後編
それから数十分掛けて、奈津の体は解かされていった。
いきなりの相良の行動に衝撃と恐怖で硬くなっていた奈津の身体。まだ何も知らないその身体を、相良は丁寧に、執拗
に愛撫していった。
始まりが強引だとはいえ、相良としても無理矢理奈津を犯そうとは思わなかった。感じさせて、受け入れさせる・・・・・心
は拒絶したとしても、身体は完全に受け入れさせようと思った。
「どうした、怖いか?ほら、もっと身体の力を抜くんだ」
「で、出来な・・・・・」
「やるんだ、奈津」
縮こまっていたペニスに指を絡め、敏感であろう先端の部分を親指で擦り、刺激する。
「ふあっ!」
耳たぶを口に含んで、ワザと音が響くように舐めしゃぶりながら、相良は次第に全身を朱に染める奈津の肌の鮮やかな変
化をじっと見つめた。
(・・・・・綺麗だ)
モデルとしては、とても一流とはいえない奈津。
しかし、こうして快感に溺れていく様は、相良が思わず見惚れてしまうほどに妖艶だった。
誰かの肌を知ってから、格段に美しくなる・・・・・まるで女に起こるような変化が、奈津の身体にも起こっていた。
ペニスに他人の手が触れ、口の中にも他人の舌と唾液が進入してくる。
生々しいこの行為はけして同意の上ではないのに、自分の身体が新しく生まれる快感を素直に受け入れてしまっている
ことに、奈津は途惑いを感じていた。
(相手が女の子じゃないのに・・・・・それでもいいっていうのか?俺は・・・・・っ?)
男のツボを捉えた的確な愛撫は、これまでにも相良が男相手にこういった行為をしてきたことがあるのだろうということを
想像させた。
そうでなければ・・・・・。
「・・・・・ひっ!や・・・・・ぁっ!」
そうでなければ、同性である男のペニスを口に含むということなど出来るはずがない。
「うひゃっ、あんっ、はあっ」
先端から竿の部分まで、余すことなく相良の舌は這い回った。
初めての刺激と感覚に、奈津は耐えることも出来なくてたちまち射精してしまう。
「は・・・・・ぁ・・・・・」
呆然と、自分の吐き出したものに汚れた相良の顔を見て、奈津の胸の鼓動がドクンと大きく高鳴った。
「んっ、はっ、あっ、はっ」
自分の律動に合わせて、しなやかな若い身体も揺れている。
(・・・・・まいった・・・・・)
最初にペニスを挿入しようとした時、イッたばかりの奈津の身体は硬く強張ってしまってなかなか進入を許さなかった。
その身体を再び愛撫し、相良はやっとペニスを突き刺すことが出来たのだ。
今までにも何度か、男を抱いたことはあった。
海外のその手の男達は積極的で、相良も新しい世界を覗くという好奇心でその誘いに乗った。
慣れた男達の技巧は素晴らしく、セックスは同性でも構わないという意識を相良に気付かせたが、今、自分の身体の下
にいる青年は、それまで抱いた男達と・・・・・いや、女達とも全く違った。
正直、奈津よりも美しい容姿の人間はいる。
セックスも、楽しませてくれた者達はいた。
しかし・・・・・この奈津の艶は・・・・・相良には初めて見るような透明さと儚さがあった。
「ナ・・・・・ツ」
「・・・・・っ」
耳元で囁くと、相良のペニスを含んでいる奈津の内壁がギュッと絞まる。
「・・・・・っ」
もう、数え切れないほどしてきた今までのセックスがただの享楽の為だったと思い知った相良は、なぜか自分が支配してい
るはずの奈津に敗北感を感じていた。
「・・・・・っ!」
ズキンズキンと、下半身に感じる鈍い痛みに、浅い眠りから目を覚ました奈津は、パッと反射的に起き上がろうとした。
「動くな」
「!」
薄暗い寝室の、大きなキングベットの上。
ほぼ真ん中で寝かされていた奈津の足元に、上半身にシャツを羽織り、下はジーンズというラフな格好の相良がいた。
「な・・・・・に、してる、ですか?」
散々喘がされたせいで、奈津の声は掠れている。
しかし、相良はそれをからかうことなく淡々と言った。
「デッサンをしてる」
「・・・・・絵、描くんですか?」
「最初からその約束だったろう」
