前編






 まるでモデルルームのような綺麗な広いリビング。
そこに置かれている大きな革張りのソファに長い足を組んで座っていた男は、嫌味なほど整った顔に皮肉そうな笑みを浮
かべて言い放った。
 「脱げ」
 「・・・・・え?」
 「骨格を見たい」
 「・・・・・全部ですか?」
 「当たり前だろう」
 「え、あ、で、でも、ここで、ですか?」
 「なんだ?お前はモデルじゃなかったのか?それともただ単に小遣いを毟り取ろうと思ってやってきたバイトか?」
 「・・・・・っ」
 「プロならプロらしく、どんな場所でも意識を切り替えたらどうだ」
 「・・・・・分かりました!」
 カーテンが開け放されたリビングの中は、嫌になるほど燦々と陽が差し込んでいる。
最上階のペントハウスとはいえ、周りのビルから覗かれる可能性が全くないとはいえないこの場所で全裸になるのは抵抗
があるが、あそこまで言われておめおめと逃げ出すことなどしたくなかった。
(くそ・・・・・っ、絶対にいいって言わせてやる!)



 ナツ・・・・・本名、樋口奈津(ひぐち なつ)は、今年で5年目を迎えるモデルだった。
中学3年生でこの世界に入り、先月やっと20歳になったばかりだが、奈津は今まで代表作といったものがなかった。
身長が176センチと、ショーモデルにしては少し低く、容貌は繊細に整っているが少しインパクトが薄かった。
 仕事をしても、悪くはないが、飛びぬけて良くもないという中途半端な評価で、このままモデルを続けようか辞めようか、
迷っていた時に、絵画のモデルの話が舞い込んできたのだ。
 どうしてこの話がほとんど無名に近い奈津にきたのか首を傾げてしまうほどに、その画家は世界的に有名な人物だった。
相良聖准(さがら せいじゅん)・・・・・彼は、今年35歳になる、本来ならばまだ若手と言われてもいい若さだったが、高
校生の時に海外の絵画コンクールで特賞を取って以来、次々と有名なコンクールで賞を取り続けた。
評論家からの評価も高く、海外でも、今日本で一番有名な芸術家という評価を得ている。
 そして、才能だけではなく、その容姿でさえも相良は注目の的だった。
まるで俳優のように整った顔立ちに、190センチ近くある身長を持つ相良は自身もモデルの経験があり、熱狂的な女性
ファンもついているくらいだった。
 そんな相良のモデルになれば、日本国内だけでなく海外でも話題になることは間違いない。
現に、今までの相良のモデル達はその後ことごとく大成し、活躍していた。
 その新しいモデル候補に自分の名が挙がったことに、奈津は今までこれといった実績がない自分がどうしてと思ったし、
第一今まで相良のモデルになったのは女ばかりだった。
 それでも、これはチャンスだと奈津は思った。
これからモデルを続けていく為にも、もし仮に辞める事になっても、この大きなチャレンジをしてみたいと思った。



(どうするかな、こいつは・・・・・)
 相良は目の前でぎこちなく服のボタンを外し始めた奈津を、まるで絵画を見つめるような冷静な視線で見ていた。
毎年毎年新作を要求され、自分の才能には枯れがないと十分に答えてきたが、才能が尽きる前に自分の情熱が薄れ
てきてしまった。
小さな物でも数百万、少し大作になれば億に近い金額で、それでも欲しがる人間は後を絶たなかった。
それ程の絵を描き続けてきた相良の中では、漫然とした思いが生まれてきたのだ。
才能と、容姿と、金と、女。
どれも望むだけ手に入ってしまえば、何かを欲しいと・・・・・何かをやり遂げようとする情熱も薄れてくる。
 30代だというのに、既に80を越えた老人のような達観をしていた相良に、何時も描いている女ではなく、男を描いてみ
ないかと助言したのは、幼馴染でもある画商の坂井弘毅(さかい こうき)だった。
(まさか、こんな無名のモデルを紹介するとは思わなかったがな)
 有名モデルではない、小さなモデル事務所の売れないモデル。

