バレンタイン狂想曲
「あらら、な〜に?せっかくのバレンタインなのに、あんた達は貰う方じゃなくてあげる方なの?」
「い、いいじゃん!母ちゃん!」
「ま〜ね。みんな可愛いから目の保養にはなるしね。こんにちは、太朗の母親の佐緒里です」
「は、初めまして、西原真琴です。今日は突然お邪魔してすみません」
「こんにちは、日向楓です。今日はよろしくお願いします」
「うわっ、楓、別人じゃん」
「・・・・・煩いよ、タロ」
「そこ、喧嘩しないの。さあ、早速始めましょうか」
「「「「は〜い」」」」
佐緒里の号令に、元気な声が重なった。
2月14日・・・・・バレンタインが近いと初めに気付いたのは真琴だった。
その日は普通は女の子にとっての大きなイベントだが、好きな人に好きな思いを伝えるという特別な日でもあった。
真琴はもちろん海藤にチョコレートをあげようかなと思い立ったが、有名なチョコレート専門店はどこも女の子の行列だと(大学
の女友達に)聞いたし、かといって手作り出来るほど料理の腕には自信がない。
男である自分が同性の恋人にどんなチョコをあげていいのか、周りにはなかなか相談することは出来なかったので、真琴は同
じ立場の太朗に連絡を取ってみた。
何となく、楓はあまり行事には興味が無いような気がしたからだ。
真琴からの電話で、太朗は初めてバレンタインが近いことに気付いた。
何時もは母親と、クラスの女子達からのチョコを貰っていて、まだまだ精神的に幼い太朗はそれが義理か本命かなどは全く考え
ずに、美味しいチョコがたくさん食べられる嬉しい日としか思っていなかった。
それが、真琴の言葉で、自分も上杉にあげる立場だということに気付き太朗はどうしたらいいのかと慌ててしまった。
さすがの太朗も店に買いに行くのは恥ずかしかったし、かといって気付いてしまったことを今更忘れることなど出来ない。
そう思った時、太朗はふと、毎年父親に手作りのチョコレートを渡している母の事を思い出した。
上杉と付き合っていることも知っている母親のことだ。多分、作り方を教えてくれと言えばきっとからかいながらも教えてくれるだろ
うと思った。
きっと、真琴も誘ったら来るだろうし、また楽しい時間を過ごせるかもしれないと思った時、
「あ、あいつも呼ぼうっと」
太朗は頭の中に浮かんだもう1人の人物にさっそく電話を掛けた。
「バレンタイン?チョコなんて貰うものだろ」
太朗からの電話に憮然と答えたのは楓だ。
幼い頃から(幼稚園に入る前から)楓の気持ちは一貫している。
男女共に非常に人気がある楓は、何時も自分が貰う方だし、楓自身はもともとそういった行事自体に興味は無いのだ。
『でもさ、楓は伊崎さんと付き合ってんだろ?』
「・・・・・」
『伊崎さんだって、恋人の楓からチョコ貰いたいんじゃない?』
「・・・・・」
(恋人・・・・)
太朗の言葉は意外に核心を突いてきた。
確かに、今年のバレンタインは去年までとは少し違う。伊崎と恋人同士になってから初めて迎えるのだ。
(恭祐・・・・・欲しいのかな)
結局、真琴、太朗、楓は、教師役を引き受けてくれた太朗の母親佐緒里にチョコレート作りを教えてもらうことにして、一同
の予定が丁度合う3日前の日曜日に太朗の家に来ることになった。
「え〜と、材料は用意してきた?」
「は〜い、ここにありま〜す」
「抜け落ちたものはない?」
「私が用意したんですもの、完璧よ」
「ふふ」
佐緒里は笑った。
「ほんと、ユウさんに任せておいたら安心って雰囲気ね」
今日は1日暇だからと、綾辻は勝手に真琴の運転手を買って出た。
太朗や楓と遊ぶと聞いただけだった(真琴は海藤にそう説明していた)が、実はチョコレートを作るのだと聞かされ、面白そうだと
自分も勝手に参加を申し出たのだ。
佐緒里も見た目はモデル張りに整った容姿の綾辻を初対面では途惑ったように迎えたが、直ぐに外見を裏切る中身の奥深さ
に気付いて打ち解けた。
「なんだか、個性を感じるわね〜」
一同のエプロン姿を見ながら、佐緒里はふ〜んと頷いた。
真琴はシンプルなブルーのエプロン。
楓は腰だけの黒のギャルソンタイプの前掛け。
太朗は、絶対汚すはずだからと佐緒里が着せた白の割烹着。
そして、綾辻はここに来る途中で買った、まるで新婚の若妻が着るようなピンクのフリフリエプロン。
「男のくせに、ピンクなんて着るなよ」
小さく呟いた楓だったが、その言葉はしっかりと綾辻の耳に届いたらしい。
