優しい嘘吐き










 恋人同士になって二回目の、2人で迎える誕生日。
特別なことはしなくても、2人で一緒に過ごせるだろうと思っていた。
しかし。

 「すまない。23日、どうしても外せない用が出来た」

本当に申し訳無さそうに言った海藤を責めることなど到底出来ない。もう、誕生日を祝ってもらう歳でもないし、23日は無理だか
らと、今日22日、海藤は真琴を都内のイタリアンレストランへと連れてきてくれた。
 「わっ、美味しい!」
 本場で食べたイタリアの料理に負けないほどに美味しいピザやパスタに、真琴は破願して歓声を上げた。
 「綾辻お勧めの店だそうだ」
 「綾辻さんの?」
 「真琴が好きそうな味だと」
真琴の笑顔に海藤も笑みを浮かべながら言う。
 「うん、すっごく好きな味です!」
(一日違いくらい、全然気にしなくていいのに・・・・・)
真琴の誕生日を一緒に過ごせないからと、海藤がかなり気を遣ってくれているのが分かるものの、真琴は何と言っていいのか分
からなかった。
たった1日だ。
誕生日という日に一緒にいないだけで、毎日のように一緒にいてくれる海藤に、真琴は文句など到底あるはずがなかった。
 「海藤さん」
 「ん?」
 ワイングラスを傾けていた海藤が、ふと真琴の方へと視線を向けてくる。
その視線に、真琴は精一杯の感謝を込めて言った。
 「ありがとうございます」
 「・・・・・」
 「明日は一緒にいられなくても、今日と・・・・・それから、明後日からも、海藤さんと一緒にいることが出来るんだから、俺、すっご
く嬉しいです」
 「真琴・・・・・」
 「それに、これから何回も誕生日は来るし、一緒にいられますよ」
強がりなどではなく、真琴は本当にそう思っていた。



 その夜、海藤はとてもゆっくりと真琴を抱いてくれた。
何時も(本当に稀にかなり激しい時もあるが)海藤は真琴の身体に負担がないように抱いてくれる。
男である真琴の身体が傷付かないように、そして、気持ちだけでなく身体が海藤を受け入れる覚悟が出来るまで、時間を掛け
て身体を重ねてくれた。
 「ふっ・・・・・んっ」
 重なる口付けも、息を奪うほどに強引というわけではなく、それでも官能をかきたてるように、海藤の舌は真琴の口腔内を愛撫
してくる。
受け入れる側の真琴も海藤の愛撫に必死に応えて、一生懸命舌を絡ませた。クチュクチュと舌の絡み合う音が直ぐ耳元で聞こ
えて恥ずかしくてたまらないが、ちゃんと自分も求めているのだと海藤に伝える為に、真琴は海藤が与えてくれる快感を全て受け
入れようとしていた。
 「真琴」
 「く・・・・・ぅんっ」
 耳たぶを甘噛みされ、真琴は促されているのだと気付く。
 「た・・・・・たか、しさ・・・・・」
 「もう一度だ」
 「貴士、さ・・・・・んっ」
こういう時でないとなかなか海藤の名前を呼ぶことが出来ない臆病な自分のことをちゃんと分かってくれている海藤に、真琴は思
わず腕を伸ばして首に手を回す。
すると、海藤も目を細めて、そのまま真琴のペニスへと手を伸ばしてきた。
 「あっ!」
 もう、随分海藤に抱かれていて、快感にも慣れているはずだが、やはり同じ男である海藤に同じ男である部分を触れられるの
は恥ずかしい。
思わず足を閉じてしまいそうになるが海藤は手を離してくれず、そのまま大きな手で真琴のペニスを愛撫し始めた。
 「あっ、まっ、待って、おれ、もっ」
 「今日は、全部俺がする」
 「そっ、なっ」
 「お前の誕生日だ。こんなことはプレゼントにもならないけど、な」
 「い、いじわるっ」
 「お前が悪い、真琴。プレゼントはいらないなんて言うから・・・・・」
 「・・・・・っ」
(だってっ、何時だって、俺、してもらってばっか、だし!)
 欲しい物はないかと言われ、真琴は何もいらないと答えた。
こうして一緒に暮らしているだけで、本来なら食べれないような美味しいものや、珍しい場所にも連れて行ってもらえ、何より深く
愛してもらっている。
それ以上望むことは怖くて、望むものもなくて、真琴は絶対プレゼントは買わないでくれと言った。
海藤はそれを物足りなく思っているのだろうが、こんな時にそれを言い出すのはずるいと思う。
 「今日はお前に奉仕したいんだ。黙って受け入れろ、真琴」



