ACCIDENT



30








 焼きたてのパンの香り。
丁度いい、半熟よりも少しだけ固めの目玉焼きに、カリカリのベーコン。
サラダに入っているのは、太朗の好きな甘いプチトマト。
コーンスープは上杉の知り合いのフレンチ料理のシェフが作って送ってくれたもので。
飲み物は太朗のお気に入りの野菜ジュース。
 「・・・・・」
 ずらりとダイニングテーブルに並べられたものは太朗の好きなものばかりで、本当は頬に笑みを浮かべたいところだったが・・・・・太
朗は我慢して眉間に皴を寄せて椅子に座り、じっとパンに溶けていくバターを見つめていた。
 「なんだ、タロ、食わないのか?」
 「・・・・・」
 「お前の好きな物ばかり、朝から頑張って作ったんだぞ?」
 「・・・・・だって」
 「だって?」
 「だって・・・・・だって、ジローさん・・・・・」
(エッチ過ぎなんだもん・・・・・)

 太朗だって、上杉と身体を合わせることは同意したし、それ自体が嫌だと思ったというわけではない。
ただ、何にでも限度というものがある・・・・・そう思うのは太朗だけではないはずだ。
たて続けにイかされ、上杉の精も身体の最奥に数度注ぎ込まれ、太朗はもう身体も心も疲れきってしまった。いくら抱かれること
に慣れてきたといっても、そんなに回数をこなすことはまだ無理だ。
 しかし、上杉はもう止めてと半泣きになって訴える太朗に、

 「悪い、足りない」

そう言って、疲労困憊の太朗を更にペニスで突き刺し、激しく揺さぶってきた。
その時点でこれ以上ないというほどに感じていると思っていた自分の身体は、それ以上の快感を感じてしまい、最後の方のことは
太朗は全く覚えていなかった。

 そこまで考えた太朗は、首の後ろがザワザワとしてしまって身体が熱くなってくるのを感じていた。
(気を失うまでエッチするのって・・・・・ヘンタイかな、俺達)
確かに一番悪いのは上杉だが、強く止めなかった自分も悪いかもしれない。いや、嫌だと言った覚えはあるのだが、それはあまり
強い言葉ではなかったのかもしれないし、本当は自分も強く上杉を求めていたのかも知れない・・・・・。
等等。
色々考えていると、とにかく最終的には全て上杉が悪いという結果になってしまい、こうして朝からきちんと美味しそうな朝食を作っ
てくれた上杉に対しても、素直な態度を取ることが出来なかった。



(何時まで続くんだか・・・・・)
 そんな太朗の様子を、上杉は内心ほくそ笑みながら観察していた。
本当ならば、朝は裸の太朗を抱いたまま、あわよくば朝から昨夜の続きをと思わないでもなかったが、昨夜やり過ぎたかなという
多少の反省もあったので、こうやってちゃんとした朝食を用意したのだ。
 「食わないのか?」
 「・・・・・」
 「じゃあ、お先に」
 そう言って上杉が一口パンを頬張る。
耳障りのいい音をさせてパンを食い千切る様子を太朗がじっと見つめて来るのを感じるが、ここは声を掛けない方がいいだろうと、
上杉は内心ムズムズしながら食事を続けた。
(まあ、やり過ぎたかっていえば・・・・・そうか?)
 昨夜の自分の行動を考えれば、太朗が怒るのは仕方が無いだろうとも思う。多分に羞恥心も多く感じているだろうが、今は何
を言っても太朗の反発を買うだけかとも思った。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
太朗の視線を感じる。
どうして上杉が何も言わないのか不思議に思っているのかも知れないし、何かからかう言葉でも掛けてくれれば反応のしようもあ
ると思っているのかもしれない。だが、甘やかしてやるのもいいのだが、こんな風に少し突き放したようにして太朗の途惑った表情を
見るのもまた楽しかった。
 「・・・・・いただきます」
 食欲に負けたのか、それとも沈黙に耐え切れなくなってしまったのか、小さな声でそう言って手を合わせた太朗は、パクッとパンを
口に頬張った。
こんな時にもちゃんと挨拶をする太朗に、上杉はくっと笑みを漏らす。
(そーいう所が可愛いんだって)
可愛いからこそ苛めたい。まるで小学生のガキのようなことをする自分がおかしくて、上杉は、
 「なあ、タロ」
思わず太朗の名前を呼んでしまった。



