中編






 しばらくは見られるということに慣れる為に、奈津は毎日相良のもとに通うことになった。
事務所の社長は今回の契約に大喜びで、しばらくは他の仕事は入れないようにするとまで相良に約束してしまった。
今更奈津もやっぱり嫌だとは言えず、胸の中がモヤモヤとしながらも相良の部屋のインターホンを鳴らし続けた。
 「・・・・・おはようございます」
 「ああ」
 毎日律儀に奈津を出迎えてくれる相良だが、奈津が部屋の中にいる間少しも絵を描く素振りを見せなかった。
例えばスケッチをとるとか、写真を撮るとか、そんな絵という芸術の気配を少しも感じさせないのだ。
ただ唯一、彼が毎日欠かさずすることは・・・・・。
 「ほら」
 「・・・・・」
 相良が差し出したのは1枚の白いシャツだ。
奈津の体格には全く合っていないそれは相良のもので、奈津は毎日全裸の上にそのシャツだけを羽織るという姿にさせら
れていた。

 「どんな意味があるんですか!」
 「見られる事に慣れる為」
 「そんなの、服を着てたって!」
 「まあ、しばらく俺の言う通りにしろ」

 直ぐに変化が分かる・・・・・そう、謎の言葉を言って、奈津の抗議をあっさりと却下してしまった。
雇われている立場の奈津はそれ以上何も言えなかったが、下着も付けない上、腿の辺りまでしかないシャツ姿というの
は、まるで自分が女になったみたいで恥ずかしいし屈辱的だ。
 それでも・・・・・。
(あいつの言ったこと・・・・・少しは本当かも・・・・・)
常に見られ、常に緊張し続けていると、自分でも身体が引き締まってくるのを感じた。
実際、体重に変化はないものの、ウエストはジーパンが緩くなるほどだったし、尻も引き締まって上がった気がする。
(それでも、この方法はヘンタイ的!)
 「おい、奈津」
 「・・・・・」
 「ナーツ」
 「何ですか!」
 「コーヒー」
 「・・・・・はいはい」
 「蜂蜜を忘れるなよ」
 「分かってる!」
砂糖代わりに蜂蜜をたらすという妙なこだわりを持つ相良に、奈津はぶっきらぼうに言い放った。



 陽のよく入るリビングのソファにゆったりと座りながら、相良はキッチンから聞こえてくる人の気配に口元を緩めた。
(結構、いいかもな)
奈津がここに通うようになってからまだ一週間ほどだが、相良は既に奈津の気配に慣れつつある自分に気付いていた。
意に沿わぬというのを全く隠しはしないものの、元来が真面目なのか奈津は律儀に通い、相良の言う通りに振舞ってい
る。
 そして、今までも華奢で、どちらかといえばあっさりとした存在感と身体が、次第にしなやかに力強く、艶を含んできたの
が分かってきた。
(・・・・・勿体無いな)
実は、奈津が帰った後に、相良はデッサンを始めていた。
それはすました奈津の顔ではなく、怒ったり、笑ったり、困ったり、表情豊かな奈津ばかりで、書きながら自分が笑ってい
るのが分かった。
早描きの相良は、描き始めれば1ヶ月もしない内に描きあがるだろう。
そうなると、奈津がここに来る理由が無くなってしまう。
 「奈津、まだか?」
 「今行きます!」
 たった一週間なのに、既に相良の日常に入り込んでしまった奈津をこのまま手放していいのだろうか・・・・・そう考えてし
まう相良は、どうしても奈津の前で筆を取ることが出来なかった。



 それからまた数日後。
相変わらずなかなか絵を描き始めない相良に今日こそ文句を言ってやると意気込んでやってきた奈津は、珍しく先客が
あることを知った。
 「あ、坂井さん!」
 「久し振りだね、奈津君」
 リビングで相良と向かい合っていたのは、画商の坂井だった。
 「こんにちは!すっごく、久し振りですね!」
 「少し海外に行っていたからね。奈津君を相良に紹介したのはいいものの、電話口だけじゃ不安だったからこうして来て
みたんだが・・・・・どう?モデルは」
 「は、はあ、あの・・・・・」
 奈津はちらっと相良を見たが、相良は全く口を開こうとはしない。
(なんだよ、こんな時ばっか無口になって・・・・・っ)
 「奈津?」
 「あ、まあ、ボチボチ」
まさか、まだ全く製作に取り組んでいないとは言えず、奈津は強張った笑みでそう答えたが、その裏の意味を敏感に感じ
取ったらしい坂井が眉を顰めて相良に言った。
 「おい、こんな子供を困らせてどうするんだ?ここに来させているのなら気に入ったんだろう?さっさと描き始めろ」
 「・・・・・」
 「相良っ」
(すご・・・・・、あいつに怒ってる)
 今まではどちらかというと温和な坂井しか知らなかった奈津は、きっぱりと相良に意見を言う坂井を見て少し驚いた。
(やっぱりいい人なんだよなあ、坂井さんは)
坂井は、奈津のモデル事務所の社長の知り合いだった。
小さなその事務所では奈津が一番の稼ぎ頭なのだが、経営的に楽とは言いがたいものだった。
それでも弱音を吐かずに頑張る社長を見かねたのか、坂井が今回の相良のモデルの話を持ってきてくれたのだ。
 今回の専属契約金は、奈津の稼ぎのゆうに2年分はあり、事務所としてもやっと一息つけるというところなので、奈津
は相良がどんなに嫌な男でも、この仕事を途中で放りだすことは出来なかった。