 長い時間を掛けて硬く閉じられた蕾を解され、真琴はお願いだから入れて欲しいと泣きそうになりながら懇願した。
身体の芯が熱くて熱くて、この熱を鎮めてくれるのは海藤しかいなくて、真琴は涙を流しながら海藤を求めた。
そんな真琴の願いを、海藤はようやく叶えてくれた。解れた蕾に熱くそそり立った自身のペニスを、ゆっくりと突き入れてくる。
海藤自身もきつい締め付けを感じているのだろうが、真琴も身体をいっぱいに広げられるような感覚で、出来るだけ呼吸を整えて
海藤の全てを受け入れることが出来るように頑張った。
 「はっ・・・・・ぐぅ・・・・・っ」
(く、るし・・・・・っ)
 何度受け入れても、やはり海藤の大きなペニスを受け入れるのはきつい。
それでも、苦しさ以上の喜びの方が勝り、真琴は恥ずかしさを押し殺して足を開き、更に深く海藤と繋がる事が出来るようにとし
がみ付いた。
 「・・・・・っ」
 「ふっ、んっ、あっ、はっ」
 海藤がペニスを突き入れるたび、真琴の身体は激しく揺さぶられる。
ただ、荒々しく真琴を蹂躙するペニスとは正反対に、唇や頬に触れる海藤の唇はとても優しい。
 「た、貴士さっ、もっ、もうっ!」
 「いいぞ、何回でもいけ」
ぐっと最奥を抉られ、真琴のペニスからは精液が溢れ出た。
真琴がイッたことを確認しただろうに、海藤の動きは止まらない。
 「ま、待って・・・・・っ」
 イッたばかりの身体は感じやすくて、どんどん快感が深くなってきつくなる。少しだけ休ませて欲しいと真琴は訴えたが、海藤はそ
の身体を離そうとはしなかった。
 「まだだ、真琴。今夜はまだ眠らせないぞ」
 「そ・・・・・な・・・・・っ」
真琴が言葉を継ぐ前に、海藤は更に強く真琴の腰を抱き寄せる。
内壁を抉る海藤のペニスの角度が変わって更に高い声を上げた真琴を、海藤はなおも激しく抱き続けた。



 どの位時間が経ったのか分からない。
真琴は、そっと唇に何かが触れる感触に僅かに目を開いた。
 「か・・・・・ど、さ・・・・・?」
 「悪かったな、加減が効かなかった」
謝りながら頬に触れる手は、先程まで激しく自分の身体を抱いていた人間と同一人物とはとても思えなかった。
しかし、謝られる必要は少しもない。大好きな海藤に抱いてもらえるのは、真琴にとってはとても幸せなことなのだから。
 「誕生日、おめでとう」
 「あ・・・・・」
 何時の間に日付が変わっていたのか、一番最初に海藤に祝いの言葉を言われ、真琴はポロッと目尻から涙を零した。もちろん
それは、嬉し涙以外の意味など無かった。
 「疲れたか?」
 「・・・・・」
その言葉には微かに頷くと、海藤は小さく笑って真琴の額に掛かる髪をかきあげてくれる。
 「いいぞ、ゆっくり寝てろ」
 「ん・・・・・」
 「真琴」
 「・・・・・な、に?」
 「傍にいるからな」
 「・・・・・うん」
真琴は笑った。何よりも嬉しいその言葉に、安心して目を閉じる。
(もう少し、一緒にいてくれるんだ・・・・・)
今日の誕生日は用が出来たと言っていたが、もう少し一緒にいることが出来るようだ。
目が覚めた時、海藤が傍にいてくれることを想像しながら、真琴はもう一度目を閉じ・・・・・身体の疲れのせいなのか、何時しか
深い眠りへと落ちていった。