綾辻はガバッと楓の背中からおぶさって、その耳元に素早く囁いた。
「昨夜お楽しみだったでしょう?うなじに色っぽい跡が付いてるわよ」
「!」
パッと首筋に手を当てた楓は、ニンマリと笑う綾辻の顔を見てカマを掛けられたことに気付いた。
「あんた・・・・・っ」
「はいはい、可愛い顔が台無しよ?」
「・・・・・っ」
もっと文句を言いたい楓だったが、この男が真琴のお供で来ていることを忘れてはいなかった。
それに、自分がどんな口撃しても、あるいは色仕掛けで手玉に取ろうと思っても、この男は自分を子供だとしか見ないだろうと
いうことは感じ取れた。
(こいつにとっては、俺もタロも同列ってことか・・・・・っ)
それでは怒るだけ損だと思い直した楓は、フンッと顔を逸らして真琴の傍に駈け寄っていった。
「や〜ん、嫌われちゃった?」
そう言いながらも、綾辻の頬には楽しそうな笑みが浮かんだままだった。
「ケーキとは違って、チョコ作りなんて簡単なものよ。板チョコを溶かして、新しい型に入れて、少し飾り付けて終わり。ちゃちゃっ
とやっちゃいましょうか」
佐緒里の説明は簡潔で、聞いていると本当に簡単に出来そうに思えるが、簡単な朝食程度しか作れない真琴と、カップラー
メンがせいぜいの太朗と、全く台所に立つこともない楓にとっては一仕事だった。
「う、うわっ、母ちゃん!チョコが味噌汁みたいになった!」
「や〜ね、何よその表現は」
「お母さん、お酒はどの段階で入れるんですか?」
「マコちゃん、お母さんじゃなくて佐緒里さんでしょ」
「佐緒里さん、俺火傷しちゃうかも」
「甘えないの、楓君」
それぞれ個性的な3人を上手くあしらう佐緒里を、綾辻は内心感心したように見ている。
(いい女だよなあ)
恋愛対象というわけではなく、対等に酒の飲めそうな相手だなと思い、綾辻は今日真琴にくっ付いて来て良かったと思った。
真琴は本当にいいものを引き寄せる名人だ。
「あー、ユウさんって料理出来るでしょ?」
普通のチョコではなく、1人ブランディー入りのトリュフを作っている綾辻の手元を見つめて、佐緒里は感心したように言う。
「分かる?でも、愛しちゃってる相手にしか披露しないの」
「それは残念だわ。じゃあ、あなたの料理の味を確かめるには、あなたの大事な人と友達にならなきゃね」
「なんだよ、それ。お前、本当はまだ小5だろ」
「楓!」
「だってさ、そんな牛の形のチョコなんて変だろ」
「!」
太朗はムッとして睨み返したが、やはり言われたことは気になって自分のチョコを見下ろした。
ただのハートの形では芸がないかと思い、2人の縁結びの犬でもある大福(だいふく)の顔の形にしたのだが、言われれば鼻が
大きくて顔が長くて・・・・・どう見ても大福の可愛らしさが表現出来ていないと思ってしまった。
「・・・・・っそ」
太朗は怒ったようにもう一度それを溶かそうと鍋に入れようとしたが、その横から楓が慌てて手を出して止めた。
「なんだよっ、邪魔すんなっ」
「せっかくそこまで作ったのにもったいないだろ!」
「お前が牛だって言ったくせに!」
「いいじゃん、牛だって!あいつ、うし年なんだろ!」
「・・・・・はあ?」
「干支をチョコにするなんてお前らしいじゃん」
「・・・・・」
(なんだ・・・・・バカにしたわけじゃないのか)
どうやら本気でそれを牛だと思ったらしいが・・・・・それはそれで複雑な思いだ。
「楓君は何のチョコ?・・・・・おっきいね」
「俺の愛情を表現したから」
照れもなく真琴にそう言い返した楓の手元のチョコは、ただ単に板チョコを溶かしてハート型にし直した様な、それも優に3枚
分はあるだろうかと思える程の、直径20センチはありそうな大きなチョコだ。
白いホイップチョコで、真ん中に『恭祐』とだけ書いてあるのが斬新で、さすがの真琴も一瞬言葉に詰まってしまった。
「これ、冗談だから」
「え?」
「恭祐にチョコやるなんて、考えてもなかったし」
考えてみると、あの伊崎の容姿で今までチョコレートを貰わなかったということはないだろう。そうすると、楓はそんな女達と同じよ
うに伊崎にチョコをあげる事になる。
そんな、その他大勢と同じになるのは楓のプライドが許さなかった。
急にムッとして手を止めた楓に、真琴はポンポンと背中を叩きながら言った。
「楓君は本当に伊崎さんが好きなんだな」
「マ、マコさん!」
「俺が伊崎さんだったら、きっと楓君をギュッと抱きしめている。そのくらい、今の楓君は可愛いよ?何時もは凄く綺麗だなって
