上杉&太朗編
何時もの公園で何時ものデート・・・・・いや、散歩の時間。
珍しく約束の時間よりも先にやってきた上杉滋郎(うえすぎ じろう)は、恋人である苑江太朗(そのえ たろう)がまだ来て
いないことに片眉を上げた。
羽生会というヤクザの組を率いている自分と、本当に普通の高校生である太朗。
偶然出会って、知れば知るほど欲しくなって、上杉は自分でもらしくないほどに時間を掛けて太朗をものにした。
歳はかなり離れているものの、今や自分達は立派な恋人同士だ。
何時もなら先に来ている太朗は、上杉を見た途端はじけるような笑顔で駆け寄ってくる。
それがないことが妙に不思議で、どことなく不安で、上杉はポケットから携帯を取り出した。太朗につけている護衛に連
絡を取ってみようと思ったのだ。
すると。
「・・・・・タロ?」
今まさに、公園の入口から走って入ってきた白い犬。それが自分と同じ名前のジローだと直ぐに分かった。
しかし、そのリードを握っているのは太朗ではなく・・・・・いや、どう見ても太朗のミニチュアとしか思えない子供だった。
「おい」
上杉は思わずその子供に声を掛ける。
すると、真っ直ぐに自分を見上げた大きな目は、まるで敵意を込めているかのように上杉を睨みつけた。
「ジロー!」
「・・・・・はあ?」
「兄ちゃんは今日遅刻しちゃって罰掃除があるから遅くなるって!ジローには用があるからちょっと待ってろっていっとくよう
に言われた!」
「・・・・・ああ、タロの弟か」
ようやく、上杉の中の記憶が蘇った。
初めて太朗の家に行った夜。
初めての訪問の時間にしては遅かったが、太朗の母佐緒里は上杉を招きいれ、その時は誤魔化すつもりだった自分の
気持ちをポロリと洩らしてしまった。
親としては色々思うところはあったようだが、昔は自身もかなり無茶をしてきたらしい佐緒里は、見て見ぬふりという態度
を取ってくれた。
その時、小学校3年生の太朗の弟も現われたが、寝起きで見た上杉に大声で泣いてしまい、その泣き顔しか印象に
残ってなかったのだが・・・・・。
(タロのクローンだな)
くりっとしたつり上がった大きな目も、ぷくっとした唇も、なによりその表情は太朗をぐんと幼くしたらこんな感じだろうという
イメージ通りの容姿なのだ。
思わずぷっとふき出した上杉に、ミニチュア太朗こと太朗の弟伍朗(ごろう)は、太朗そっくりの顔をして怒り出した。
「なんだよ!いきなり笑うなんてしつれーだぞ!」
「ん〜?失礼か?」
「そーだよ、兄ちゃんだって、ジローはよく意地悪するって言ってたもん!」
「・・・・・喜んでるぞ、お前の兄ちゃんは」
「うそだ!」
子供を苛めるつもりはなかった。
だが、反応が余りに太朗と似ているので楽しい。
自分の腰辺りまでしかない小さな身長を目一杯背伸びして大きく見せようとするその姿に、上杉は笑みが漏れてしまう
のを止められなかった。
そんな自分の態度がますます伍朗の怒りを誘っていることを十分分かった上でさらにからかおうとした時、
「あーーーーー!!ゴロー泣かせた!!」
先程の伍朗の出現の再現に、今度こそ上杉は盛大に笑い出してしまった。
「兄ちゃんっ、こいつしつれーだよ!」
「ジローさん、子供を苛めるってどういうことなんだよ!」
「苛めてないって。ただ、楽しく相手してただけ」
「ウソだ!」
「嘘!」
声を揃えて言う苑江兄弟は、かなり仲がいいのだろう。
太朗も大きい方ではないものの、やはり小学生の弟よりは大きい。その小さな弟を自分の腰に纏わり付かせたまま、その
弟を守るように上杉を睨んでいる。
どちらが正しいとかは、あまり関係ないのだろう。とにかく自分の弟が正しいと思い込んでいる『お兄ちゃん・太朗』を見る
のは初めてなので、上杉は大人しくそのお兄ちゃんぶりを見つめた。
「あのね、ジローさん、仮にゴローがジローさんに対して生意気なことを言ったんだとしても、そこで怒ったら大人じゃない
だろ?男ならもっと大きな気持ちでいないと」
「まあ、そうだな」
「その、俺だって遅刻しちゃう言い訳をゴローに伝えたのは悪かったかもしれないけど、こういう時はありがとって言ってやっ
て欲しかった」
「ああ、すまない」
これ以上太朗を怒らせるつもりもないので素直に謝ると、太朗は満足げに頷いて伍朗を見下ろした。
「ゴロー、ジローさんもちゃんと謝ったし、お前も謝れ」
「え〜、俺何もしてないもん!」
「喧嘩両成敗っていうだろ?大人のジローさんが謝ったんだから、お前も。どうせ生意気な口利いたんだろ」
「兄ちゃん・・・・・っ」
「ゴロー」
「・・・・・悪かったな!」
兄に促されてそう叫ぶように謝った伍朗は、直ぐにまた太朗にくっ付いてしまった。
(なんだ・・・・・ブラコンか)
上杉にとっての太朗は最初から欲しいと思う恋愛対象だったが、もしも伍朗のように幼かったら・・・・・きっと太朗のような
兄が欲しいと思ったかもしれない。
弟というだけで太朗の愛情を無条件に与えてもらう伍朗が羨ましく、反面、兄弟愛じゃなくて良かったと上杉は思った。
「よし、お詫びに冷たいものでも奢ってやる。来い」
「え、あ、でも」
「もう少しお兄ちゃんタロが見たいんだ、な?」
重ねて言うと、同じ様な表情をした大きな太朗と小さな太朗が顔を見合わせている。
食いしん坊なところも似ているのならば、きっと太朗は断わらないだろう。
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ。夕飯食べれなくなったら困るから」
そう言った太朗の顔と、その腰にしがみついたままの伍朗の表情はそっくりで、上杉は内心又笑い出したくなるのを堪えて
言った。
「じゃあ、もうちょっと付き合ってもらうか」
(もう少し、からかわせてもらうかな)
end