 夢の中で、ゆらゆらと揺れている。
真琴は何だろうと目を開けようとしたものの、睡魔の方が勝ってしまったのと同時に、優しく頬や髪に触れる手が海藤のものだと確
信していたので安心して眠り続けた。
そして・・・・・。
 「・・・・・ん・・・・・」
 何度か寝返りをうった真琴はようやく目を覚ました。
 「・・・・・え?」
(こ・・・・・こ?)
 「ど、こ?」
ゆっくりと開いた視界に映ったのは、見慣れた海藤の寝室の天井ではなかった。

 カーテンの隙間から差し込んでいる光。
木の天井に、傘が付いた紐で引っ張る電気。
部屋の片方に置かれた机に、壁に貼ってある古い歌手のポスター。
頭が覚めてくれば全ての者は懐かしくも見慣れたものばかりで、真琴はバッと上半身を起こした。
寝ていたのは、海藤と眠る広いベッドではないが、真琴にとっては一番よく眠れるかもしれないベッド。そう、ここは、
 「俺の部屋っ?」
実家の自分の部屋だった。



 今が何時なのか、どうして自分は実家にいるのかとか、真琴にとっては謎のことばかりだった。
とにかく起きて二階の自分の部屋から下りようと、真琴は床にそっと足を着けてみた。昨夜(もう日付は変わっていたが)抱かれた
身体に甘い疲労感は残っているものの、それでも立てないというほどのダメージは残っていない。
激しく抱かれたと思っていたが、海藤はやはり真琴の身体を気遣ってくれていたようだ。
 身体を見下ろすと、着ているのはパジャマではなく、部屋着代わりに着ているスウェットを着せられている。
(これ、海藤さんが・・・・・?)
もちろん服を着せてくれたのは海藤だろうが、そうまでされても全く起きなかった自分にただ呆れるしかなかった。

 階段を下りて短い廊下を歩けば直ぐに茶の間がある。
真琴が襖を開けると、茶の間に置かれたコタツに入っていた父が顔を上げて笑いかけた。
 「おはよう、よく眠れた?」
 「と、父さん、俺、あの、あ、海藤さんは?」
 「海藤さんなら、台所にいるよ」
 「だ、台所?」
父の言葉にバッと真琴が振り返るのと同時に、真琴が起きたことに気が付いたらしい海藤がこちらにやってきていた。
何時ものスーツ姿ではなく、ラフなカシミヤのセーターにジーパン姿の海藤は、目を丸くして自分を見つめる真琴に向かって笑いな
がら言った。
 「驚かせたか?」
 「い、いったい、どうなってるんですか?」
 「誕生日プレゼント」
 「え?」
 「普段なかなか家族と会えないって言ってただろう?プレゼントはいらないって言われた時から、それなら家族で誕生日を過ごさ
せてやろうかと思ってな」