 「とにかく、一度会ってみてくれ」

本気で描こうと思ったわけではない。
ただ、日本でのビジネスを全て取り仕切ってくれている坂井への義理で、一度だけ会おうと思っただけだった。
 「どうした?止めるか?」
 「・・・・・やめませんっ」
 現れたモデルは、まだ20歳の青年だった。
モデル歴が5年あるというにも関わらず、少しもギラギラしたところがない、むしろ個性も全く見えないほどあっさりとした印
象だった。
それが、一言話をし出すと、まるで白黒の鉛筆書きだったものが、たちまち鮮やかな色彩を持つ絵に変わった。
それだけでも十分相良の気分は向上したが、もっともっと奈津の色々な面を見たいと思い、こうして目の前で裸体になる
ことを要求した。
普通の慣れたモデルであったら、事務的にその要求に応えるはずだが、奈津は羞恥を感じているのかなかなか服を脱が
なかった。
相良にとってはそれさえも新鮮で、なぜかもっと奈津を追い詰めて困らせてみたいと思ってしまう。
 「おい」
 「・・・・・」
 「たかがシャツのボタンを外すのに何分掛かるつもりだ?お前、風呂に入る時もそんなに時間が掛かるのか?」
 「・・・・・ここは風呂場じゃないですっ」
 「ふ〜ん。じゃあ、風呂場に行くか?」
 相良がからかうように言うと、奈津はキュッと唇を噛み締めた後素早く上半身を脱ぎ、次にジーンズを下ろして下着姿
になった。
(まあ、綺麗な身体だな)
 不健康な生活をしているわけではなさそうで、肌の艶も色も女のモデルと変わらないほど綺麗だった。
ただ、男のモデルとしては骨格自体が細く、全体的に華奢で、これでは需要がないだろうなと思ってしまう。
 「それは」
 「・・・・・下着は脱がなくてもいいんじゃないんですか。それとも、モデルってヌードなんですか?」
怒ったように言う言い方がまだ子供だ。
相良はふっと笑みを漏らした。
 「自信がないのか?」
 「・・・・・っ」
 「それほどお粗末なものなのか」
その挑発に簡単に乗った奈津は、相良を睨みつけるようにしながら一気に下着を脱ぎ捨てて全裸になった。
 「これで文句ないでしょう!」
 「・・・・・ああ、ない」
 不思議な身体だった。
確かに男の証であるペニスがついているものの、全体的な印象はまろやかという感じで・・・・・しいて言えば、中性的とい
える身体付きだった。



(ジロジロ見んな・・・・・!)
 モデル以上に整った容姿の相良に冷静な目で見つめられるのは居心地が悪かった。
それでも、意地で真っ直ぐ立ち続けていると、不意にソファから立ち上がった相良が近付いてきた。
(で、でか・・・・・)
 自分よりも十数センチ上から見下ろされ、奈津はますます内心焦ってしまった。
 「女は知ってるか?」
 「そ・・・・・っ、それは、セクハラじゃないですか」
 「身体の線が硬い。まだ、誰とも肌を合わせてないようだな」
 「そんなの分かるのかっ?」
 「・・・・・正解か」
意地悪く唇の端を上げて笑う相良は、まるで色悪のように壮絶に色っぽい。
肩より長い髪は後ろで一本に縛っているが、ほんの数本が無造作に頬に掛かっていた。
(男なら髪切れっ)
 内心の動揺を誤魔化すように心の中で悪態をついていると、まるでその声が聞こえたかのように相良が顔を上げた。
 「肌の綺麗さは褒めてやろう」
 「・・・・・どーも」
 「ただ、こうすると・・・・・」
 「うわ・・・・・っ?」
いきなりペニスを掴まれた奈津は、ビクッと身体を震わせる。
 「ほら、肌が綺麗な薄紅に変わった」
大きな、しかし、細く長い指がペニスを包み、微妙な動きを加えてきた。
直ぐにでもその身体を突き飛ばしたいと思ったが、奈津はここまで来たからと我慢して両手を握り締める。
(・・・・・まずい・・・・・っ)
 それでも、相良が見破った通り今だに誰とも抱き合ったことのないまっさらな身体は、ただ触って擦るという単純な愛撫
にも素直に感じてしまい、相良の手の中で見る間に硬く、大きくなってしまった。
 「お〜、そんなに小さくはないな」
 「!」
 「我慢することないぞ。人間はイった後、一番無防備で綺麗な表情になる。お前のその顔を俺に見せてみろ」



