に目に飛び込んできたクリスマスツリーに、西園寺は硬い表情のままだった頬に笑みを浮かべた。
(何時も通りだな)
数年前までは、自分の家にこんなごくありふれた景色があるとは思わなかった。
家にはただ眠るだけに帰ってくるくらいで、ゆったりとした時間を過ごす場所などではなかった。
それが、自分が帰ってくる場所として大切に思い始めたのは、いったい何時からだっただろうか・・・・・。



 経営コンサルタント会社の若き社長である西園寺久佳(さいおんじ ひさよし)と、両親を亡くしたばかりの中学3年生であっ
た高階響(たかしな ひびき)は、奇妙な縁から同居人になった。
 一番最初に響がこの家に引き取られて来た3年前、前もって言っておくと前置きしてから西園寺は言った。
自分は誰かと暮らすことに慣れていないこと。
だから、人の感情の機微を読み取ることが出来ないということ。
それでも、響の存在を歓迎しているということ。
 まだ15歳の、それも両親を亡くしたばかりの子供に分かるかどうかの身勝手な心情だったが、響は真っ直ぐな視線を向けて
きて強く頷いて見せた。



 親子でもなく、兄弟でもなく、血の繋がりさえない赤の他人同士の同居生活。
いや、西園寺にとって響は当初から単なる同居人ではなかったが、響にとっては西園寺は大切な命の恩人とも言ってもよかっ
た。
 だからこそひたむきに慕い続け、何時しかその感情が特別なものとなって・・・・・3年後2人は紆余曲折ありながらもお互いを
愛しいと思い合う恋人同士になった。



 「ただいま」
 「お帰りなさい!久佳さん!」
 車の音で分かったのか、満面の笑顔で響は出迎えてくれた。
 「飾り付け終わったんだな」
 「うん、どう?」
 「綺麗だ」
笑いながら響の額にキスすると、響はくすぐったそうに笑いながら玄関ホールを振り返った。
 「今年は久佳さんがいなくて1人でしたから自信なかったんだ」
 「誰かに手伝ってもらわなかったのか?」
 「だって、あれは久佳さんと僕の2人のものでしょう?だから、あまり誰かに触って欲しくなくて・・・・・子供っぽいって分かってる
んだけど・・・・・」
 初めてお互いの想いが通じ合ってから迎えるクリスマス。
イベントには拘らなかった西園寺だが、響が関わると事情が違う。
 去年までも、同居人としてだがクリスマスを一緒に過ごした。
ツリーを飾り、ケーキやチキンを用意して・・・・・そんなクリスマスを送ったことがなかった(今はほとんど仕事で、それ以前は女と
セックスだけをして過ごしていた)西園寺は、途惑いながらも温かなそのホームパーティーを楽しむことが出来た。
全ては響の存在があったからだ。
 今年はやっと手に入れた幼い恋人が喜ぶ顔が見たいと、12月に入る前から色々考えていたのだが・・・・・それまでの行いが
悪かったのか、12月半ばから外せない海外出張が急に決まった。
それは西園寺以外の代理では回避出来ないもので。
 この時ほど、社長という自分の地位を恨めしく思ったことはなかった。



 言葉では言わないが、響もクリスマスをとても楽しみにしていることは知っていたので、西園寺はその話を切り出すのが怖かっ
たが・・・・・幼いながらも聞き分けのよい恋人は、『帰ってから一緒にパーティーしよう』と言ってくれた。
それが本心ではなく、気を遣って言ってくれているものだと良く分かっていた西園寺は、年内いっぱい掛かりそうな仕事を出来
るだけ詰め込んで終わらせ、今日のクリスマス当日に帰ってくることが出来た。
 「小篠と夏目は?」
 「約束があるんだって。去年までは一緒にお祝いしてたのにね。でも、昨日まではほとんど交代で来てくれていたから、寂しく
はなかったよ」
 「本当に?」
 「・・・・・久佳さんがいないのは寂しかったけど・・・・・」
 恥ずかしそうに笑う響が可愛くて、西園寺はコートを脱がないままで抱きしめた。
(一応、ちゃんとしてたか)
共同経営者で専務の小篠と、顧問弁護士である夏目に、自分が留守の間響を気をつけてくれるように頼んだのだが、どうや
ら2人はその言葉をちゃんと守ってくれたらしい。
元々、2人は響の事が気に入っていて、天涯孤独になってしまった響が寂しくないようにと、様々なイベントを企画して一緒に
楽しんできた。
(らしくもなく、気を遣ったんだな)
 2人には既に響と恋人同士になったとは伝えてある。
だからこそ、恋人として初めて迎える今日のクリスマスを、2人きりにしてくれたのだろう。
 「でも、昨日久佳さんから帰るって電話貰ってびっくりしちゃった」
 「突然帰って驚かせても良かったんだが、もし響が予定を作っていなかったらと思ってな」
 「そんなことあるはずないよ!クリスマスは大好きな人と過ごすんだから、久佳さんがいなくてもちゃんと家にいたよ?」
 「・・・・・ああ、そうだな」
 「でも、今日帰ってきてくれて嬉しい!」



