上杉&太朗編
「いらっしゃい、太朗君。事務所まで来てくれるのは久し振りですね」
「こ、こんにちは。仕事中にすみません」
恐縮したように頭を下げる少年を微笑みながら見つめた小田切は、おやとその様子に気がついた。何時もはこちらが
元気を貰うほどに明るい笑顔を見せる少年が、今日はどこか緊張した様子が見えるのだ。
(何か・・・・・あるみたいだな)
この少年のこんな顔は似合わない。幸いに、図体の大きな邪魔者は今頃仕事で部屋に詰めているので、この機会に
自分が美味しい役を頂こうと思った。
「時間があるのなら、美味しいケーキを食べませんか?」
大東組系羽生会で、小田切裕(おだぎり ゆたか)は会計監査という立場でいるが、どう言葉を変えたとしてもヤクザ
の組員の一員であることは変わりなかった。
そして、自分の上の立場にいる羽生会会長、上杉次郎(うえすぎ じろう)の恋人が、目の前にいる少年、高校生の
苑江太朗(そのえ たろう)だ。
ヤクザと高校生。とても結びつかない2人であるが、上杉は心底太朗を愛し、大切にしているし、若いながら度胸のあ
る太朗も、上杉のことを全て知った上で受け入れている。
先日は2人の父親達にも関係を知られてしまい、黙認という許しを得て、今のところ大きな問題はないはずなのだが。
「どうぞ」
丁度口直しに買っていたロールケーキを出してやったが、太朗はなかなか手を出そうとしない。
そんな彼の表情を注意深く見ながら、小田切は切り出した。
「丁度あの人は緊急に連絡しなくてはならない仕事がありましてね。30分くらいで終わると思いますが・・・・・その間
に、解決出来る問題ですか?」
「え?」
「私は、口は堅いですよ?」
太朗が何らかの問題を抱えているということは分かっていた。それでも、無理矢理聞きだすのではなく、彼から切り出
さなければならない。
そして・・・・・太朗はなぜか自分のことを信頼し、頼ってくれているので、口を開くこともそれほど難しいことではないだ
ろうと思った。
「ああっ?タロが来てるってっ?」
コーヒーを持ってきた組員が口から零した言葉に、上杉はパソコンの画面から視線を離して立ちあがった。
「か、会長!」
「最愛の恋人が会いに来てくれてるんだ、ここで行かなくてどうする」
渋々していた仕事を放り出すのにいい切っ掛けだと思った。いや、ここまで会いに来てくれた愛しい恋人に会わなくて何
が悪いと、堂々と胸を張って言える。
(大体、こんなもの俺が見なくったっていーだろ)
これは自分への嫌がらせの一つだなと思いながら、上杉は小田切の部屋へと足を向けた。
「お、俺、告白・・・・・されちゃって」
「・・・・・」
(告白?)
なぜか、少しだけドアが開いていた小田切の部屋の中から、太朗の途方に暮れた声が聞こえて、上杉は思わず足を
止めてしまった。
「それは・・・・・太朗君、モテるでしょうし」
「はっ、初めてですよっ?」
「それで?どう答えたんですか?」
「も、もちろん、断ろうとしたんですけど、その子、直ぐ逃げちゃって・・・・・」
「知っている子?」
「・・・・・知らない下級生です」
太朗と小田切の話を聞きながら、上杉はドアの横の壁に背を預けて空を見上げた。
(タロが・・・・・ねえ)
考えたら、少しもおかしいことではない。太朗はこの自分が惚れてしまうほどに可愛くて、カッコよくて・・・・・とにかく、最
高の少年だ。その太朗の魅力を、見知らぬその少女も気づいたのだろうが・・・・・。
(面白くはないがな)
「それで、太朗君はどうするつもりなんですか?」
「も、もちろん断ります!ただ、どういう風に言えばいいのか分かんなくって・・・・・俺、初めてのことだし」
「・・・・・じゃあ、試しに気楽に付き合ってみたらどうですか?」
「え?あ、あの、それって?」
「確かに、あなたはあの人と付き合っていますが、かといって結婚しているわけじゃない。軽い付き合いなら、同世代の
女の子としてもいいんじゃないですか?」