(・・・・・何か、言えばいいのに)
 太朗が怒っていることなど分かっているくせに、さっさと1人で食事を始めてしまう上杉に文句もあったが、反面1人だけ怒ってい
ることが耐え切れなくなってしまった太朗は、
 「・・・・・いただきます」
そう、挨拶をして食事を取ることにした。お腹が一杯になればまた気分も変わるだろう。
 「なあ、タロ」
 そんな太朗に向かって、ようやく上杉が声を掛けてきた。
無視をすることも出来たのだが・・・・・ここで返事をしないという子供っぽい態度を取るのも悔しい気がして、太朗は何と短く返事
を返した。
 「直ぐじゃないが、近いうちにお前んちに行くから」
 「ふぁが?」
 太朗はパンをくわえたまま、思い掛けない上杉の言葉に思わす聞き返してしまう。
すると、上杉は自分用にと入れたコーヒーを一口口にして、ようやく真っ直ぐに太朗の目を見返してきた。
 「そろそろ会っとかないとな、お前の親父に」
 「・・・・・父ちゃんに?」
 「いずれお前を貰うんだ、今のうちに覚悟を決めていてもらった方が後々いいだろ?」
 「ジ、ジローさん・・・・・」
 「それとも、お前、恥ずかしいか?俺と付き合ってることを親父さんに言うの」
 「・・・・・」
この場合の恥ずかしいというのは、羞恥という意味だけではないだろう。男ということもあるだろうが、それ以上に・・・・・多分、ヤク
ザという職業(そう言うのもおかしいかもしれないが)の人間と付き合ってることは、やはり人には言いにくいのではないか、上杉はそ
う聞いているような気がした。
(そんなの・・・・・っ)
 「お前の母ちゃんには知られてるけどな、何時もお前が俺のところに来ることを誤魔化してくれてるんだろ?俺はお前と別れる気
なんて全くないし、いずれ分かることなら少しでも早い方がいいんじゃないかとも思う」
 「・・・・・」
 「ま、それも、お前が嫌だって言えば無理にしないがな」
 「ジローさん・・・・・」
 普段はこちらが途惑ったり、時には怒ったりもするほどに強引なくせに、こういう場面では必ずといっていいほど太朗の気持ちを優
先してくれる上杉が、憎らしいほどに・・・・・優しく感じてしまう。
(昨日の今日で、そんなこと言うなんて・・・・・ひきょーだ)
こんな風に、大人の余裕を見せ付ける上杉に対して、太朗は気遣われる立場の子供の自分が悔しかった。



 いいとも嫌とも言わない太朗に、上杉はまだ早かったかと少しだけ自分の言葉を後悔していた。
とにかく周りを早く固めた方がいいと改めて考えた上杉にとって、一番ネックになったのはファザコンと言ってもいいほどの太朗の父
親への愛情だった。
理想の男が父親だと堂々と言う太朗の目を、自分だけに向けて欲しいと思ったのだが・・・・・。
(もうそろそろいいかと思ったんだがな)
 「・・・・・会って、何言う気?」
 不意に、ポツンと言った太朗に、上杉は冗談めかして言った。
 「そうだな〜、タロを下さいとでも言うか?」
そんなに真面目に考えることはないんだぞと言ったつもりだった。まだ子供の太朗に、重荷を負わせるつもりは無いと。
すると・・・・・。
 「・・・・・じゃあ、俺も言いに行かなくちゃ」
 「ん?」
何のことだと思わず聞き返した上杉に、太朗はだってと言葉を続けた。
 「ジローさんが俺の父ちゃんに挨拶したいって言うなら、俺だってジローさんのお父さんに、ちゃんと言わなくちゃと思って」
 「俺のオヤジ?」
 「そうだよ、・・・・・ジローさんを下さいって」
 「・・・・・っ」
 思いも掛けない太朗の言葉に、上杉は思わず目を見張ってしまった。
以前、太朗に自分の父親の事をちらっと言ったことはあったが、上杉にとってそれは会話の流れの一つとして、それほどに重要な
意味でもなく、単に事実を伝えただけのつもりだった。
それを太朗はちゃんと気に留めて、その上でこんなことを思っていてくれたのかと思うと、じんわりと胸が熱くなってくる。
(本当に・・・・・何時も驚かせてくれる)
しかし、そのサプライズは意図していないだけに、余計に上杉の感情を揺さぶってくれた。もう、太朗以上に自分にとっての最高の
相手はいないと、上杉は今にも抱きしめようと延ばしたくなる手をようやく押さえ、どうだというように自分を真っ直ぐに見つめてくる
太朗に笑って言った。
 「・・・・・俺のオヤジは、なかなか一筋縄じゃいかないぞ」
 「俺の父ちゃんだって、すっごく怖いんだから・・・・・覚悟してよ」
 「・・・・・お互いにな」
 上杉が笑いながら言うと、太朗もこくんと頷いて・・・・・笑った。
 「よし、食べるか」
 「うん。あ、ジローさん、母ちゃんへの言い訳はジローさんがしてよね」
結局は学校を欠席してしまうことになることの責任は背負ってくれと言った太朗に、上杉は当たり前だという様に目を細めて頷い
た。
 「任せとけ、タロ」




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