今日入学式だった広海のことが気になって、陽一は早々に家に帰ってきた。
念の為インターホンを鳴らすと、暢気な広海の声がする。
(もう、帰っていたのか)
ホッと安堵の溜め息を付くと、機嫌がいいのか広海はわざわざ鍵を開けて出迎えてくれた。
 「お帰り、兄貴」
 「ただいま」
 今年、進学校である志堂学園の3年に進級した茅野陽一には2人の弟がいた。
1人は美原一中の3年に進学する大地と、もう1人は蓮見高校に入学する広海だ。
 末っ子の大地は、ずっとバスケを続けているせいか、末っ子という言葉が似合わないほど大きく、ふてぶてしく育っている。
どうやら自分と広海の関係に嫉妬しているようでやたらと突っかかってくるが、当の本人である広海はあまりにも子供っぽく
て、大地の複雑な思いなど全く気付いていない。
 「どうだった?入学式は」
 「ん〜、さすがに親も結構来てたな。あ、聞いてよ、兄貴、俺小林と同じクラスになってさ」
 「小林君と?それは・・・・・すごい偶然だな」
(喜んでるだろうな)
 「それと、あと変わった2人と話してさ。いきなり友達になろうって・・・・・笑えるだろ?」
 言葉ではそういうものの、広海の顔が楽しそうに綻んでいるのを見ると、その出会いが広海にとっていいものだったというこ
とが良く分かった。
 「良かったな、小林君の他にも友達が出来そうで」
 「友達って、ガキじゃないんだからさあ」
 照れくさそうに笑う広海が可愛くて、陽一は思わず広海の髪をクシャクシャと撫でた。
2つ下のこの弟が、誰よりも可愛く愛おしかった。物心つく頃からどんな時でも自分の後ろを付いてきて、どんな言葉でも
陽一の言うことは信じる。
 そんな馬鹿が付くくらい素直な弟は、去年、人生で最悪の出来事を経験した。
ボロボロになった広海を病院で見た時、陽一は自分が卒業していたことを死ぬほど後悔した。自分がいれば、広海はあ
れ程酷い目に遭うことはなかったかもしれないと、今でもその思いは燻っている。
 しかし、あれほどの目に遭いながら、広海はしなやかに真っ直ぐに立ち続けた。
周りがまだ後遺症で混乱している中で、広海は1人でしっかりと前に足を踏み出したのだ。
 そんな広海が、陽一は誇らしかった。
 「よし、今日の夕飯は俺が作るか」
 「え?兄貴、当番じゃないだろ?」
 「入学式に行けなかったしな。ただ」
 「ただ?」
 「買い物は一緒に行くこと」
 「オッケー!」
 食事当番を免除された広海は嬉しそうに笑う。
そのやんちゃな笑顔は、幼稚園の頃から少しも変わっていなかった。
 「何食べたい?」
 「何でもいいよ、兄貴の飯美味いから」
 「はは、じゃあ、今日は特別に広海の好物にしよっか?」
 「うん!」
 「着替えて来るから」
 階段を上がりながら、陽一は考えた。
どうやら広海にとって蓮見高校という選択は今のところ良い結果のようだ。
しかし、あの高校には、簡単に殺すこともしたくないほど恨みがつのっている相手がいる。名前を口にするのも腹立たしいそ
の相手は、いずれ入学してきた広海の存在に気付くだろう。
(ま、武藤に情報を流してもらうけど・・・・・)
 自分を慕う後輩の存在が今更ながらありがたい。
 「兄貴〜、まだ〜?」
 玄関で広海が子供のように催促をしている。
陽一は笑いながらもう少しと答えると、早々に着替えを始めた。





                                                                  
おわり