「あ、兄貴、お先〜」
夕飯の後、明日の弁当の用意をしていた陽一は、ガシガシと髪を拭きながらキッチンに入ってきた広海を振り返った。
先に風呂に入った広海は、案の定パジャマの上着ははおっただけでボタンは掛けておらず、陽一は箸を下ろして歩み寄った。
「広海、きちんとパジャマは着ろって何度も言っただろう?お前は風邪ひいたら酷いんだぞ」
「だって暑いからさ〜」
「広海」
「は〜い」
2度目の陽一の声は意識的に低くなっていて、広海は慌ててボタンを掛けようとしたが・・・・・。
「あ、どうした?それ」
「え?」
「ほら、横腹の痣」
「あ、ああ、これ?今日のスポーツテストでちょっとぶつかってさあ〜。少し青くなってるけど、全然痛くないんだぜ」
陽一に言われて初めて気付いたかのように、広海は暢気に笑いながら言う。
しかし、陽一の視線は厳しいままだ。
「せっかく、綺麗な肌なのに・・・・・」
クラブ活動を止め、外で運動をしなくなってから、広海は自分でも嫌になるほど生っ白い肌になっていた。擦り傷がない代
わりに、張り詰めた筋肉もガクンと落ちている。
弓道をやっている陽一や、バスケットをしている大地に比べて、随分細くなってしまい、広海は2人の前で身体を見せるのが
恥ずかしく思っているらしい。
しかし、当然のごとく広海の全てを自分の監視下におくつもりの陽一は、広海のパジャマをめくってその部分に顔を近付け
た。
広海も言っていたように、すぐ消えるような薄い痣に、陽一はホッと安堵の溜め息をつく。
「痕にはならないな」
「当たり前だって!もういいだろっ」
広海は陽一の手を振り払おうと身を捩ったが、そう簡単に陽一が広海を逃すはずはなかった。
両親が不在になってから、何かとバタバタして広海とのスキンシップが少なくなっている。
いい機会だと、陽一はそのまま屈みこみ、広海の薄い痣がついた部分にそっと唇を寄せた。
「なっ、何すんだ!兄貴!」
「小さい頃はよくしてやっていただろう?消毒」
「俺はもうガキじゃないって!止めろよ!」
「いいから。ほら、痛いの痛いの飛んで行け」
笑いを含んだ声でそう言うと、陽一はその肌にペロッと舌を這わせる。
手の中で広海の身体がビクッと震え、次の瞬間陽一は突き飛ばされた。
いや、正確に言えば、広海のそのリアクションを読んでいた陽一は、一瞬早く身体を引いたのだが。
「あっ、兄貴!」
「ん?痛くなくなったか?」
「痛くって・・・・・もう、なんなんだよ・・・・・」
陽一に口で勝てるはずがないと刷り込まれている広海は、それ以上怒る方が疲れると何も言わないまま、冷蔵庫の中の
牛乳を一気に飲み干して踵を返す。
「広海、おやすみ」
「・・・・・」
「おやすみ」
「・・・・・やすみ」
階段を上る足音を聞きながら、陽一は楽しくなってクスクスと笑う。
細いとはいいながら年々大きくなっている広海だが、その性格は幼い頃から少しも変わっていない。
何時でもお兄ちゃんが一番で、お兄ちゃんには絶対に敵わない・・・・・その根本は揺らがないのだろう。
「ほんと、可愛いやつ」
これだから広海に構ってしまうのを止められないのだ。
「さてと、明日は愛情弁当だよ、広海」
ご飯の真ん中にハートマークを書いたらどんな顔をするだろうか・・・・・。
(・・・・・やめた。リアクションが見れないと面白くないし)
それならばと、陽一は何時も以上に愛情を込めた弁当を作ってやろうと、明日の早起きを心に誓った。
おわり