 23日の真琴の誕生日に用が出来たというのは海藤の嘘だった。
少しがっかりさせるかもしれないが、内緒にしてびっくりさせた方が喜びも大きいのではないかと思ったらしい。
どうやって実家まで連れてくるのかも悩んだらしかったが・・・・・。
 「少し、卑怯な手段を使ったがな」
 「・・・・・っ」
 セックスでくたくたに疲れさせて、ここまで連れてくるという方法を考えたのが本当に海藤なのかといえば怪しいが、考えてみれば深
い眠りにつけるような激しいセックスはしても、身体の見える場所に・・・・・特に上半身には、極力痕をつけない様にしていたことが
今更のように思い出された。
 「用事って・・・・・嘘だったんだ・・・・・」
 「すまない」
 「あ、謝ることなんて・・・・・」
 「あら、起きたの?」
 海藤との会話に割って入った母は、久し振りだというのに少しも時間を感じさせないように、何時もの調子で笑いながら言った。
 「今日の誕生日のご馳走は手巻き寿司よ、海藤さんが新鮮なお魚いっぱい持ってきてくれたの。おじいちゃんは今ケーキを取り
に行ってるからもう直ぐ帰るわよ」
 「・・・・・」
 「昨日、海藤さんにイタリア料理ご馳走になったんだって?いいなあ、母さんも連れて行ってくれないかしら」
 「おいおい、海藤さんの前で言わなくてもいいじゃないか」
 「いいでしょ、言うだけタダ。実際行ったって食べた気しなくて、多分帰ってお茶漬け食べちゃうだろうしね」
コロコロ笑う母の言葉に、父も釣られたように穏やかに笑う。
 「お兄ちゃん達も久し振りにあんたが帰ってくるから早く帰ってくるらしいし、真もあんたの誕生日だからってお使いに進んでいって
くれているし」
 「・・・・・」
 「みんな、あんたが帰って来るっていうから昨日からそわそわして・・・・・どうしたの?」
 「・・・・・え?」
 「まだローソクも吹き消してないのに泣いたりして。・・・・・本当に、まだ子供ねえ」
 苦笑した母が、エプロンで真琴の顔をゴシゴシと拭った。
その時、真琴は初めて自分が泣いている事に気付いた。
 「ほら、顔を洗ってしゃんとしてきなさい。海藤さん、悪いけど付き合ってやってくれます?」
 「はい」
真琴はまだ呆然としていた。
父や母と静かに笑って話す海藤の姿が信じられなくて、実家にいる自分が信じられなくて、海藤に軽く腰を抱かれるようにして洗
面所に向かう今も、足元が心許ないような気がした。
 「・・・・・怒ったか?」
 ずっと黙り込んでいる真琴に、海藤は悪かったともう一度謝った。
 「ここに連れて来るのなら、あんな風に抱かない方がいいとは分かっていたんだが・・・・・歳を重ねたお前が今年も俺と一緒にい
てくれるんだと思うと・・・・・我慢出来なかった」
 「・・・・・がう・・・・・」
 「真琴?」
 「・・・・・嬉しくて・・・・・俺、海藤さんと、俺の家族が、仲良く話してくれているの・・・・・嬉しくて・・・・・」
 「・・・・・そうか」
 「・・・・・想像もしてなかった・・・・・こんな誕生日・・・・・」
大好きな海藤と、大好きな家族が、一緒に自分の誕生日を祝ってくれるなんてこれ以上の嬉しいことなどあるだろうか。
オマケに、海藤は真琴を驚かせる為に嘘までついて、この実家に何時の間にか連れてきてくれたのだ。
 「・・・・・ありがとう、ございます、貴士さん」
真琴の精一杯の言葉に、海藤は少しだけ笑って軽く唇を合わせた。
 「実家だから、ここまでだな」
 「はい」
何だかくすぐったい思いで、真琴は目元をごしごしと擦る。
すると、
 「お客さんだよー!」
 玄関のドアが開くと共に、弟の真哉の声が響き、続いて、
 「お邪魔しま〜す♪」
そう言った声には、もちろん聞き覚えがあった。
 「あ、綾辻さん?」
 「倉橋も来てるぞ。お前の誕生日を一緒に祝いたいからって・・・・・行くか」
 「・・・・・はい!」
長身の海藤達や、もう直ぐ帰ってくる大柄な兄達が揃うと、狭い自分の家は直ぐに狭苦しくなってしまうだろうが、きっとそれも面
白くて楽しくて、皆笑い続けるに違いない。
海藤がいないと思っていた今年の誕生日。しかし、思い掛けなく大好きな人達が祝ってくれる賑やかな誕生日会になりそうだ。
真琴はそんな嬉しい誕生日プレゼントを計画してくれた海藤を見上げると、その手をぎゅっと握り締めて再び泣きそうになるのを
我慢していると、少し腰を屈めた海藤が耳元で優しく囁いた。
 「誕生日、おめでとう」



優しい嘘吐きのその言葉は、真実の愛情がこもった温かい言葉として、真琴の身体中を優しく包んでくれた。



Happy birthday ………





                                                              end






真琴の誕生日です。

今回はちょっとラブな要素も入れてみました(笑)。

誕生日おめでとう、マコちゃん。