「・・・・・」
確かに、契約上はそうだった。
ただ、今まで、相良が少しもそんな素振りを見せなかっただけで、本来奈津は絵のモデルとしてここに通ってきているはず
だったのだ。
(・・・・・描いてるのか・・・・・)
あの狂乱の時間が過ぎた時、奈津は直ぐにでも相良を罵倒し、部屋を出て行くつもりだった。
しかし、実際は声も出ないし、身体も動かない。
そして・・・・・スケッチを取っている相良の顔が余りに真剣で、文句も口の中で消えてしまった。
(・・・・・そんな顔も出来るんだ)
長い髪はそのままで、口には火のついていない煙草を咥えている。
紙に鉛筆がすべる音だけが寝室の中に響いた。
「・・・・・」
「・・・・・」
「あの・・・・・」
「なんだ」
「どうして・・・・・」
「お前を抱いた理由か?」
奈津はカッと頬を赤くしたが、唇を噛み締めて頷いた。
「抱きたかったから・・・・・じゃ、駄目か?」
「そんなのっ、あんな無理矢理に!」
「そうだな・・・・・方法を間違ったかもしれない。同意の上だったらもっと、お前を綺麗にさせることが出来たはずだ」
「さ、相良さん?」
相良は紙の上から奈津に視線を移した。
「紙の上では、お前の表情が鮮やかに変化する様を見せることが出来ない」
「・・・・・」
「契約は今日までだ。明日からは来なくていいぞ」
一方的な契約解除の違約金は、契約金の2倍ほどの金額だった。
どうしてそうなったのか、奈津は社長からしつこく聞かれはしたものの、奈津自身真の理由など分からなかった。
あの夜・・・・・相良はタクシーを呼んで、奈津をそのまま返した。
一刻も早くこの場から離れたいと思っていたはずの奈津だったが、簡単にその願いが叶ってしまうと途惑う気持ちが生まれ
てしまった。
(・・・・・抱いてみて、面白くなかったのかな・・・・・)
貧弱な白い胸の上に散った淡い桜の花びらのような痕は、その後数日間は消えることがなかった。
毎日風呂上りにその痕を見るたび、奈津は自分の身体が少しずつ変化しているように見え、それが男に抱かれたからな
のかと思うと、自分がどうなってしまうのか怖くて仕方がなかった。
一方で、再開した仕事の評価はうなぎ上りに上がっていた。
雰囲気が出た。
艶が出た。
全てが高評価で、奈津のスケジュールはたちまち黒く埋まっていった。
今日も、写真集を出さないかという話をもらい、さすがに直ぐ返事は出来なくて社長と相談していたのだ。
「男のモデルの写真集なんて滅多にないしなあ。うちが売り込んだ企画じゃないし、仮に売れなかったとしても責任はな
いとは思うが・・・・・」
今まで苦労してきただけに、社長の意見は慎重だ。
少し貧乏性なところもあるが、人情味のあるこの社長のことを奈津は慕っていた。
「でも、こんなにいい話ばかり来る様になったのは、奈津が相良先生のモデルを受けてからだよな」
「・・・・・はい」
「あれから2ヶ月か。何か連絡あったか?」
「い、いいえ、何も」
「そうか。うちにも何もない。絵が描けたかどうかの連絡ぐらいはくれると思うんだが・・・・・」
「・・・・・」
(俺に・・・・・会いたくないんだよ、きっと・・・・・)
奈津からも、相良には連絡をしていない。
電話番号も、住んでいる場所も知っていたが、なぜだか怖くて何も行動に移せなかった。
(俺は、いったいどうしたいんだろ・・・・・)
はぁ〜と深い溜め息をついた時、ドアが軽くノックされて1人の男が姿を現した。
「ああ、良かった、いたね、奈津君」
入ってきたのは、画商の坂井だった。
「どうした?坂井。今日約束してたっけ?」
「お前に会いに来たんじゃないよ。奈津君に伝言があって来たんだ」
「伝言?」
「絵が出来た」
奈津は慌ててタクシーから降りると、覚えていた暗証番号を押し、急いでマンションのエントランスの中に駆け込んだ。
たった10日程しか通っていないのにも関わらず、既に懐かしいという気持ちになっているのが悔しい。
「・・・・・早く!」