(自分のもんみたいな顔しやがって)
 一方、奈津と坂井の関係を知らない相良は、お互いに思いやる2人を見ているのが面白くなかった。
奈津を紹介してくれたところまではいいが、それ以上踏み込んできて欲しくない。
 「相良」
 「お前、もう帰れ」
 「おいっ」
 「煩いと描けない。奈津、こいつを追い出せ」
 「ちょ、ちょっと!何失礼なこと言って・・・・・っ」
 「奈津君、いいよ」
奈津の怒りを、坂井は一言で消してしまった。
 「確かに、いきなり来た俺が悪かった、今日は帰るよ。でも、相良、奈津君は俺も昔から可愛がってきた子だ。あまり無
茶なことはしないようにな」
 「・・・・・」
 「じゃあ」
 「坂井さんっ」
 まるで子犬のように坂井の後に続いて玄関に行った奈津の後ろ姿を見て、相良の機嫌はどん底に悪くなってしまった。
ここにいる間は、奈津は相良のもので、相良以外の者を見ることなど許されないはずだ。
(・・・・・お仕置きが必要だな)
少し、甘やかし過ぎたかもしれない。
相良はゆっくりと立ち上がる。
そこへ、ドスドスと足音を響かせながら奈津が戻ってきた。
 「さっきの、坂井さんに失礼だとは・・・・・」
 「奈津」
 「・・・・・な、なに」
 意識して声を落として上から見下ろすと、一瞬前まで噛み付きそうに怒っていた奈津の顔色が変わった。
(防御本能か)
相良の気配が変わったのを敏感に察知したのだろう。
その動物的勘に内心笑いながら、相良はそのまま奈津の腕を掴んだ。
 「デッサンを始めよう」



(な、なに、なんで急に・・・・・?)
 今日こそ仕事をしろと言おうと思っていたのに、突然相良が言った言葉は奈津の耳には届かなかった。
腕を引っ張られ、半ば引きずられるようにして向かったのは、まだ一度も入ったことが無いドアの前。
 「ア、アトリエ?」
 「・・・・・」
 黙ったまま開けられたドアの向こうは、奈津が考えたようなアトリエではなく、大きなキングサイズのベットが置かれてある
寝室のようだった。
 「え、あ、あの・・・・・」
 「ここで、お前の身体の隅々まで観察してやる」
 「!」



 ベットに放り出された身体の上にそのまま圧し掛かれ、奈津はまるで引き裂かれるような勢いで服を脱がされていく。
驚愕と恐怖で肌が粟立ち、奈津は硬直してしまったかのように身体が動かなくなった。
今、服を脱がされているこの行為は、今までのからかいを込めたものとは違うということを本能的に悟るが、何をどうしたら
いいのか全く分からない。
 奈津よりも一回り大きな相良の身体は跳ね返すことも出来ないほど重く、大きな、しかし器用な手は易々と服を剥
ぎ取り、あっという間に奈津を全裸にしてしまった。
 「ああ、やっぱり変わったな」
 「・・・・・っ」
 「初めて見た時よりも、肌が艶っぽい・・・・・見られる身体になった」
 「!」
 背中に濡れた感触を感じる。
それと同時に、サラサラとした相良の髪が背中を撫で、奈津はビクッと身体を反らした。



(女とは・・・・・やっぱり違うな)
 抱かれる為に生まれた女達の肌は、初めから男を引き寄せるように艶やかでしっとりとした肌を持っているが、奈津の肌
は女の肌とはまた違った感触だった。
男そのもののようにごつく骨ばってはおらず、滑らかでしなやか。
さらりとした感触。
 綺麗に浮き出た肩甲骨を舐めてみると、面白いほど身体がしなり、息をのむ気配が伝わってくる。
 「どうした」
 「や、やめ・・・・・」
 「前にも言っただろう?こうするとお前の肌は鮮やかに色が付くんだ。この肌の色・・・・・出せるかどうか・・・・・」
その言葉は口から出まかせではない。
本当に相良は奈津の肌をこうして間近で観察をしているつもりだ。
ただ、一方でこの身体を味わいたいという気持ちもあった。
全く何も知らないこの処女地に、自分が最初に跡をつけたいという強烈な欲求が湧いていた。
 「奈津」
 「やめろ・・・・・よっ」
 「止めて欲しいか?」
 「・・・・・や・・・・・」
 「ん?」
 「・・・・・っ」
 「何時もの生意気な言葉はどうした?奈津。このままじゃ、お前は俺に喰われてしまうぞ」
(もう、遅いが・・・・・な)
 既に、相良のペニスも痛いほどスラックスを押し上げている。
このまま静かに治まるのを待つことも、自分で処理をしようとも、相良は全く考えてはいなかった。
とにかく、この滾り勃つペニスを奈津の身体の奥深くに突き刺し、その瞬間に見せる奈津の顔を・・・・・何かが変わった瞬
間の人間の顔を見たいと強烈に思ったのだ。
 「お前が悪いんだ、奈津」
 「・・・・・さが・・・・・」
 「俺の心を刺激したお前が悪い」
言葉で追い詰め。
反らした胸元の小さな飾りを強くこねて、身体も追い詰めていく。
 相良は自分よりも細い奈津の腿辺りに乗り上げて、既に抵抗も出来ない身体を押さえ込み、そのまま自分のシャツを
脱ぎ、ベルトを外してファスナーを下ろすと、既に先走りの液で濡れている自分のペニスを取り出した。
こんなに興奮するのは随分と久し振りだ。
 「ほら、奈津、お前の一番いい表情を俺に見せてみろ」
相良の言葉に、奈津はただ荒い息を繰り返すことしか出来なかった。





                                  






中編です。甘えん坊モデルっていうより、子犬系になってしまいました(笑)。

画家だという表現がなかなか上手くいきませんが、これはあくまで画家×モデルです。