 可哀想なほど震えている身体。
次第に淡い紅い色に変化する肌。
恍惚と空を見つめ、それでも眉間に皴を寄せながら耐えている表情。
(・・・・・掘り出し物だな)
宣材のすました写真では到底垣間見れなかった奈津の清冽な妖艶さに、相良の描きたいという欲求が突然大きく膨ら
んだ。
この妖しく綺麗な存在を、自分の手で描いてみたいと強烈に思う。
 「あ・・・・・んっ」
 射精感が高まっているのだろう、同じ男なら分かるその感覚。
 「はな・・・・・っ」
 「離して欲しいのか?」
 「あ、当り、前・・・・・っ」
 「それなら、止めてやろう」
 「・・・・・え・・・・・」
奈津の言葉に答えるといった形で、相良はいきなりペニスを弄っていた手を離した。
急に放り出された形になってしまった奈津のペニスは当然勃ったままで、先走りの液で濡れ光っている。
 「な・・・・・」
 「お前が離せと言ったんだ」
 相良は奈津のペニスを握っていた手を見つめる。
いやらしく粘ついた液で濡れていたが、不思議と不快感は感じなかった。
 「どんな味がするんだ?」
自分の精液の味はもちろん、他人のものも知るはずがないので、相良は好奇心でその手を口元に持っていこうとする。
しかし、それより一瞬早く、手を伸ばしてきた奈津に手を掴まれた。
 「そんなの舐めるな!」
 ゴシゴシと、乱暴に相良の手を拭っているのは、先程奈津が脱いだシャツだ。
この後それを着るのかと思っていると、奈津は興奮と怒りに頬を紅潮させたまま相良に言った。
 「もう服を着てもいいですよね」
 「そのままで?」
 「・・・・・」
 相良の言葉の意味を分かっているだろうに、奈津は黙ったまま脱いだ服を着始めた。
まだ勃っていたペニスを無理矢理下着に押し込め、それから顔を顰めながらもジーンズをはく。
相良の手を拭ったシャツは羽織ることはせず、そのまま上着を着て、奈津は憮然と言い放った。
 「こんな嫌がらせをしなくても、一言不合格だって言ってくれればいいんですよ」
 「・・・・・」
 「失礼します」
 そのまま背を向けた奈津は、自分が不合格だと決め付けているようだ。
相良はドアの取っ手に手を掛けた奈津を呼び止めた。
 「樋口君」
 「・・・・・」
 「明日から来れるのか?」
 「・・・・・え?」
振り向いた奈津の顔は訝しげに眉がよっている。
その表情には先程の艶は少しも見えなかったが、相良はこんな顔も可愛いと思ってしまった。
 「合格だ。正式な契約は、明日君の事務所の人も交えて話し合おう」
 「え?あ、あの、合格って・・・・・」
 「お前の艶を、俺が引き出してやる」
 「・・・・・」
 「よろしく」
 相良は左手を差し出す。
左利きの相良にとって、絵を描く左手は神聖で大切なもので、普段の握手などは全て右手で済ませていた。
その手を差し出すのは、相良が真に認めた・・・・・欲しいと思った相手に対してだけだが、もちろん奈津はそんなことは全
く知らないだろう。
 「・・・・・よ、よろしくお願いします」
 少し、迷っていた奈津が、それでも相良の手を取った。
自分よりも小さなその手をギュッと握り返しながら、相良は久しく忘れていた高揚感を感じて、ゆっくりと頬に笑みを浮か
べて奈津を見つめた。





                                  






鬼畜な画家攻め 甘えん坊モデル。  リクエスト回答第5弾です。

敬語攻めにしようかとも思いましたが、やはり芸術家に敬語は似合わないかなと。

2人のバトルはこれからです。