思うんだけど、今日の楓君は可愛い」
「・・・・・」
「俺も、楓君に負けないように、海藤さんに愛情を注がなくっちゃ。負けてられない」
「・・・・・」
「もう少しだし、がんばろ?」
「・・・・・はい」
真琴に対してはなぜか素直になれる楓は、小さく頷くと再び手を動かし始めた。
自分の作業が終わった綾辻は、ひょいっと真琴の手元を覗いて微笑んだ。
「綺麗に出来たわね〜。きっと、社長メロメロよ」
「そ、そうですか?なんか、形バラバラで・・・・・」
料理も得意でない自分が菓子作りに手を出すなど無謀かとも思ったが、チョコは溶かしてまた新たな形にして・・・・・と、意外と
簡単かもしれないと思ったのだが。
「そのバラバラ感が手作りって感じでいいのよ」
綾辻も言ったように、真琴の作ったチョコはお世辞にも綺麗とは言い難かった。
甘い物をあまり食べない海藤のことを考えて酒入りにしようと思ったまではいいが、中に何か入れると考えるとどうしてもチョコ自
体の大きさが大きくなってしまう。
何度か佐緒里に形を整えてもらって、なんとか一口サイズ(よりは少し大きめ)になったが、味の方は分からない。
「綾辻さん、1個食べてみてくれませんか?」
「ん〜・・・・・遠慮しとくわ」
「え、どうしてですか?不味そう?」
「違うわよ。マコちゃんの手作りチョコを最初に食べる権利は社長しかないんだから、私が最初に食べたら申し訳ないわ。それ
に、味見なんてしなくても大丈夫!それだけ愛情がこもってるなら、カレーだってチョコの味するわよ」
「さ、さすがに、カレーの味はしませんよ」
真琴は思わず吹き出したが、綾辻の言葉のおかげで何とか自信を搾り出すことが出来た気がする。
(せめて、ラッピングは綺麗にしようっと!)
それから2時間後−
3人はそれぞれ包みを抱え、玄関先に立っていた。
「今日は長くお邪魔してすみませんでした。すごく助かりました」
ペコッと真琴が頭を下げると、
「佐緒里さんが作ってくれたオヤツの手作りプリン、凄く美味しかった。また食べに来ていいですか?」
にっこりと天使の笑顔の楓が言う。
「もちろんよ、また遊びに来てね」
「「はいっ」」
2人が元気に返事をすると、今回の引率者でもある綾辻もにっこりと笑いながら言った。
「今日は時間をあけて頂いて助かりました。ありがとうございます」
「・・・・・なんだ、そんな風にきちんとしてると、凄くいい男じゃないですか」
「惚れる?」
「残念。タイプじゃないの。あ、楓君」
「はい?」
「これ」
佐緒里は紙袋を差し出した。
「お兄さんとお父さんに渡してくれる?太朗に聞いたら、七之助さんによく似てるっていうでしょう?なんだか他人に思えなくっ
て」
「ありがとうございます。兄は今彼女いないから、喜びますよ、きっと」
「人妻だってことは内緒にね?」
佐緒里の言葉に一同は笑い、そのまま玄関を出た。
既に車が待っており、3人は中に乗り込んで窓を開ける。
「タロッ、またな!」
「お前、ちゃんとメール返せよ!」
「太郎君、また遊ぼうね」
「はい!」
「春になったら花見をするから、ぜひいらっしゃい」
「わ!うん!行きます!」
賑やかな別れの言葉を交わしながら車が出て行くと、急に静寂を感じて太朗は淋しくなる。
そんな太朗の気持ちを察したのか、佐緒里は背中からギュッと太朗を抱きしめた。
「けっこー、面白い友達いるじゃない、太朗」
「・・・・・うん」
「また遊びに来てくれるといいわね」
「うん」
賑やかな時を過ごした後、こうして別れるのはやっぱり淋しい。
しかし、以前正月に会って、その次に楓の家に泊まりに行って、そして今回自分の家にやってきてチョコ作りをした。
まだ知り合って間もないが濃密で楽しい時間を過ごしている新しい友達とは、また近いうちにきっと会えるだろう。
そう思うと、太朗の頬にも笑みが戻ってきた。
「よし!後はジローさんに渡すだけだ!」
「あー、熱いわね〜」
「母ちゃん!」
もうバレンタインまではもう直ぐだ。
太朗は頑張って作ったチョコを受け取ってくれた時の上杉の反応を想像しながら、今からドキドキする気持ちを持て余すように
く〜っと身震いをした。
end
お子様達の料理教室です。
今回のゲストは人気のタロママ佐緒里さんと綾辻さんです。
それぞれの個性が出ている話になっていればいいんですが(笑)。
この後、それぞれのカップルのお話に移ります。