なかなか下りてこないエレベーターにイライラし、やっと乗り込んだかと思うと、何度も降りる階を押していた。
こんなに心が逸るのは今日こそ相良に文句を言う為だと、奈津は自分の心に強く言い聞かせる。
あの男に会いたい為では・・・・・けしてないのだ。
部屋のドアの前に立った奈津は、何度も深呼吸をした後インターホンを鳴らした。
「よお」
現われた男は、相変わらずのいい男だった。
少しだけ以前よりも頬がこけた様な感じがするが、それは今まで絵の製作をしていたからだろう。
「お、俺・・・・・」
「文句は後で全部聞いてやる。取りあえずは見てくれ」
腕を取られ、奈津は慌ててスニーカーを脱ぐと、以前は鍵が掛かって入れなかった部屋の前に立たされた。
「え?」
「どうぞ」
恐る恐るドアを開けると・・・・・目の前に自分がいた。
「・・・・・俺だ・・・・・」
そこはアトリエだった。
白い壁と明るい陽の光が差し込んでいる。
奈津には細かなことは分からないが、その絵は、1メートル四方はあろうかと思える程のわりと大きなものだった。
描かれていたのはもちろんヌードではなかったが、シーツに包まれ眠っているその構図は、間違いなくあの夜、あの行為の
後に違いなかった。
「・・・・・」
フラフラと絵に近付いた奈津は、描かれている自分の肌にある薄い痕を見つけた。
誰が見てもセックスの後というのが分かるのに、少しもいやらしい感じはなく、むしろ・・・・・温かい気持ちになるような、愛
情に溢れた絵だった。
「・・・・・相良さん、俺のこと・・・・・好きなの?」
明らかに、描き手のモデルに対する赤面しそうな愛情を感じ、奈津は呆然と呟く。
直ぐに、後ろから長い腕が奈津の身体を抱きしめた。
久し振りに触れる奈津の肌は相変わらず手に馴染み、相良は自分の感情が一過性のものではなかったことを改めて
自覚した。
とにかく、この絵を描きあげるまでは会わないと決め、日常生活もそこそこにずっと筆を取り続けた。
「・・・・・まだまだなんだよな」
「え?こ、こんなに綺麗に描けてるのに?俺じゃないみたいに・・・・・」
「俺もまだ未熟ってことだ」
やっと描き上がった今も、相良は満足出来ていなかった。奈津のあの瞬間の艶はとても自分の筆で表現出来てはおら
ず、一見して絵は完成しているものの、相良にとっては未完といってもいい程だった。
「本当は、完成してからお前を呼ぼうと思ったんだけどな・・・・・俺自身が我慢出来なかった、奈津が足りなくて」
「・・・・・」
「再契約して欲しい、もちろん、身体の関係もアリで」
「・・・・・な、なんか、お金で買われる気がするんですけど・・・・・っ」
「俺が金を払うのはお前じゃなくて事務所の方だ。最近売れてきたらしいし、拘束するにはそれぐらい当然だ。ああ、そ
れと写真集の話は断れ。お前がモデルをするのは俺の為だけでいい」
坂井からの連絡を受けて聞いた話を一刀両断し、あの夜のことを謝りもせず、まるで奈津を自分の所有物のように言
う。
腹がたって怒鳴られても当然だったが、奈津の頬に浮かんだのは苦笑にも似た鮮やかな笑みだった。
「俺は高いよ」
過去を詰らず、真っ直ぐに相良を見つめながら言う奈津も、この数ヶ月で思うことがあったのだろう。
その変化さえ、相良には好ましかった。
「おう、言い値を払うぞ」
「・・・・・後悔するなよ」
初対面では、どこか自信が無さそうな、ただ綺麗なだけの平凡なモデルだった奈津が、今は強烈に相良を惹き付けるオ
ーラをまとって立っていた。
ただ愛でるだけの、綺麗なだけの人形ではなく、眩しいほどの存在。
この輝きを自分がどう表現出来るか、相良も退屈なだけだった生活が鮮やかに色付いていくのを感じていた。
end
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後編です。終わりました。
絵のことはよく分からないので、何だか流れるように終わってしまいましたが(笑)。
初めて挑戦した長髪攻め様。もう少し書いてみたかった気がします。