何を言うのだと、小田切の言葉を聞きながら上杉は眉を潜めた。太朗が断ると言っているのに、どういう意図で唆すよ
うなことを言っているのだろうか。
(あいつ・・・・・俺が聞いていること、分かってんだろーな)
「あの人だって、清廉潔白な身体ではありませんしね。それに比べたら高校生同士の可愛い付き合いなんて、文句を
言うことも出来ないでしょう。色んな相手と付き合ってみるのも、愛情を確かめる手段の一つですよ」
優しく微笑みながら言う小田切の言葉に、太朗は目を丸くした。
自分と上杉が付き合っていることを知っているのに、他にも付き合ってもいいだろうという考えがあるとは思わなかった。
(た、確かに、色んな人と付き合うことも、気持ちを確かめる方法としてあるかも知れないけど・・・・・)
「・・・・・俺、出来ません」
「太朗君」
「告白してもらったことは、本当に嬉しいけど・・・・・俺が好きなのはジローさんだし、そんな気持ちで付き合うのも彼女
に悪いし」
頭が固いのかもしれないが、好きな相手がいる今、わざわざ他の人間を見るつもりはなかった。
「明日、断ります」
「それでいいんですか?」
「はい。ありがとうございました。小田切さんに聞いてもらって良かった」
(俺1人だったら何時まで経ってもウジウジしてたかもしれないし、ジローさんに相談してたら、何か言われても反発して
いたかもしれない)
第三者の小田切の言葉は少し突拍子もなかったが、それでもありがたいと思った。
いきなりの告白に動揺して、ここまで来てしまったが、それも結果的に良かったかもしれない・・・・・太朗がそう思い、も
う一度小田切に礼を言おうとした時、
「そいつの言葉は聞くんじゃねーぞ、タロ。全て面白い方に仕向けてるだけだ」
「ジローさんっ?」
バンっといきなりドアが開き、慌てて振り向くと、そこにはふてぶてしい笑みを湛えた上杉が立っていた。
「告白してもらったことは、本当に嬉しいけど・・・・・俺が好きなのはジローさんだし、そんな気持ちで付き合うのも彼女
に悪いし。明日、断ります」
清々しいほどきっぱりと言い切った太朗の言葉を聞いて、上杉はくすぐったい思いがした。
駆け引きをするわけでもなく、純粋に自分を想い、そして告白したという少女のことを考える太朗が男らしいと思った。
この太朗を前に、女とのセックスを単に性欲処理とか、スポーツ感覚とか、考えていた昔の自分が恥ずかしい。
「ああ、色男登場ですか」
自分が現れたことに驚いていない小田切は、多分わざとドアを開けていたのだろう。太朗の来訪に上杉が気づかない
はずはない・・・・・そう考えていたに違いない。
(そのくせ、あんなふうに唆そうとするなんて・・・・・食えない奴)
「タロ」
「・・・・・聞いてた?」
恐々という風に聞いてくる太朗に、上杉は目を細めた。
「俺は地獄耳なんだよ、お前のことに限ってな」
上杉の言葉に太朗は困ったように眉を下げている。その表情を見て、上杉は上機嫌に笑う。
「モテルじゃねえか」
「・・・・・ジローさんほどじゃないけどっ」
「その俺が惚れてるんだ、お前の方がいい男だよ」
上杉はそう言うと、そのままソファに座っている太朗の傍まで歩いていき、上から顔を覗き込むようにして言った。
「俺を捨てないよな?」
「・・・・・っ、分かってること、聞かないでよ!」
「確認をしておきたいんだよ。お前は俺にとって、勿体ない恋人だからな」
それは冗談でも世辞でもなく、上杉が常に思っていることだ。
勿体ないくらい上等の恋人に振られないように、自分も常にいい男でいなければならない・・・・・上杉はそう思いながら、
楽しそうに自分達を見ている小田切に見せ付けるように、太朗の唇にキスした。
「馬鹿!ひ、人前で変なことすんな!小田切さんだっているんだぞっ?」
「安心しろ、タロ。いくら俺でも小田切の前でセックスはしないって。可愛いお前の可愛い姿を勿体なくて見せられない
からな」
「・・・・・いい男はそんなことしな〜い!!」
end