(あ〜・・・・・久佳さんの匂いだあ)
 片手で西園寺に抱きついた響は、ほぼ2週間ぶりの西園寺の存在を身体全部で感じようとしていた。
言葉では大丈夫だからと言って見送ったが、寂しさは思いを通じ合わせる以前よりも大きかった。
これまでも長い出張は時折あったが、仕事だからと我慢出来た。置いて行かれるという寂しさも、絶対帰ってくるのだからと自
分自身に言い聞かせて誤魔化した。
 それが、恋人同士になると・・・・・微妙に気持ちの変化が生まれた。
どうして一緒にいてくれないのか・・・・・詰るような想いが生まれてしまったのだ。
それは、帰ってくるというのはもう前提条件になっていて、一緒の時間を過ごせないことを寂しく思うようになったからだろう。
(そんなんじゃ駄目なのに・・・・・)
 我が儘になったなと思う。
西園寺の愛情を当たり前のように受け取るようになってしまったと自嘲する。
 しかし・・・・・この自分も、今まで隠れていたかもしれない本当の自分だ。
西園寺ならば、どんな自分でも受け止めてくれる・・・・・響はそう思った。
 「響、顔をよく見せてくれ。会えなかった2週間にお前がどんなに変わったのか確認したい」
 「2週間じゃ何も変わらないよ?」
 「いや・・・・・十分長い時間だった。響・・・・・お前を抱きしめたくて仕方がなかった」
 「久佳さん・・・・・」
 会社では無口で、怖い存在らしい西園寺だが、響に対しては出来るだけ言葉を使ってくれるし、何より、優しい。
以前も浴びるほどに注いでくれていた優しさは、恋人同士になってからは更に甘く熱いものになった。



 「久佳さん、お風呂沸かしてあるよ。さっぱりして、ゆっくり休んで」
 「一緒に入るか」
 「・・・・・!ぼ、僕は料理を温めるから!」
 既に体の奥深くで繋がっている仲だというのに、響はからかうだけで真っ赤になって逃げ出してしまった。
その後ろ姿を笑いながら見送った西園寺は、もう一度ツリーに視線をやって、
 「・・・・・ん?」
ふと、違和感を感じてしまった。
 近くまで歩み寄って見ると、それは少し大きめの手作りの星飾りだ。
 「・・・・・」
何気なく手に取った西園寺は、それを裏返してハッと目を見張った。
 「・・・・・響・・・・・」

 【久佳さんと、ずっと一緒にいられますように】

小さな字で書かれた響の願い。
熱烈な愛の告白をされるよりも、心の奥底に響いた。
恋人になったのだから、これぐらいの言葉は直接伝えてくれてもいいくらいなのに・・・・・いや、だからこそ、直接には言えないのか
もしれない。
それまでは無邪気に言えた言葉や、何気なく触れることが出来た手も、想いが通じ合ったからこそ深く大切な意味になって、簡
単には何も出来なくなったのかも知れない。
 「響・・・・・」
 そうならば、代わりに自分が言葉に出してやろうと思う。
この先永遠に傍にいると。
響がこっそりとこんな願いをしなくてもいいほどに、息苦しく感じるほどに愛そうと思う。
(答えは直接伝えようか・・・・・)
 自分の言葉に響がどんな表情をするか・・・・・西園寺は頬に柔らかな笑みを浮かべて、響が待つ暖かなリビングへとゆっくり歩
いて行った。





                                                                     end







この先、響の卒業という一大イベントがあります。
恋人としても大人としても、少しづつ成長する響を、西園寺はきっと目を細めて見ていることでしょう。
西園寺・・・・・結構デロ甘な男になっちゃいました。